第49話

 僕は、頭上を指さしながら、力の限り叫んだ。

「さあ!!爆弾の雨が降るぞ!!」

 つられて悪男たちが上を向いた瞬間に、光の魔法!

「うああ!眩しい!!」

 その隙に、奥で体を丸くしてるフードの女の子の手を引っ張り連れ出して逃げ……ようとしたところに!!

「うああ!目がぁーー!!」

 目を押さえて転がるイジッテちゃん!!学習能力!!

 左手で女の子の手を掴んだまま、右手でイジッテちゃんを脇に担いで逃げる!!

「おま……お前……あんな大事な場面でやったのと同じ作戦を、すぐまたやるか普通!?」

 目を押さえて運ばれながらも文句を言ってくるイジッテちゃん。

「いやだって、テンジンザさんにも通用した作戦が街のチンピラに通用しないって道理がありますか?」

「そうだけども!!なんかアレだろ!私を救い出したシーンの価値が薄まるだろ!!」

「大丈夫です、シーンの価値は下がっても、イジッテちゃん自身の価値は下がらないので」

「褒められてるのかどうかよくわからない!」


「待てこらぁ!!!」

 ドスの利いた叫び声に後ろを振り向くと……げっ、悪男たちが追いかけてきている。

 うーん、とっさの事だから仕方ないけど、やっぱり結晶化しないで普通に魔法を出しただけだから少し効果が弱かったな。

 普通に辺りを照らす分にはそのまま魔法を使った方が便利なのだけど、一瞬の威力の強さでは結晶化した方が上なのだ。

「止まれって言ってんだろこらぁぁ!!」

 そう言われて止まるわけない。だって止まったら殴るじゃん!!!

「逃ーーーげろーーーーー!!」




「……で、なんで僕ら逃げてるんだっけ、イジッテちゃん?」

「何度も言わすな!!お前がバカだからだよ!!剣持ってないの忘れて喧嘩売るバカだからだよ!!」

 そうでした。いやぁ、複雑な事情でしたね。

「複雑さの欠片もない!!」

 すっかり目の回復したイジッテちゃんは、僕に担がれてるのが嫌なのか一緒に走って逃げている。

 でも、正直足が遅い。手を引っ張って走ってるけど遅い。

「ねえイジッテちゃん。もう担いだ方が楽なんだけど……なんならおんぶでも良いよ?」

「やだよ恥ずかしい人前で!!」

「でも足遅いじゃない!だいぶ息もあがってるし」

「じゃあ肩に担げ!山賊が人をさらう時みたいに担げ!」

 どんな例えよ。いやまあ、わかりやすいけど。

 言われた通り、僕はイジッテちゃんを肩に担ぐ。

 イジッテちゃんの腹を肩に乗せる感じで担ぐ。

 そうなると自然にイジッテちゃんの頭は僕の背中側に行くので……

「ああああ、近づいてきてるぞ!!あの変態、血走った目で近づいてきてるぞぉぉ!!」

 悪男と向き合う形になる。

「ひぃぃぃニヤニヤしてる、ニヤニヤしてるぅぅ!!私と目が合うと嬉しそうに笑うぅぅ!!キモイーー!!!」

 やっぱりおんぶの方がよかったのでは!?

 とかそんなことがありつつ逃げているが、さすがに疲れて来た。

 特に、手を引いている女の子……ミューって言ってたっけ、ミューさんも相当息が上がっていて、体力の限界っぽい。

「ごめんなさい、大丈夫ですか?」

「……え?はい、いえ……あの、こちらこそ、ミューなんかの為に、こんなことになって、本当にすいませんです……」

 か細く、自信なさげな声。

 まあ、あんな扱いを受けていた子にいきなり自信満々で喋れってのも酷な話だろう。

「お気になさらず、困ってる人を助けるのは勇者として当然の事ですよ」

「……っ、勇者様なんですか!?」

「え?いや、まあ、そうですね。まだまだ駆け出しですけど」

「そうですか……」

 走りながらも、何か考え込んでしまったミューさん。

「ちょっとちょっと、ちゃんと走らないと追いつかれる―――」

 言いながら後ろを振り向くと、道の脇から、低い位置に にゅーっと何か棒のようなものが伸びているのが見えた。

 なんだアレ?と思う間もなく、僕らを追いかけていた悪男たちがその棒に足を引っかけて、盛大に転んだ。

 それはもう、そんなに転ぶか?って言うくらい見事に転んだ。むしろ転がった、と言ってもいいくらいだ。

 何があった?と思い視線を送ると、棒が伸びてきた脇道からセッタ君が出てきた。

 ……って、セッタ君が持ってるあの棒……パイクさんでは!?

 ああ間違いない、矛に戻ったパイクさんだ……いや、助けてくれたのはありがたいけど、伝説の矛の使い方としてどうなの!?

 セッタ君なんか凄いドヤ顔でグッ!って親指立ててるけど、大丈夫?あとでパイクさんにボコボコにされない!?

