第51話

 さっきの説明はあまりにも簡潔過ぎたので、もうちょっと詳しく話を聞く事にする。

 さすがに、ミューさんのここまでの人生をたった38文字で終わらせてしまうのは忍びない。

 とりあえず質問してみよう。

「えーと、さっきの再現ドラマ(?)からすると、お父さんとの関係は良好に思えたんですけど……なんで嫌われたんですか?」

「はい、その……実は、父は純血信仰の強い人でして……」

「……ははぁ、なるほど、ということはミューさんは…」

「はい、混血です」

 そういうとミューさんはオレンジ色の髪をかき上げて、耳を見せてくれた。

 少しだけ尖って長い耳が目に入る。

 続いて口を開けると、鋭い牙。

 ……これは確かに、特徴としてはそれほど目立つものではないけど、混血の証だ。

「……おい、おいって」

 イジッテちゃんが横から僕の服のすそを引っ張る。

「なんですか?」

「お前らが何を話してるのか全く理解できないのだけど?」

 ……ああ、そうか。イジッテちゃんは長い間洞窟の中に居たし、その前も城の中や戦場にばかりいたから色々と知らないことも多いんだった。忘れてた。

「えっとですね……ミューさんちょっとごめんなさいね、説明しますから。この人、自分が置いてけぼりにされるの我慢出来ない人なんで」

「……凄く殴りたいが否定できない自分も居るのが悔しいな…!」

 そんな、強く拳を握り締めるイジッテちゃんへの説明タイムだ。

「まず……そうですね、純血信仰っていうのはここ10年くらいで急激に勢力を増してきた思想なんです」

 10年ほど前、正確な記録すら曖昧なほど永い眠りについていた魔王が突然復活したことにより、モンスターたちが凶暴さを増し始めた事が全ての発端だった。

 長年の平和の中で、モンスターの中にも人間社会に溶け込む存在が多く出てきて、モンスターと人間の共存している集落も珍しくは無かったのだけど、そういう集落が次々と凶暴化したモンスターによって蹂躙され始めたのだ。

 それまでは、モンスターと人間の間に生まれた子供も、見た目が違うだけで普通の子供として扱われていたのだけれど……凶暴化する危険性が高いという恐れから多くが迫害されたり、中らは殺された子も多いと聞く。

「もちろん、全ての混血の方々が凶暴化するわけじゃなかったんですけど……それでも人々は恐れ、その中で広まっていったのが、純血信仰なんです」

 純血、つまりは人間同士の子供以外は認めない、という強い思想を元に世界各地で混血への迫害が始まった。

「簡単に例えると、女性の下着が上下不揃いなの絶対許すまじ、という感じです」

「ふん、なるほどな。人間はいつの時代も愚かだ。簡単に恐怖に支配されおって」

 返す言葉もございません。

「あと、簡単な例え、超邪魔だったな」

 返す言葉もございません。

「しかし純血信仰か……となると……ミューの母がモンスターと不義密通したということか?」

 言い回しが古いよイジッテちゃん。浮気ね浮気。あと本人の前でそれを言うデリカシー!ちょっと小声だったけど多分聞こえてるよ!

「それは、あの、わからないんです。母は最期までその事について話したがりませんでしたから……」

 やっぱり聞こえてた……気を使って補足説明しようとしてくれてるじゃないの!良い子だよ……!でも無理しないで!

「……母が浮気をしたのかもしれないし、早くに亡くなったと聞いていた母の父……ミューにとっての祖父がモンスターで、隔世遺伝したのかもしれません。母には混血の特徴は出てなかったですけど、聞いた話ではそういう事もあるのだとか」

 うーーん……まあ、浮気をしたのだとしても、親がモンスターだったのを隠していたとしても、どちらも純血信仰者には許しがたい事だろう。

 ただ、それで離婚だとか処分だとか言い出すならまだしも、マッドサイエンティストに売るってのがわからん。

「あ、それはですね……当然離婚をして、私は父に引き取られたんですけど……」

「えっ、ちょっと待って。僕声に出てた?」

「はい。出てましたよ?普通に話しかけられてるのかと思ってましたけど……独り言だったんですか…?」

 ……自分に軽く絶望するなぁ!!

 人にデリカシーとか言える立場じゃなかった!!

「すいません、なんか、無神経に……」

 謝罪だ謝罪。それ以外にどうしろというのだ。

「ああいえ、大丈夫ですよ。……私もあまり自分の人生を人に話したことなくて……でもほら、なんだかだいぶ人とは違う人生なので、頭の中で演劇の題材とかになったら面白いなーとか、妄想してたんです。さっきはそれが出ちゃいました。えへへ」

 ちょっと照れ笑い。可愛い。

 けど、自分の不幸を客観的に見る事のできる たくましい子だ。それは少し、切ないたくましさだけど、それでも。

「えーと……どこまで話ましたっけ……あ、そうです、その当時、父の親族がお金に困っていて……知り合いの研究者に、人体実験に使える子供を売ってくれれば大金が手に入るって言われて……父がミューを差し出したんです……もしかしたら、最初からそれが目当てでミューを引き取ったのかもしれないですね……あちゃーやられちゃいましたねー」

 無理に明るくふるまわなくても良いのに、と思ったけれど、それは口にしない。

 それが彼女なりの過去との向き合い方なのだとしたら、それを否定する権利は僕にはないのだし。

「で、まあ出来上がったので、これでーす!!……なんちゃって…」

 バッと両手を広げて自分の姿を見せてくるミューさん。

 頭部の角と右手の杖のインパクトが強くてあまり見えて無かったけれど、あちこちほつれてボロボロの布の服の合間から見える上半身の肌には多くの傷があった。

 先ほどのように暴力にさらされたのだろうと解る小さな傷や痣と、明らかにそれとは違う大きな手術痕のような傷も痛々しい。

 下半身も短パンからスラリと伸びた脚は、両脚共に内ももに大きく縦の傷……まるで、脚を一度縦に切り裂いてから縫い合わせたような、そんな傷……。

 ……なんっだよこれ……なんだよこれ……!!

 なんで、なんでこの子がこんな目にあってんだ!?混血であることがそんなに罪なのか。この子が血を選んで生まれてきたのか!?そんな訳ねぇだろ……!!!

 ふっざけんなどこぞの研究者、ふざけんな父親、ふざけんなこの世界!!


 ―――ふと、イジッテちゃんの手が僕の頭を撫でるように触れた。

 何を急に……と思い顔を上げると、僕の頬を何かが伝った。

 え?……あ、あれ、僕、泣いてるのか。おかしいな、怒ってたのにな。

 怒ってても涙って出るのか?

 イジッテちゃんは、前を向いたままこちらを見ずに、横に座る僕の頭に手をのせている。

 こちらに笑いかけているわけでもないし、ただ真顔で前を向いたままなのに、なんだかすごく、その手から優しさが伝わってきて、それが凄く嬉しかった。

「あ、あの、大丈夫ですか?どうして急にその、泣いて……?」

 ミューさんが心配そうに声をかけてくれる。

「ああ、いや、その、どうしてでしょうね。自分でもよく分からないんですけど……一つだけ、はっきりわかったことがあります」

「な、なんでしょうか?」

 僕は、涙を拭いて、流れ落ちそうな鼻水をズッと吸い上げて、一つ息を吐いた。


「僕は、あなたを絶対に助けたい。それが、わかったんです。探しましょう、ミューさんを元に戻す方法を。依頼、お受けしますよ」

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