第55話

「頭痛い。私今、生きてきて一番頭痛い」

 イジッテちゃんが、それはもう何とも形容しがたい、しかし確実に僕に対する侮蔑の目をしながら、頭を抱えている。

「どうしたんですか!?ほら、見てください!!これが僕のお宝です!」

 僕は、イジッテちゃんの目の前で見せてあげた。

 箱の中から取り出した、神々しささえ漂う美しさの極みである、この……女性用下着を!

 一つだけではない、箱の中には山のように積み上げられた下着下着、女性用下着の詰め合わせだ。もちろんちゃんと綺麗に畳んである。

「いいでしょうこれ!有名な職人さんの手作りで、高級品なんですよ!身に着けた時の肌触りが本当に心地よくて……」

「なんで身に着けてんだよ!!!なんで身に着けた時の肌触りを伝えてくるんだよ!!なんで持ってんだよ!!なんでそんなもん大事に預けてんだよ!!さあ私は今何回なんでって言ったでしょーうか!!」

「イジッテちゃん、落ち着いて?それと、5回だよ」

「ちゃんと問題文の「なんで」まで回数に入れてくる冷静さに腹が立つな!!」


「うっ、うっ、ううっ……!」

 僕らが変な掛け合いをしてると、突然聞こえる嗚咽。

 泣いてる。アンネさんが泣いている。

「ど、どうしたんですか?」

「……ったの…」

「え?」

「ずっと、気持ち悪かったの!!それがお姉さんの店の奥に眠っているという現実が!!でも!!ようやく!!解放されたわ!!引き取ってくれてありがとう!そして二度と預けないでね!!」

 本当に、解き放たれたような晴れ晴れとした顔をしておられる。そこまでか、そこまでなのですかアンネさん。

「アンタ……本当になんでそんなの預けてたのよ……」

 パイクさんまで軽蔑のまなざしでその質問を。

「いやこれは誤解なんですよ。僕が昔、ほんの一時期、普通の露出では我慢が出来なくなって、女性用の下着を着て露出をしていた時期があったんですよ」

「……誤解の意味がちょっとよく分からないわね……シンプルに変態だったって話じゃないの?」

「だから誤解なんですよ!」

「だから何がよ!?」

「それは本当に気の迷いで、僕は気づいたんです。そんな奇をてらった変態性ではなく、純粋に自分の肉体を露出してこそ意味があるんだ、って。男が女性用の下着をつけて露出したところで、それはただ予想外の出来事で驚かせているだけじゃないですか。それは露出の美学とは違う、って気付いたんですよ。だから誤解です」

 あれ、びっくりするぐらい全員が同じ角度に首を傾げている。

 どうやら僕の露出の美学は理解してもらえないようだ。

 まあそれも仕方ない、みんなに理解してもらおうとは思わない。これは、僕の目指すべき僕の道だ。

 僕だけの、道なんだ――――。

「やめろ、周りには理解されないけど後々凄い人だったんだな、みたいな評価をされるかのように思い込むな。どこまで行ってもただの変態だぞお前は」

 ツッコミの言葉がいつにも増して厳しいなぁイジッテちゃん。

「散々思わせぶりな態度を見せた結果この下着が出てきて、それでも優しかったら私は盾じゃなくて慈愛が人間になった存在だろうよ」


 話がズレまくってるのを察して、セッタ君が声をかけてきた。

「それにしても、じゃ。そもそもの話なのじゃが……これでどうお金を稼ぐつもりだったんじゃ少年?」

「お、良い所に気付きましたねセッタ君。この下着は、本当に良いものなんですよ。だからこれを売れば、それなりのお金になります」

「随分シンプルな作戦じゃな……しかし、いかに高価な下着とはいえ、これらを売っただけで金貨になるかのぅ?」

「そう、そこがポイントなんですよ。このままでもそこそこの値段にはなりますが、金貨とまではいかない……そこで、これに付加価値を付けたいんです」

「なんかアタシ……嫌な予感がするんだけど?」

 パイクさん鋭い。

 僕は、パイクさんとイジッテちゃんの方を向いて、慣れた動きで土下座をする。

「こんなことは本当にド外道なお願いだと思うのですが、お二人が着用した下着、という事にしていただけないでしょうか!!値段を跳ね上げるために!!」

「ぜってーやだ」

「嫌よ」

 シンプル拒否!!

「わかります。僕だってこんなこと頼みたくないし、最低の行為だと理解してますけど、でも今スグにお金を手に入れるにはこの方法が一番なんです!」

「ぜってーやだ」

「嫌よ」

 デジャビュ!

