第50話

「脱衣ボンバー!」

「うぉいなんだ急に!?」

 突然の脱衣ボンバーにさすがのイジッテちゃんも驚いたようだ。

「いや、なんか凄いシリアスな空気になったから耐え切れなくて……」

「いいか、よく聞け。シリアスな空気に耐えられないから全裸になる、なんていう人間はこの世に存在しないんだよ」

「ここに居ますが?」

「なんで存在してるんだお前は?」

 なんでと言われましても……居るんだから仕方ない。

「ひぃややゃああぁぁぁぁぁ…!!」

 一方ミューさんは、突然の全裸に怯えて部屋の隅で震えながら顔を両手で隠している。でも一本の手が杖だから隠しきれず、結果的に僕の全裸をチラチラ見ている。

 なるほど、そうなるのか。大変だなぁ。

「大変だなぁ、じゃないんだよ。お前のせいで怯えてるんだぞ」

 イジッテちゃんはミューさんの視線から僕を隠すように前に立ち、少しずつ彼女に近づいていく。

「すまんね、驚いたと思うが、あいつはただ全裸になりたいだけのやつなんだ。まあ、その時点で駄目だろう、という気持ちはとてもよく分かる。それはもう私も何度も思った。でも、ただ全裸になるだけで、そこから先は何もしない。何かをする勇気もない、度胸もない、甲斐性もない、お金が発生しない相手には手を出さない、そういうやつなので、安心してほしい」

 なんという説得なんですかイジッテちゃん?

「それは……安心して良いんですか?」

「うん、きみの倫理観はとても正しい。正しいが、今だけちょっと曲げてくれ。これを、安心しても良いもの、として捉えてくれ。もちろんこいつだけ特例な?他のやつが目の前で全裸になったらすぐ逃げな?でも、こいつは大丈夫、ということにしてくれ」

「矛盾が酷いよイジッテちゃん……」

「お前が言うな!!!そもそも脱ぐな!!」

 イジッテちゃんに促され、なんとか元の椅子に戻るミューさん。

 元の椅子に戻るイジッテちゃん。

 そのまま座っている全裸の僕。

「着ろよ!!!すぐ!!服を!!着ろ!!!」


「イジッテちゃん、ミューさん、これは提案なんですけどね…?


 全裸のまま会話を進める、という訳にはいきませんか?」


 ものすごい殴られたので、服を着ました。



 強引に咳払いで空気を戻して、イジッテちゃんが会話を続ける。

「……で?その体、いったいどうしたんだい?」

「え、あ、その話に戻るんですね。そうですか、戻るんですね?」

 強く頷くイジッテちゃんと僕。

 さっきのは無かったことにする、それはとても強い意志だ。

「ああ、はい、じゃあその……どこから話せばいいんでしょうか……」

 困惑しているようだけどとにかく待つ。なぜなら、今となっては僕の言葉に説得力が無いからなのと、イジッテちゃんにボコボコにされて口の中が切れてて痛いからだ。

 仕方ない、冷静に考えると仕方ない。

 なので、それは置いといて話をちゃんと聞こう。


「あの……私ミューはその……メムラの国の田舎町で生まれたんです」

 メムラの国……確か、今居るキャモルから見ると、ジュラルの反対側にある国で、ここからだと国を二つ挟んだ向こうだから、わりと遠いところだな。

 自然が豊かで、多彩な人種や宗教が入り混じった国だと聞いたことはあるが、詳しくはよく知らない。

「子供の頃は本当に両親に愛を注いで貰って、幸せに暮らしてたんです……でも―――」

 そこでミューさんは、何かを思い出すように窓の外に目をやった。

 ……まあ、物語ならここで回想シーンでも入るのだろうけど、現実はそういう訳には―――

「おーい、こんなところに居たのかー」

「「!?!?」」

 ミューさんが突然立ち上がり手を振りながら、低い声を出したので僕とイジッテちゃんはそれはもう混乱した。

「あっ、パパー!おかえりー!」

「!?!?!?!?」

 つづいてミューさんは、子供のような幼い声でパッと笑顔を輝かせて、その場で走る動きをする。

「あはは、ただいま。 わーいわーいパパー、あはははは!」

 低い声と幼い声を交互に使い分けるミューさん……。

 ……うん、その、たぶん、どこかから帰ってきたお父さんに、子供が抱き着いてくるくる回っているんだろう……というのは、見てわかる。

 わかるけど……

「あのねパパ!今日わたしね! あっはっは、ちょっと落ち着きなさい、もうすぐご飯だぞ。 はーい、ねえねえ、今日のご飯なにかなぁ? そうだなぁ、今日は……」

「待って!!!!?!??!」

 さすがに声が出ました。

「えっ?は、はい。なんでしょうか。ミュー何かおかしかったですか?」

「あ、うん、その、凄くおかしかったです」

「ど、どの辺がですか!?演技が下手でしたか!?」

「いや、上手かったですよ?役の演じ分けも出来てましたし、状況も伝わってきたんですけどその……え?これ、昔の話とか全部ミューさんが一人芝居で説明するつもりですか?」

「え?駄目なんですか?」

 そんな真っ直ぐな目で返されましても。

「あの……ダメではないですけど、それどのくらい時間かかります?」

「そうですねぇ……今からだと……休憩挟みつつ、明日のお昼くらいまでには」

 窓の外は夜の闇で暗く、少し夜が深まってきたかな、という時間帯だ。

 ここから夜が更けて、朝が来て、さらに昼か……長いですミューさん……!!

「あの、もう少し短く説明出来ないですかね…?」

「短く、ですか?えっ、あ、そ、そうですよね。ちょっと待ってくださいね、考えますから」

 うんうん唸っているミューさん。

 深くため息を吐く僕。

 そして――――

「……で、なんでイジッテちゃんはニヤニヤしてるんですか?」

「ん?いやぁなに、ついにお前を困らせてツッコミ役に回させるヤツが出てきたと思ったな。普段の私の大変さを少しでも思い知るが良いさ。ふははっ」

 実に楽しそうに笑っておられる。

 いやいや待ってくださいよ、僕普段こんなにイジッテちゃんを困らせて……困らせてないよね……?ないよ……な?

 んーーーー……????

 思い当たる節は――――――――――ある!!あるなぁ!!!

 気を付けよう。気を付けるだけで別にやめないけど!


 少しの間考え込んでいたミューさんが、パッと顔を上げた。

「じゃあ、簡単に説明しますね!」

「おっ、はい、お願いします」

 とはいえ、僕もイジッテちゃんも、それなりに長くなるのだろうと覚悟を決めて、話を聞く体制に入る。


「えっと、父親にめちゃめちゃ嫌われてマッドサイエンティストに売られて体を改造されたんです」


 …………大変な人生が凄い簡潔にまとまってた!!!!!

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