第52話

「なるほどのぅ、事情は分かったわい」

 宿に戻ってきたパイクさんとセッタ君にも大まかな事情を説明した。

「協力してくれますか?」

「協力も何も、ワシらは一心同体のようなもの、少年がやると言うならなるだけじゃわい。のう?」

 セッタ君はパイクさんにも問いかけるが、パイクさんはなんだかずっとご機嫌斜めである。

 ベッドに腰かけ、立てた膝の上に肘をのせて、頬杖を突いたままずっと横を向いて仏頂面をしておられる。

「……あの、パイクさんどうしたんですか……?」

「いやなに、さっき少年たちを助けるために、悪漢共の足を引っかける棒として使われたのがたいそう不満らしくての、ずっと拗ねておるのじゃよ」

 ああ……やっぱりあの使われたかは嫌だったのか……まあ、気持ちはわかるような気もする。あれ、ただの棒扱いだもんね…。

「あんな奴ら、脳天貫いてやればよかったのよ……!」

 おおう、パイクさんが怒りのあまり物騒なことを。まあ僕としても次はしっかり武器を持って対峙したら、それはもうボコボコにしてやろうとは思ってるけど。

 ……あ、でもイジッテちゃんはたぶん生理的にあのロリコンくん無理だろうから、セッタ君に頼むとしよう。

 ……どうしよう、アイツが少年もイケるタイプだったら……見た目だけならセッタ君わりと美少年だしなぁ。

「で?なにか当てはあるの?」

「ん?なんですか?」

「だから、その子を治せる当てはあるの?って聞いてるの」

 僕が変態の性癖に思いを馳せているとパイクさんに質問された。

 ……というかその説明は、協力してくれるってことですね?と思ったけど、まあさすがに言わない。ご機嫌斜めな所せっかくやる気を出してくれたのに変に突いてさらに機嫌を悪くされたらあまりにも面倒だ。 

「まあ、当てという程でもないですけど……とりあえずは、ミューさんの体をこんな風にした張本人に会いに行ければ行こうかな、と」

 医者の知り合いがいないわけではないけど、そもそもどういう改造を受けてミューさんの身体が今どういう状態なのか把握しておいた方が、治療するにもわざわざ0から調べる手間が省けるだろう。

「どこに居るの?そのクソ外道は」

「どこに居るんですか?」

 パイクさんからの問いを、そのままミューさんにダイレクトパス。

 そういえば聞いてなかった。

「えっと、確か……コガイソの街です」

 聞き覚えのない街だ……えっと確か、地図があったような……この宿に泊まった時に、この国の地図が観光用に置いてあったんだよな……いやこの国に観光目的で来るやつ居るんかーい!ってツッコミ入れたから覚えてるぞ。

 どこやったかな……と僕が周囲を探していると、イジッテちゃんがトコトコっと歩いてベッドの下に手を入れると、そこから地図を取り出して戻ってきた。

「ほれ」

「あ、ありがとう。よく僕が地図探してるってわかったね。さすが、以心伝心だね!」

「うっせ、うっせぇ。いいからほれ!」

 照れてる照れてる。可愛いなぁもう。

「でも、どうしてベッドの下に落ちてるの知ってたんです?」

「いや、宿泊二日目くらいに、風でひらりと落ちてベッドの下に入るの見たから、まだあるかなーと思って」

「……見たのに、今まで無視してたんですか?」

「……拾う必要あるか?要らないのに」

 いやまあそうですけど……イジッテちゃん一人暮らしさせたらゴミ屋敷になりそうな気がするな……人には口うるさく言うけど意外とズボラなんだよな……。

 まあいいや、えーと地図地図……なんだっけ、コガイソ……どこだ?

 みんなで地図を除き込んでコガイソを探す、ミューさんも詳しい位置までは覚えてないのか、一緒に探している。

「あ、これかな?」

 僕が見つけたのは、このキャモルの国の本当に端の方にある街。地図で見る限りはそこそこ大きな街っぽいけど、それよりも……

「……遠いな」

 イジッテちゃんが僕の気持ちを代弁するように呟く。

 そう、遠いのだ。

 どのくらい遠いかというと、徒歩ではとても行けないレベルで遠い。

 いやまあ……何週間か時間をかければ行けない事も無いと思うけど、何度か途中の街で宿に泊まる必要もあるだろうし、野宿しなければならないタイミングも多そうだから食料やらなんやら買いこまなくちゃいけないし、途中にはモンスターの多発地帯や、砂漠とまでは言わないが乾燥地帯も多く、熱さと渇きに苦しめられるだろう。