「じゃあしょうがない!!普通に売りましょう」

「おう、意外とあっさり引き下がったな」

「そりゃだって、僕は別にお二人に強制したいわけじゃないですから。あくまでも一案ですよ。ミューさんを助けたいならやるべきだ、みたいな、そんな弱みに付け込むようなことはしたくないですし。受け入れてくれるかどうかはお二人の意思を尊重しますとも」

「なるほど、案としては最底辺だったけど、お前の気持ちはわかった。でもやらんぞ」

「アタシも、それをやれば確かにお金は手に入るだろうけど、それ以上に何かを捨てる気がするからパスするわ」

「わかりました。それで問題ないです。まあ、このまま売っても銀貨3枚くらいにはなるでしょう。今の僕たちにはそれでも貴重なお金です。残りのお金の事はこれから考えましょう」

 時間はかかるけど、やっぱり地道に働くかぁ。それが一番だな。


「話は聞かせてもらったわ!!」


 突然の声に驚いて振り向くと、アンネさんがドヤ顔をしていた。

「な、なんですか急に?」

「あなたたち、お金が必要なのよね?」

「ええ、まあ」

「その為に、その下着を売ろうとしている。パイクさんやイジちゃんのような可愛い子が着ていた、という付加価値を与えてまでね」

「そうです」

「……ふふふ、わかって無いわねコルスくん。あなたはまだ、このキテンの街をわかって無いわ」

「……どういうことですか?」

 なんなんだろうこのアンネさんの謎の自信満々は。

「この街の風俗が充実してるのは、コルス君も知ってるでしょう?」

「ええ、もちろん知ってます」

 この街を拠点に選んだ大きな理由の一つだから知らないわけがない。

「でもね、まだまだあるのよ。コルス君の知らない、奥深い世界が」

「……アンネさん、いったい何を仰りたいんですか…?」

「いい?これから言う店に行ってみると良いわ。そこは、この街一番のディープスポットよ!」



「うおおおおおおお!!!!!」

 僕は街中で思わず大声を上げて天を仰いだ。

 高く突き上げた拳。

 その拳の中には――――2枚の金貨が握られていた!!

「知らなかった!!まさか、『男が着用した女性用下着』を専用で買い取る店があるなんて!そんなニッチなニーズに応える店があるなんて!キテンの街の風俗の奥深さ……底が知れないよ…!」

 僕が感動にむせび泣きつつ天を仰いでいると、イジッテちゃんは頭を抱えながら天を仰いでいた。

「汚い……!私はこんなにも汚い金を見たのは初めてだ……!これまで生きてきた中で、最も汚い金だ……!」

「イジッテちゃん、お金に綺麗も汚いも無いんだよ」

「正論コラァ!!!やめろ!!」

「でも考えてみてよ、仮にこのお金が汚いお金だったとしても、いや、汚い金ならばこそ、人を助けるために使うべきだと思わないかい?お金に綺麗汚いがあるのだとすれば、それは正しく使われるかどうか、という部分においてのみだよ」

「お前は本当によく口が回るな……納得しそうになってる自分が怖いよ」

「ま、まあとにかくお金は手に入ったんだし、結果オーライなんじゃないかしら?」

「そうですよね、パイクさ……パイクさん?」

 僕が一歩近寄ると、一歩下がるパイクさん。

 二歩、三歩と歩いても一向に距離が縮まらない。

「ごめんね?あの……当分アタシに触らないでね?」

 軽蔑が凄いことに……!まあ仕方ない、さっきからの一連の流れ、これ仕方ない。


「よし!なんかいろいろ良くない気もするけど、よし!なんにせよ、これで一歩前進ですね。さあ!飛翔の翼を買うために、キャモルに戻りましょう!ミューさん、定置の羽に魔力の補充を……ミューさん?」

 あ、ミューさんが引いてる。わかる、わかるよ、顔を見るだけでわかるよ。

「ご、ごめんなさい。元はと言えばミューが頼んだことなのに、その為に大事なものまで売ってくれたのに、ごめんなさい!!どうしても、どうしてもドン引きしてしまうんです!!ミューの心が、ドン引いてしまうんです!」

「……うん、あの、仕方ないよ、うん。ただその、ドン引きしてても良いから、魔力はお願いしますね?」

 僕が魔力切れの定置の羽を渡そうとすると、間にイジッテちゃんが割って入る。

 僕から奪うように定置の羽を受け取ると、服のポケットから小さな布を取り出し、それで定置の羽を綺麗に綺麗に隅々まで拭くと、その羽をミューさんに引き渡した。

「すまん、これくらいしか出来ないが、これで何とか頼む」

 そういうと、さっきまで羽を拭いていた布を持ったまま近くのごみ箱へ行き、そこに布を叩きつけるように捨てるのでした。


 ……ま、しょうがないよね!!

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