第45話(第一章最終話)
「アンネさん、アンネさん、いますか?」
キテンの街のアイテムショップのドアを叩きながら、僕は呼びかける
「……その呼び方、コルス君ですね?なんですかこんな夜中に……」
日付が変わってさほど時間も経っていないこんな夜中に、閉まっている店のドアを叩くのはなかなかに非常識だ。
もちろんこの店は年中無休では無く夜は普通に閉店するが、アンネさんは建物の二階に住んでいるので、呼びかけると出てくれることもある。
薬なども売っているので、いざと言う時は街の人達が頼ってくるのだ。
「いやちょっと、コルス君びしょびしょじゃないですか!?どうしたんですかそんなに濡れて!?」
城から脱出してすぐに、帰還の羽の二段階上の上位アイテムであり、今まで行ったことのある街ならどこにでも行ける飛翔の翼(とてもお高い)でここに戻ってきたのだから、濡れてるのは仕方ない。
「まあその、いろいろありまして。そんなことより、あまり時間がないんです」
「時間?なんです?何かあったんですか?」
心配してくれるのが伝わってくる。でも、ここへ寄ることも本当は迷ったけど、最低限やっておかねばならないことがあるのだ。
「えっと、まあまずは、こちらをご覧ください…!」
そう言いながら合図を送ると、物陰に隠れていたイジッテちゃんが姿を現した。
「―――っ!まあまあまあ!!かわいいいいぃぃっっっっ!!!!」
この店で作った、新しい衣装に身を包んで。
「そ、そうか?我ながら、ちょっと可愛くし過ぎたかと思ったんだけど……に、似合うか?」
恥ずかしそうに赤面しながらもどこか嬉しそうなイジッテちゃんは、それはもう抜群に可愛かった。
薄汚れた白いワンピースでさえ可愛かったのだ。衣装まで可愛かったらそれはもう可愛いに決まっているし可愛いというしか無いし、可愛いの極みだと言ってもいい。
ガイン。殴られた。
「そういうのは本当に声に出さなくていいから!いいから!!」
「いや、これはむしろ出すべきだと思ってあえて声に出したんだけど」
「出すなよ恥ずかしい!!照れるだろ!!」
ガインガインと両手をぐるぐるさせて殴ってくるが、全然痛くないしむしろ可愛さが増すだけだ。可愛い。
「だから!声に!!出すな!!」
もうイジッテちゃんの顔は赤を飛び越えて、太陽みたいに顔自体が発光してるんじゃないかという感じになっているが、それがまた可愛い。
「ぐぬぬぬぬぬ」
「でもでもでも、本当に可愛いわ!!良かった、あなたがそれを着てる姿が、お姉さんとても楽しみだったの!」
アンネさんも感激の声を上げている。そうだろうそうだろう、何故だか僕が自慢げだ。まあお金払ったの僕だしな!!そのくらいの権利はあろう!!
「あー、可愛い。ほんとかわいいー……けど、どうしてこんな時間にわざわざ?朝になってからじゃダメだったの?」
ごもっともな疑問です。
「はい、実はですねその……ちょっと旅に出ることになりまして」
「そうなの?……長い旅になるの?」
何かを察したようで、不意に寂しそうな目をするアンネさん。
まあ、夜中にびしょびしょで訪ねてきて旅に出ると来たら、何かしらの事情が無ければおかしいもんな。
「ええ、当分はこの国に帰ってこられないかもしれないです」
「そうなの……まあ、冒険者相手にこういう商売してるとね。出会いと別れの繰り返しだからね。そういうこともあるか……寂しいけどね」
過去にいろいろとあったのだろう、それらの思い出が脳内をよぎったのか、少し遠い目をするアンネさん。
「そうなんですよ、僕らも話し合ったんですけど、寂しいなーって話になりまして」
「そうなの?そう言ってくれるの、お姉さん嬉しいなぁ」
「なので、ここにマーキングポイント置かせてもらえません?」
「え?」
マーキングポイントとは、帰還の羽と飛翔の翼の中間のアイテム、定置の羽に必要なものだ。
帰還の羽は直前に立ち寄った街へ戻るアイテム。
飛翔の翼は今まで立ち寄った街ならどこへでも行けるアイテム。
その中間の定置の羽は、ポイントに定めた場所へのみ移動できる、というアイテムだ。ダンジョンの前などにも設置できるので、何度も潜る時には便利ではあるけれど、一枚につき決まった1か所にしか行けないのでその意味では帰還の羽と変わらないのだけど、一応ポイントが指定出来るので、帰還の羽よりはちょっとだけお高い。