「普通に考えたら、馬車じゃのぅ。しかも、相当良い馬車じゃ」

 セッタ君の言うように、馬車が必要だし、きつく長い道のりを乗り越えられる強い馬と、厳しい環境に耐えられる丈夫な荷車を持つ馬車となると……

「ミューさん、こんなこと聴くのアレなんですけど……」

「……はい、なんでしょう」

「お金って、どのくらい持ってます…?」

「……たくさん持ってると、思います?」

「……もしかしたら、あるかなーって」

 ミューさんは、椅子の上に立ち上がり、起用に片足で来るっと回ってポーズを決めると同時に―――

「ほぼ、無一文ですっ!」

 と高らかに宣言されました。

「あ、でも、依頼をお願いしたからには、これから何か仕事をして少しでも稼ごうと思ってます、思ってますけど……」

 チラッと地図を見るミューさん。

「ここからコガイソまでの馬車代となると……どのくらい時間がかかるかちょっと……」

「いや、良いんです。なにせこっちもお金ないので、それが難しいことは理解してます。……でもそうなると、最初の一歩が遠いですね……」

 お金がないって……悲しいなぁ……。

「でも、ミューちゃんはこの距離をどうやって来たの?」

 パイクさんの根本的な質問にハッとした。そういえばそうだ。

「どうってその……何とかの羽っていうアイテムで急にこの街に連れてこられて、博士は一人でまたなんかの羽で帰っていきました……」

 そうか、羽か……決まった場所に来られる定置の羽か、行ったことある場所ならどこでも行ける飛翔の翼だろう。

 人体実験用に高値でミューさんを買った話から考えてもお金は持ってるんだろうから、高価なアイテムを使ってても不思議はない。

 けどそれよりも……

「えっ、置き去りってこと?それいつの話なのよ?」

「えっと……あんまり覚えてないんですけど、100日……よりは前かもしれません」

「この街に知り合いとか居たの?」

「いえ、誰も居なくて……でも、住み込みで出来る仕事を見つけて…」

 パイクさんが姉御気質を全開にして、ミューさんに語り掛ける。

 なんか人生相談みたいになってる。

「どんな仕事?まさか、いかがわしい夜のお店とか……」

 ……あり得るな、この街は水商売が豊富だから……ん?夜のお店?……何か忘れているような……。

「いいえ違います!いやその、最初は考えたんですけど……でも、この腕を見たら雇って貰えませんよ。さすがにお客さん引いちゃいますから」

「じゃあ、どんな…?」

「あの、私結構魔法を使えるんです。だから、その……非合法なんですけど、中古のアイテムに魔力を込めなおして売ってるお店があるんです。そこで、毎日魔力込めてます」

 魔法アイテムに魔力を込める仕事か。確かに需要はあるが、非合法の店は魔力の込め方が不十分だったり、そもそもアイテム自体が粗悪だったりと問題が多い。

 とはいえ、合法アイテムよりだいぶ安いし、こういう街ならそれでもいいと買う人間もいるだろう。

「一応聞きますけど……ちゃんとお給料もらってます?」

 魔力を込める仕事はそれなりに魔力が高くて多い人間にしか務まらないので、普通だったら高給取りな職業なんだけど……。

「いえ、でもその……寝る場所もあるし、食事も1日2食貰えますし、こんな私には充分すぎるくらいです……」

 いや、それはちょっと……と僕が声をかけようとした瞬間、パイクさんがグイっとミューさんの顔を掴んで、真正面から強く見つめた。

「な、なんでしょう……?」

 怯むミューさんに、パイクさんは少しの怒気と力強いやしさを込めて言葉を伝える。

「いいこと?女はね……ってかまあ、男もだけど、女は特に、絶対に自分を安売りしちゃだめ。あなた自身があなたの価値を下げてたら、悪いヤツは絶対にそこに付け込んでくる。自分の価値を自分で高めないと、この世の中で戦っていけないのよ」

 パイクさんの熱を持った言葉に、ミューさんはハッと目を見開く。

「強くありなさい。そして、自分に自信を持ちなさい。強さと自信。いい女はその二つを持ち合わせているものよ」

 ……パイクさんの熱い「いい女論」が語られていく。

 ――――……うん、いや、あのーーー……言ってること自体は間違ってないと思うんですけど、良いこと言ってると思うんですけど……その、なんていうか……。


 パイクさんって、そんなに女としての人生経験積んでます?


 そもそもずっと武具として生きて……というか存在してきて、戦場に居て、戦争が終わってからは国宝として保管されてて、2~3年前に運ばれる途中でモンスターに奪われて、それから僕らが見つけるまで洞窟の中でしたよね……?

 そんなに「女の人生として」って語れるくらい、女として生きてました……?

「……セッタ君、一応質問なんですけど……お二人が人間の姿になったのっていつですか?」

「なんじゃ急に……そうさのぅ……アレはジュラルとガイザの戦争も終わり際じゃったから、30年くらい前かのぅ」

 あ、でも一応そのくらいの経験はあるのか。

「とはいえ、じゃ。戦争が終わってすぐにワシらは国宝として城の宝物庫にしまわれておったから、たまーに暇な時に人間体になって宝物庫の中で会話したりちょっとした遊びをしたりする以外は、ほぼ盾と矛として飾られておったわい」

 話が変わってきた。

「だとすると、今熱く語ってる「いい女って言うのはね」みたいな話って…」

「ああ、あれか、あれはジュラルの王都に居る時に、強い女性が活躍するみたいな演劇をたくさん見たらしくて、その受け売りじゃよ」

 ……そういえば言ってたな、演劇とか見てたって。

「……なんか、そう思うと急に薄っぺらい言葉に思えてきますね……」

「……あやつ、意外とそういうとこあるんじゃよ……」


 思いもよらず、パイクさんの意外な一面を知ってしまった夜であった。


「女の生きざま、見せてやりなさい!」

「はい!先生!」


 師弟関係出来上がってます!?

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