 でもひとまず今はありがとう!という気持ちを込めて手を振りつつ、僕らは見事に逃げおおせたのだった。



 ひとまず、泊ってる宿の部屋まで戻ってきた僕たちは、ようやく腰を下ろした。

 まあ、初対面の女子をいきなり宿に連れ込むのは抵抗もあるけど、そこら辺で休んでたらまた見つかるとも限らない。どこかのお店に入るにもお金がない、となれば宿に来るしかなかったのだ。

「あーー疲れたー、あ、とりあえず座ってください疲れたでしょう?」

 僕が促すも、えーっと、ミューさん、そう、ミューさんだっけ、ミューさんは戸惑ったようにあたりの様子をうかがうだけで座ろうとしない。

「大丈夫だよ、こいつは変態だしバカだしエロいし人間としては底辺に近いけど、出会ったばかりの女の子をいきなり襲うようなことは出来ないから。根っこはヘタレだから」

「失礼な、紳士と言って欲しいですね」

 ミューさんを安心させたかったのだろうけど、ちょっと僕への評価がキツイよイジッテちゃん?

 とはいえ、なぜか少しは安心してくれたのか、申し訳なさそうに近くにあった椅子に座るミューさん。

 けど、すぐにでも逃げだせるようにか体をドアの方に向けてはいる。まあそのくらいは当然の警戒だろう。いきなり無条件に信じて貰えたらむしろおかしな話だ。こんな治安の悪い街では特に。

 なんとなく少し気まずい沈黙ののち、ミューさんが意を決したように声を上げた。

「あ、あの……!あなたは、勇者様なのです…よね?」

「え?あ、はい。まあその、一応」

 そういえば、さっきも僕が勇者だと名乗ったら驚いていたような。

「この街から外へ出る事も出来ますか?」

「そりゃまあ、当然できますよ?」

 むしろ出来ない人間が居るのだろうか。別に関所があるでもないし。

 まあ、一番近い街でもここから歩けば1日はかかるし、道中はモンスターや盗賊も居るから、そういう意味では危険で出られないって事はあるかもしれないけれど、どうにもそういう話ではない様子だ。 

「勇者様というかその、冒険者?の方って、依頼があればそれを受けてくれるんですよね」

「そうですね、その、僕は今ちょっと事情があって正式にギルドを通した依頼はちょっとアレですけど、直接何かを依頼してもらえれば引き受けるのはやぶさかではないです。……何か依頼したいことがあるのですか?」

 そう問いかけると、ミューさんは俯き黙り込んでしまった。

 ただ、何か言いたいことがあるのだけど、それを口にすることに対する……怯え、だろうか。そういうものが声を出すことを邪魔しているのが伝わってくる。

 僕とイジッテちゃんは顔を見合わせて、二人で一つ頷く。

 彼女の言葉を待つ、という意思疎通だ。

 こういう時は本人から話出すのを待った方が良い。心が決まって無いのに無理に言わせようとすれば、言葉と心を抑え込んで逃げ帰ってしまうだろう。

 僕らにできるのは、彼女の心の扉が、彼女自身の手によって開けられるのを待つだけだ。

 そして、それにはさほど時間はかからなかった。

「――――ミューを、治せる方法を探して欲しいんです」

 喉の奥から大きな息と魂を同時に吐き出すように、彼女はその言葉を口に出した。

「治せる…?病気か何かですか?」

 僕の疑問に彼女はゆっくりと首を振り、ここへ来るまでも、そして来てからもかぶり続けていたマントのフードを外した。

 まず目に入るのは、鮮やかなオレンジ色の髪。

 少しくせ毛のウェーブのかかったショートカットだ。

 細めの垂れ目は、彼女の喋り方から受ける印象と同じように気の小ささというか、少し怯えたような印象を受けるが、小さな鼻と少し厚めの唇と合わさり、全体のバランスとしては、派手さは無いけど可愛い子だな、という印象を受ける。


 ――――だがそれは、頭の角がなければ、の話だ。


 いや、ツノ……なのだろうか?雷のようなジグザグとした形の何かが頭に刺さっている……頭から生えているのだ。

 この世界には、モンスターと人間の間に生まれ、特殊な外見を持つ子も存在すると話は聞いたことがあるけど――――いやでも、これは、この角はなんだかそういう物とは違う気がする。

 うまく言えないけど……何か、意志を感じるのだ。

 誰かの意図、と言い換えても良い。

 自然に生えたのではなく、誰かに植え付けられたような――――


 そんな驚きに目を奪われていると、ミューさんは続いてマントを外した。


「―――――――――……!!」


 言葉を失うしかなかった。

 それは、あまりにも現実的でなく、そして初めて見る光景だったから。


 腕が、彼女の右腕が―――――杖なのだ。

 どう説明したらいいのだろう、いや、それ以上説明しようがない。

 彼女の腕は、二の腕の辺りまで普通の人間のそれだが、その腕を切り落としそこに杖を、魔法の杖を埋め込んだように、体と杖が一体化していた。


 彼女は、腕に杖が生えているのだ。

 衝撃で呆然としてしまった僕とイジッテちゃんに、彼女はもう一度告げた。


「ミューを、治す方法を、見つけて欲しいんです―――!」


 一粒の涙が落ちて、床を濡らした。

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