第53話

「考えたんだけどさ、その何とかの翼?でコガイソにいけないのか?」

 僕らがしょーもない会話をしてる間にもイジッテちゃんは考えてくれていたらしく、不意にアイディアを口にした。

「なんとかって……飛翔の翼ですか? 確かに、アレなら所有者が行ったことのある場所ならどこでも行けますけど……」

「じゃあ、ナンタラの翼をミュー子に持たせたらいいんじゃないのか?」

 ……いつの間にミュー子っていうあだ名付けたのですか…?という疑問はひとまず置いておこう。

「うーん、どうなんでしょう。飛翔の翼の仕組みは一般には明かされてないんですよね。自分の意思で踏み入れた時は確実に行ける場所に追加されるんですけど、そうじゃないときは追加される場合とされない場合がある、って話がありましてね。ミューさんはさっき、コガイソの場所すら知らなかったですから、追加されてるのかどうか……」

「じゃが、試してみても損はないのではないかな?」

 話を聞いていたセッタ君もイジッテちゃんの説に賛成のようだ。

「いやまあ、他にいい方法もないので、僕も試せるもんなら試したいですけど……」

「なんだ、なんか問題があるのか?」

「その……飛翔の翼って、高いんですよね……」

「まーた金の話か。そのナンチャラの翼はいくらするんだ?」

 ……イジッテちゃん、飛翔の翼の名前意地でも覚えたくない理由でもおありで?

「高いですよ……相場は……金貨5枚くらいですかね」

「はぁ!?なんでそんなすんだよ!ぼったくりだろ!」

「いやいや、考えてみてもくださいよ。ここから馬車でコガイソ行こうと思ったら、それこそ金貨2枚以上は確実ですよ。しかも、数日かかるうえに自然災害やモンスターの脅威もある。それが、一瞬で何の苦労もなく行けるんですよ。金貨5枚は妥当な値段ですって。まあ、高級品なのは間違いないですけど」

 ちなみに、設定したポイントまで移動できる定置の羽は銀貨1枚、最後に立ち寄った街にれる帰還の羽は銅貨5枚だ。

 これは単純に、アイテムに込める魔術量と、魔法としての難しさから生じる値段の差になっている。「今まで行ったことがある」という制約があったとしても、「どこへでも自由に行ける」という魔法は恐ろしく難易度が高いのだ。

「要するに、普通に馬車で行くのにもお金がかかるし、飛翔の翼で行くならもっとお金がかかる、そういう話です」

「かねカネ金……世の中金か!!嫌な時代になったもんだな!」

「イジッテちゃん……むしろ、世の中が金じゃなかった時代って、ありました?」

「……無いな…」

「……よく、人間に絶望しないでいてくれましたね」

「してないと思う?」

「……ギリギリ、してないといいなー、って思います。そうであれ」

 そんな会話をしていると、ミューさんが申し訳なさそうにそっと手を上げた。

「あのー……飛翔の翼ですけど、私の働いてる店なら、もうちょっと安くありますよ?」

 そういえば、中古アイテムの店で働いてると言っていた。

「いくらくらいですか?」

「だいたい、金貨1枚」

「それでも高いな……でもまあ、5~60日くらいの期間必死で働けば買えなくもない……かな?」

 いやまあ、その間の食費とか滞在費とか無視すれば、だけど。

「にしても、安すぎない?相場の5分の1よ?」

 パイクさんの疑問ももっともだ。そんな値段で買えて、普通に使えるならみんなそっちを買うだろう。「普通に使えるなら」、が大事だけど。

「それが……問題がありまして……」

 でしょうとも。

「中古の飛翔の翼は、「最初の所有者が行ったことのある場所」にしか行けないんです」

「へぇ、その話は初めて聞きました。興味深いですね」

「私も店長さんたちが話してるのを聞いただけなんですけど、そもそも飛翔の翼っていうアイテムは最初に買った人を所有者と認識して、その人の行ったことがある街に行けるようにする、っていうアイテムなんです。大事なのはこの「最初に買った人を所有者と認識する」っていう部分です」

 ふむふむ。

「最初の所有者が持ってる限りは、新しい街に行くたびにどんどん行ける街も増えるんですけど、その人が飛翔の翼を手放して、次に誰かがそれを手に入れても、前の所有者の情報が上書きされることはないんです」

