第54話

「さあ、お金の話をしましょうか」

「最近ずっと金の話しかしてないけどな!」

 翌日、僕らは宿の部屋で作戦会議を開くことにした。

「すいません、ミューのせいで……」

 もちろん、ミューさんも一緒にだ。

「お気になさらず、依頼を受けると決めたのは僕の方ですから。そんなに申し訳なさそうな顔しないでくださいよ」

 女の子の悲しそうな顔は心に来る。

「っていうか、話し合いでどうなかなる事なのか?どうやったら金が稼げるかなんて、そんな案があったらもうとっくに出してるだろ」

「いやまあ、そうなんですけど……一つ確認したいことがありまして」

「なんだよ」

「えっと、ミューさん。中古アイテムに魔力込める仕事してるって話でしたけど、定置の羽に魔力込める事って出来ますか?」

 定置の羽は、最初に決めたポイントに戻れるアイテムだ。

「え?あ、はい。ですです出来ます。飛翔の翼はさすがに難しいですけど、定置の羽はそんなに難しくないので」

「――――そうか、出来るんですね……出来なければそれはそれでこの方法を使わない理由にもなったのですけど……出来るなら、やるしか無いですね」

 気が重い……これは本当に最後の手段だ。

 やらずに済むならその方がいいのだけど……この状況なら、やるしかないだろう。

「なんだよさっきから思わせぶりだなお前。手っ取り早く金稼ぐ方法があるなら、なんでやらないんだよ」

「そりゃあまあ……僕にだって人並の心があるのでね。これは本当に心が痛むんです……出来る事ならやりたくない……でも、他に方法も無いですからねぇ……」

 大きく息を吐く。覚悟を、決めるか。

「ちょっと……それなんなの?なんか相当ヤバい事なの?」

 パイクさんの言葉に顔を上げると、みんな不安そうな表情をしている。

 拷問モドキのようなことさえも平気で笑顔でやってのけた僕がこんなに気の進まない方法とはなんなのか、みんなには想像もつかないだろう。

「あ、あの!ミューの為に危ないことはやめてくださいです!」

「え?ああ、大丈夫ですよ。別に危なくは無いんです。ただちょっとその……心が痛むというか、倫理的にどうかな、みたいな話で」

「おいおい、なんか犯罪犯そうってんじゃないだろうな」

「まさかまさか。合法ですよ。それはもう真っ当です」

「あーもうまどろっこしいな!!じゃあ何迷ってんだよ!?どんな方法なんだよ!?」

 みんなが疑問に思うのも当然だ。けど、これは今この場でそう簡単に口には出せない。

「一つだけ、いいですか?」

 僕が真剣な顔で問いかけると、部屋中に緊張が走る。

「イジッテちゃん、パイクさん、二人にはこの計画に協力してもらうかもしれませんけど、大丈夫ですか?」

 二人は僕の問いかけに、顔を見合わせた。

「……まあ、出来る限りの事はするわよ?」

「………なんか嫌な予感がするが、内容によっては良いぞ」

 イマイチはっきりしない答えだけど、とりあえずOKを貰った、という事にしよう。


「よし、じゃあ行きますか!アンネさんの店へ!」



 夜になるのを待って帰還の羽を使い、アンネさんの店の裏へと着いた。

 おそらくジュラルでは僕らは指名手配されてるだろうから、夜に紛れるのが一番だ。

 ああ、ほんの数日ぶりなのに、なんだかとても懐かしい。

 置いていったトントン石で来ても良いと合図は貰ったけれど、一応注意深く周囲を見回す。

 一見ジュラル兵の姿も無いし、ちょうどこの時間は人通りも少ないことは経験でわかっているとはいえ、見つかったらアンネさんにも迷惑がかかるので、警戒しつつ、外から店の中の様子を伺う。

