第56話
定置の羽の魔力は、ポイントを設定、実際にそのポイントに移動、の二つの動作で失われるようになっている。
手元には二枚の定置の羽。一枚はここに来る前に、泊っていたキャモルの宿の近くにポイントを設定しておいた。
もう一枚は、事前にアンネさんの店の裏にポイントを設定しておいて、ここへ来るときに使ったので、もう魔力が尽きている。
なので、この魔力の尽きた定置の羽に、ミューさんにもう一度魔力を補充してもらい使えるようにする。
そしてそれを、いつでもまたここに来られるようにアンネさんの店の裏に再度ポイント設定して、ポーチの中にしまっておく。
便利だ。アイテムに魔力を補充できる仲間がいると、いちいち使い捨てたり買い足したりしなくてもいいからめちゃめちゃ節約にもなる。
この件が終わったらミューさんをパーティの仲間に誘ってみようかな?
そんな思いを持ちながらミューさんに視線を向けると、ビクッ!と体を震わせて目を逸らされてしまった……うん、無理だねこれ。うん。
まあ後々の事はその時考えるとして、とりあえず店の裏まで見送りに来てくれたアンネさんにお別れを言う。
「アンネさん、今日は本当にありがとうございました。おかげで本当に助かりました」
「いいってことなのよ。お姉さんはね、この街の事なら何でも知ってるんだから。また困ったことがあったら来てね、出来る限り力になるわよ。あ、でも今度変なもの預けようとしたら、絶対断るから。お姉さん初めて断るから」
お姉さんの……初めてを……僕が…?と思ったけど、それはさすがに口にはしない。ただのセクハラおやじっぽいし。
「では、また来ます」
「またね!お姉さん!」
「ん~~~!イジちゃーーん!今日も可愛かったよー!」
「お姉さんも相変わらずお綺麗でしたよ!」
「きゃー嬉しいー!コルス君、次も絶対イジちゃん連れて来てね!絶対よ!なんならイジちゃんだけ来てくれてもいいから!むしろコルス君いない方が良いまであるわ!」
「お客さんに対して正直が過ぎますよアンネさん!」
本当に何事もなかったような、いつもの雰囲気で会話して、僕たちは別れた。
アンネさんの店、なんだか僕らの実家みたいだな。
ま、僕には実家と言えるべきものが無いから、人から聞いた話に当てはめてるだけだけどね!
キュモルの街に戻ると、すぐさまミューさんの職場である中古アイテムショップへ。
なんだか怪しげなガラスの扉を開くと―――
「へいらっしゃい!!お兄さん初めてかい?うちは良い物揃ってるよ!」
妙に威勢のいい店員さんのお出迎えだ。
まあいい、とにかく飛翔の翼を探そう。
中はとにかくゴチャゴチャしている。四方の壁に天井まで届く棚が、店の真ん中には低いテーブルが置いてあり、どちらも所狭しと商品が並べられている。
一応、ミューさんには売ってる場所だけ聞いてあるのが、本人には店の外で待っていてもらっている。
話を聞くと、ここで働いてるからと割引で売ってくれるようなことは無さそうだし、なんか変にミューさんと僕らの関係性を勘繰られるのも面倒だ。
外でまたあの悪男に絡まれても困るので、パイクさんとセッタ君にボディーガードとして一緒に居て貰っている。
という事で、店の中に入った僕とイジッテちゃんだけで探す。
確か、会計場のすぐ前にあると聞いたけど……あ、あった。
高価な品が揃っているガラスのケース。その中に、確かに飛翔の翼は3本並んでいた。
僕はイジッテちゃんを目線だけで呼び、二人で確認して頷く。
「店員さん、これって飛翔の翼ですよね」
「はい喜んでー!どれにしますか?」
「いやあの、そうじゃなくて。ここって中古アイテムショップですけど、これってちゃんと使えるんですよね?」
「たぶん!」
「……たぶん…?」
なんて不安になる答えだ。