「なるほどつまり、中古の飛翔の翼を買って、それを持って別の街に行っても、新たにその街に行けるようにはならないんですね」

「ですですそうです。だから、中古の飛翔の翼は凄くギャンブル性の高いアイテムというか……たくさんの街に行ける可能性もあれば、たった一つの街にしか行けない事も有って、基本的にはそれを事前に調べないまま店に並べてるので、行き場所を決めないまま旅行したい、っていう人が冒険心で買ったりいるんです」

「なんで調べないんだ?調べて、たくさんの街に行けるヤツは高値で売ればいいじゃないか」

「って思うじゃないですか。でも、飛翔の翼に魔力を込めるのは大変なんです。必要な魔力量も多いですし、下手に込めると壊れちゃうこともあるので。でも、一回使ってみないと中身は解らない。つまり、使って中身を確認したら、もう一回魔力を込めないといけない……労力も、専門の魔法使いに払う代金も、二倍必要になるんです」

「はぁー、なるほど。そんな手間をかけてまで、あるかどうかもわからないお宝を探すよりは、運試し感覚で買う人に向けて安値で売った方が得、ってことなのか」

 中古アイテム市場……ただの非公式で危ないアイテムを並べてるだけの店だと思ってたけど、なかなか奥が深いんだな。

「じゃが……だとすると、結局狙って羽を買うことが出来ないなら、金貨一枚出すだけ無駄ではないのかのぅ?」

 ああ、そうだ。その話だった。コガイソに行けるかどうかの話だ。すっかり中古アイテム市場に思いを馳せてしまっていた。

「それがそれが、なんですよー」

 急にテンションの上がったミューさんが、椅子を踏み台にして机の上に登ってポーズを決め始めた。少しだけ、靴を脱いでほしいと思ったけど、まああとで掃除すればいいや。

「今、うちの店にある飛翔の翼は3枚なんですけど、こないだ売りに来た人が言ってたんですよ!コガイソから来たって!」

 ど ん !! と背後に文字が見えるくらいの決めポーズでドヤ顔をしてみせるミューさん。やっぱり靴は脱いでほしい。あとで掃除するからいいけど。

「おお、ってことは、その3枚のうちどれがそのナンタラの翼なのか、判別出来てるんだな?」

 イジッテちゃんが希望に目を輝かせながらそう質問すると、ミューさんはそっと目をそらして。ゆっくりと机から降りて、椅子に座った。

「いやその……3枚のうちどれかはちょっと……わからないんですけど……」

「ミューさん、悪いんだけど、机掃除してくれます?」

「はい!了解です!!」

 気まずかったのか、僕が差し出した雑巾を手にすぐさま机の掃除を始めるミューさん。小姑が如く机を指でなぞって「まだ汚れていてよ?」とか言いたい気分だけど、まあそれはやめておこう。

「とはいえ、3枚中1枚が確実に当たりってのは結構確立高いですよね。1回外れても、2回目で当たれば馬車で行くのと変わらない値段なうえに、時間はかからないし安全、やってみる価値はあるかもしれません」

「価値はあるけど、どこに金があるんだよ」

 イジッテちゃんの正論ツッコミが出ました。

「だから、それは働いて―――――……働いて?」

 ん?なんか、大切なことを忘れているような……

「そういえばアンタ、今日からなんか仕事始めるとか言ってなかったかしら?」

 はっ!!!!!!!

 僕は記憶をもとに、視線を動かす。

 するとそこには―――――「ボイン挟まれクエスト」と書かれた看板が、床にぽつんと置いてあるではないですか。

「………わーーーすーーーれーーーてーーーたーーー!!!」

 仕事の途中だったんだ!!

「す、すいませんミューさん、今日はこれで!明日また来てください!!ホントすいません!!」

 謝りながら、急いで看板を手に取り部屋を出る。

「あとはお願いします みなさん!!」」

 イジッテちゃんたちに後をまかせて慌てて仕事に戻る僕。


 走れ、走れ!!!

 待ってるんだ!僕を待ってる人が居る!!

 僕は客引きだ!僕が居なければ、店に客が入らない!

 欲望をたぎらせて店を探しているお客さんが、店が、店長が、店の女の子たちが、店内スタッフが、用心棒が、清掃の人が、みんなみんな、僕を待っている!!

 急げ急げ!みんなの為に、全力で、走れぇぇぇぇぇぇえーーーー!!!!



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 クビだってさ。

 しゃーないしゃーない。

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