第二章
第46話 第二章の始まり
「ねぇイジッテちゃん、ちょっと聞いて良い?」
「何だよこんな時に!」
「いや、こんな時だからこそなんだけどさ……僕ら、なんで逃げてんの?」
走っている、それはもう全速力で走っている。
「追われてるからだよ!」
「なんで?」
「お前のせいでだよ!!」
心外だ。僕は何もしてないのに。
「よくもそんなことが言えるなお前は……」
息を切らして走りながらため息を吐くイジッテちゃん。器用ですね。
意地でもため息を吐いて遺憾の意をお前に伝えてやるぞ、という強い意志を感じる。
「いや、でもさぁ……」
「す、すいませんミューのせいで……」
二人の会話に割り込んでくるのは、フード付きのマントを被った少女。
名前はミューと言うらしいけど、さっき会ったばかりだから素性も良く知らないし、なんならフードも被ってるので顔もわからないし、マントで体を覆っているので体型もよく分からない。
そんな子と何故一緒に逃げているのかと言われると、まあなかなかに複雑な事情があるのだ。
「無いよ!!複雑な事情無い!!お前がバカなだけ!!」
そう、僕は走りながら、ここに至るまでの複雑な事情を思い返していた――――。
「いやだから!!複雑じゃねーから!!単純極まりない話だから!!」
「お金がないと、心まで貧しくなりますよね」
「働けよ」
テンジンザさん率いるジュラル軍から逃れるために、隣国の一つであるキャモルに逃げ込んだ僕らは、あっという間にお金が底をつきかけていた。
ここは、キャモルの国の中でも端の方にあるリスタの街。
国が国だけに治安は良くないが、田舎というほと田舎でもなく、都会というほど都会でもない。まあ特に特徴もない、なんてことない街だ。
物価もキャモルの中では安定しているので、案内人への謝礼を支払ってもまだ数日は宿に泊まれる程度のお金は残ったが、それもほぼ残っていない。なぜなら数日宿でダラダラ過ごしていたからだ。
「いやだから働けって」
さっきから物凄く正論をぶつけてくるイジッテちゃんに、僕は正面から向き合いハッキリと言ってやった。
「僕はね……働かなくても豪華な暮らしが出来ていたあの日々がもう忘れられないんですよ……!」
「忘れろよ」
イジッテちゃんと引き換えに手に入れた大金で泊まった宿の豪華な部屋!!
王都に行ってからテンジンザさんの金で泊まったあの最高級の宿!!!
何でも好きなものが買えた麻袋いっぱいの金貨!!
「―――――愛おしい…!」
「……お前、私を目の前によくそんなこと言えるな……」
「え?ああ、そうですね。いや、そうですか?もしかして、イジッテちゃん責任感じたりしてるんですか?」
「いやそりゃ……多少はな。私を助けるためにお金使わなきゃ今頃良い暮らし出来てたわけだし……」
……あー…そういう発想になるのか。
「いやいやいや、そもそもイジッテちゃんが居なかったら手に入らなかったお金ですし、それをイジッテちゃんを助けるために使うって決めたのは僕なので、何を責任感じる必要があるんですか?」
「だってお前がお金を惜しむから……」
「そりゃ惜しみますよ。大金ですもん!!僕が普通に働いたって一生稼げない額ですもん!!
――――けど、それと引き換えにしても、イジッテちゃんと一緒に居たいって、そう思ったんですよ。だから、堂々としててください。僕にとってイジッテちゃんは、それだけの価値がある……いや、それだけ一緒に居たいと思わせてくれる存在なんですよ」
「―――…そ、そうか、おう、そうか。なるほどな。おうおう、そうかそうか」
顔が凄い勢いで真っ赤になっていくイジッテちゃん。
「もしかして、照れてます?」
「うるせぇバーカ!!照れるわけないだろ!!私がお前に照れる事なんて、私が口からビームを発射するくらいあり得ないことだぞ!」
「……意外とあり得そうですけどね……?」
「お前は!!私の事!!なんだと思ってんだ!!!」
ガインガインと叩かれるが、別に痛くない。可愛いもんです。
「むきーーー!!」
「ちょっとー、何イチャイチャしてんのよ」
僕らのやりとりがうるさかったのか、部屋の隅で矛になって休んでいたはずのパイクさんがいつの間にか人間体になってツッコミを入れて来た。
「イチャイチャなどしていない!」
「いやぁ、それほどでもないですけど」
「否定しろよ!!イチャイチャを否定しろよ!!」
ちょっと泣きそうなくらい照れているのはとても可愛いが、そろそろ本気でキレそうなのでこの辺にしておこう。
「で、何の話してたの?」
「え?ああ、その、そろそろ結婚かな、って言う話を」
「してないだろ!!しーーてーーなーーいーーだーーろーー!!!」
おかしいな、この辺にしておこう、と思ったはずなのに何を口走っているんだ僕は。
頭を何回かガインガイン叩かれてさすがにちょっと眩暈がしたので本当にこの辺にしておこう。
「いや、その、お金が無いって話でして」
「もう無いの?この宿そんなに高かったっけ?」
「全然そんなことないんですけどね……」
この宿は、リスタの中でもランクとしては……中の下……くらいかな?
もっと安い宿もあるのだけど、そもそも治安の悪いこの国では安全は金を出してでも買うべきなのだ。
鍵もかからない安宿なんて、ほぼ強盗とグルという話もある。
観光客……はほとんど居ないが、この国の事を良く知らずに迷い込んだ旅人なんかはほぼ確実に安い宿で被害にあうと言っても過言ではない。
という話を、この国出身の人間に聞いたことがある。なにせその人は泥棒で、実際にこの街の宿で盗みを成功させまくっていたというのだから、説得力しかない。
僕が過去にあの犯罪組織に所属していたというのは本当に忘れたいような記憶なのだけど、世界各地の犯罪者ネットワークから集まってきていた情報は今でも役に立っているから忘れるのもそれはそれで損というものだ。
まあともかくそんなわけで、これ以上宿のランクを下げるわけにはいかない。
「……ってことはつまり、働くしかないってことなんですよねぇ……」
「いやだから働けって」
「そうなのね……働くしか無いのね……はぁ……あの日々が懐かしいわ……」
僕に追従するように深いため息を吐くパイクさん。
「お前もか、お前も金持ちの暮らしに慣れてしまったのか」
「一度いい暮らしをすると、もう生活レベルを下げられないって話……あれ本当だったのね……長年生きてきて初めて知ったわ……」
伝説の矛であるパイクさんの言う「長年」は、本当に長年なんだろうなぁ……何十年ところか、場合によっては何百年…?
「アンタ、なんか失礼なこと考えてない?」
「なんのことですか?」
これはすっとぼけるに限る。
「ともかく、まあ散々スルーしてきましたけど、お金が無いなら働くしか無いですね……」
「だから、私はずっとそう言ってたが?なぜスルーしてた?」
「けど、働くとは言っても、普通に冒険者ライセンスで依頼を受けると、居場所がバレるんですよね……」
冒険者協会は全国で通信網が繋がっているので、指名手配でもされてようものならすぐに居場所がバレてしまう。
まあ、このキャモル国はジュラルと犯罪者の引き渡し協定とか結んでないから、こっちで逮捕されて強制送還なんてことにはならないだろうけど、テンジンザさんが追いかけてくる可能性は否定できない。
そうなるとお金を稼ぐ方法としては……
「アレしかないですかねぇ……」
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