「魔力はちゃんとした人に頼んで入れてあるんで、使えるとは思います。今まで使えなかったっていうクレームは無かっ……ちょっとしか無かったんで!」
あったんかい。
「まあでも、本物買えば金貨五枚ですし、それを金貨1枚で売ってるわけですし、そこはノークレームノーリターンでおなしゃーす!」
こんな軽いノリの店に金貨払うのすげぇ嫌だな……でも、ほかに手段もないし仕方ない。
さて、飛翔の翼は3枚……手元には金貨二枚……ミューさんによれば、この中の一枚は目的地であるコガイソに行ける翼のハズ……。
当たる確率は三分の二だから、まあ相当 分のいい賭けだけとは思うけど……こういうのを外すのが僕の人生だからな……。
「一応聞きますけど、どれがどこに行けるかとか、そういうのは……」
「そりゃもう買ってもらうしかないっスねー!その辺のギャンブル性も面白さなんで!買うならそれを踏まえておなしゃーす!ノークレームノーリターン!」
嫌いだわー、このノリ嫌いだわー。
あっ、イジッテちゃんがイライラしてる。殴らないだけ偉いぞイジッテちゃん!
意外と初対面の人にはちゃんと対応するからなイジッテちゃん。
そんなことを考えつつも、ただひたすら悩む。
いや、悩んだところで意味は無いのだ。だってこんなの完全に運なんだから。
「イジッテちゃん、一枚ずつ選びます?」
「やだ、私は責任を背負いたくない」
「僕だってそうですよ……!だから半分ずつ背負ってくださいよー」
「私はな、実はわりと運が悪いんだよ……!」
「それを言うなら僕もですよ!店での女の子の指名も、だいたい2択で迷った結果失敗するんですから……!」
二人とも、人生経験的に自分の運の悪さには自信があるという謎の状況で、二人とも迷いに迷う。
……うううううううーーーーーん……よし、このまま迷い続けても仕方ない。
「イジッテちゃん、もう恨みっこ無しで、一つを指さしましょう。それでその二つを買います。それで良いですね?」
「……わかったよ、こんなところで時間使ってられないしな」
二人とも覚悟を決める。
僕らの間に緊張感が漂い、二人で大きく息を吸い込んで……
「せーっの!」
同時に指をさす!
僕の指は、3本横に並んだ飛翔の翼の右側を、イジッテちゃんの指は左側を指し示していた。
「よし、決まったな、じゃあこの二本を――――」
「……いや、待ってください。この真ん中のやつを1本ください」
「ちょっ、お前っ!」
「まあまあ、考えてもみてくださいよ……自分の運、信用できます?僕は出来ないです」
「そりゃ私も出来ないけど……」
「つまり、二人の選ばなかったこの1本こそが当たり……そう考えられません?」
「それは、まあ、理屈としては……そうだけど」
「なによりも、この1本で済めば金貨1枚まるまる残るので、少しの間また呼び込みの仕事をしなくてよくなります」
「よし買おう。店主、真ん中のやつ1本くれ」
……そんなに嫌ですか僕が風俗店で働くの……?
まあ僕もイジッテちゃんが風俗店で働くって言ったら止めるけど。
……あれ?何で止めるんだろ、別に悪い仕事だとは思ってないのに。いやでも、僕は紳士だけど変な客も来るかもしれないし、それになんか、なんていうかその……おや?これなんだ?嫉妬みたいなことなのか?
いやいやそんな、僕とイジッテちゃんはそういうアレじゃないし。
でもでもあれあれあれ?
「おい、もう買ったぞ。早速試してみようぜ」
気づけばイジッテちゃんがもう会計を済ませて、その手に飛翔の翼を一本握っていた。
……なんか、よく分からないけどまあ、とりあえずは置いておこう。
あまり触れない方が良い気がするな、この思考には。
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