 ……うん、大丈夫そうだ。路地の角から様子を見ていたみんなを呼び寄せて、店の中へと入る。

 ドアを開けると、来客を告げるベルが鳴り店の奥からアンネさんが顔を出す。

「はい、いらっしゃいま―――あらあら、来たわねコルス君!久しぶり……でもないかしらね。ほんの数日だものね」

 確かにほんの数日なのだけど、いろいろあったから普通に店に来て普通に出迎えて貰えるのがなんか嬉しい。

「どうもですアンネさん。あの……なんかご迷惑とかかけてませんか?」

 ジュラル軍が本気で調べれば、僕がこの街を拠点にしていて、この店に頻繁に来ていたのはすぐにわかるはずだ。

「そうねぇ、まあ、何回か来たわよ?軍人さんが。コルスくんの居場所を知らないかーって」

「す、すいません。どう答えたんですか?」

「どうもこうも、知らないって答えたわよ。だってお姉さん本当に知らないんですもの。定置の羽のポイントのことは、別に聞かれなかったし」

 うふふ、と笑うアンネさん。

 別に僕をかばうことに何の得もないのに、本当にありがたい。

「あ、イジちゃーーん!!元気だったー!?きゃーー!やっぱりその服可愛いー!!」

 僕の後ろにイジッテちゃんを見つけると、駆け寄って抱きしめるアンネさん。……いやまあ、そりゃそうなんですけど、僕とだいぶテンションが違いますね?

 僕にも抱きついて良いんですよ?

「お二人もいらっしゃい。……あら、新しいお友達?」

 パイクさんとセッタ君に目をやったアンネさんは、その後ろのミューさんに気付いた。

「ああ、彼女はミューさんです。お友達というか、依頼人ですね。ちょっと仕事を受けたんですよ」

 ミューさんは、最初に出会った時と同じようにゆったりしたマントのような服で体を隠し、フードを被り頭を隠したまま、ぺこりと頭を下げた。

 一応、アンネさんは大丈夫だと伝えたのだけど……人に対する恐怖が植え付けられているらしく、そう簡単に自分の姿を見せたくないのだそうだ。

 そう考えると、僕らに見せてくれたのも相当な覚悟が必要だっただろうし、おどけて見せたのも強がりだったのかもしれない。

 ……助けたいなぁ、この子、助けたいよ。

「そう、よろしくね、ミューさん」

「あ、はい、よろしくおねがいします。です」

 アンネさんは軽く挨拶を済ませると、そっとミューさんと距離を置く。

 さすがに客商売が長いだけあって、相手との距離感をちゃんと測っている。今近づこうとしても拒否されると解ったのだろう。

「さてさて、コルス君。今日はわざわざ危険を冒してまで、お姉さんに何の御用なのかしら?」

「ただ会いたくて来た、と言いたいとこですけど、残念ながら違います。いやまあ、会いたかったのも本当ですけどね?」

「はいはい、そういうのいいから、早く本題に入って頂戴?」

 ……やっぱり僕に対してはちょっと冷たくないですか?優しくされたい…!

 まあ、それは後々の頑張りで何とかするとして、だ。

「実はですね、預けてあったものを返してもらおうと思いまして」

 アンネさんの店は、預かり屋の業務も行っている。

 預かり屋、とはその名の通りアイテムやお金を預けておく店だ。

 危険な冒険に大量のお金や貴重なお宝持っていく必要はないが、地方の街では大きな銀行のような施設が無いことも多い。その場合、一時的に預かり屋に預けるのだ。

 とはいえ、アンネさんの店は簡易な仕組みで、店の奥に、扉に鍵の付いた棚があり、その中に預けたいものを入れるだけだ。

 その代わり、長期間預けても最高で銅貨5枚以上は取らないという良心価格である。

 そこにあるのだ。この計画に絶対に必要な、僕の大事なものが。

「―――――あれを、受け取りに来たの?」

 アンネさんの顔が、一瞬で真剣なものに変わる。

「ええ、ついに封印を解く日が来たんです……」

「長かった……長かったわ……本当に」

 僕らの様子を見て、詳しく説明を受けてないイジッテちゃんたちに緊張が走る。

「いったい、何をしようってんだ……?」

「わからないけど……でも……」


「きっと、ろくでもないことだな」

「きっと、ろくでもないことよね」


 イジッテちゃんとパイクさんの声がシンクロした。

 相変わらずの僕の評価よ。


 アンネさんは、店の奥に行くと棚から箱を持ってきた。

 ちょうど両手で抱えられるくらいの箱。


 あるんだ、あの箱の中に、アレが。

 アンネさんは丁寧に箱を店のカウンターに置くと、一つ息を吐く。


「じゃあ、開けるわよ」

「はい、お願いします……!」


 ゆっくりと蓋が開いていくと、中にあったのは―――――――

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