「待って、ここをポイントにするってことは、旅に出ててもここで買いものしてくれるってこと?」
「いや、買い物は基本的に近くの街でしますよ」
「それはそうよね……じゃあなんで?」
「なんでって……アンネさんに会いたいからじゃダメなんですか?」
「そうだぞ、それ以外に特に理由は無いぞ」
僕らのその言葉を聞いて―――――アンネさんが、なぜかボロボロ泣き始めた。
「えっえっえ」
「な、なに?どした?」
「ご、ごめんなさい嬉しくて……お姉さん、そんな風にあなたたちに好かれてるなんて知らなかったから……!」
「いやいや、そんな感動してくれるとこっちも嬉しいんですけど……ただその、一つだけ言っておかないとならないことがありまして」
「なぁに?お姉さんなんでも聞いちゃうぞ!」
「実は僕ら、軍に追われることになりまして」
「……ん?」
アンネさんが笑顔のままちょっとフリーズした。
「だから、ここにポイントを置く事で、もしかしたらアンネさんに迷惑がかかるかもしれないんですけど……大丈夫ですかね?」
「……ん?軍って、なぁに?」
「軍って言うのは、この国の軍隊ですね。ジュラル軍です」
「……英雄テンジンザ様率いる、ジュラル軍?」
「はい、まさにそのテンジンザさんが、僕らを追ってくると思います」
あ、止まった。アンネさんが完全に止まった。
「アンネさん?アンネさーん。……よし、ここは脱衣ボンバーで」
「いや、「よし」じゃないわ。なんでもかんでも脱衣でどうにかなると思うなよ」
「じゃあ半裸くらいで、えいっ、えいえいっ」
何度か上着をまくって上半身を見せつけてみる。
「やめてください汚らわしい!」
ビンタされました。
「はっ、お姉さんどうしちゃってたの?」
……無意識にビンタするほど、僕の裸に嫌悪感が……?
「いいか、覚えておけ。家族や恋人でもない男の裸には基本嫌悪感を抱くものだと」
「そんなバカな!」
「びっくりすることじゃねぇんだわ!!」
そんなツッコミを受けている僕の顔を、アンネさんの両手が包み込んだ。
「コルス君……何かしでかすとは思ってたけど、思い続けてたけど、何もしでかさないハズが無い存在だとは思ってたけど、まさか軍に追われるほどの大罪を……!」
相変わらず僕の評価が低いなアンネさんの中で。
けどまあ、さすがにこの誤解は解いておきたい。
「確かにまあ、罪は犯しました。けど、イジッテちゃんと一緒にいるためにはそうするしかなかったんです。信じて欲しいとしか言えませんけど、誰かを傷つけたりとか、そういう罪は犯してないつもりです」
テンジンザさんと、城の警備兵たちの誇りはちょっと傷つけたかもしれないけど、それはまあ許してほしいところだ。
「それは本当にそうだと思う。こいつはまあ、一言でいうと、勇者になりたい小悪党なんだよ。変な事言ってるかもしれないけど、そんなコイツだから私は今ここに居られると思うし、これからも一緒に居た……居てもいいかな、と思ってるんだ」
……素直に一緒に居たいって言ってくれてもいいんだよ?と思いつつも、ここはさすがにこらえた。
少しだけ悩む仕草を見せるアンネさんだけど、すぐに笑顔になった。
「わかったわ、あなたたちを信じる。……けど、ポイント置くならこっそりね?店に来るときもこっそりね?お姉さん、軍に逆らえるほどの度胸ないんだからね。小市民なんだからね」
「―――ありがとうござまいす!じゃあ、これも」
僕は、アイテムを一つ手渡す。
「あらこれは―――トントン石ね」
トントン石は二つセットのアイテムで、魔力を込めつつ片方の石を叩くと、その叩いた音だけがもう片方の石に伝わる、という簡易的な通信手段だ。
石の叩く回数やリズムで情報を伝える事も出来るのだが、何回叩けばどういう意味になるのか、等を覚えるのが大変なので、ほとんどの人は本当に簡単な合図だけの為に使っている。
「店に来たい時にはこれをいて合図するので、来ても良いタイミングだったら返事を返してください。そうですね……3回くらい叩いて貰えたら。無理な時は無視してくれて良いです。もしかしたら軍の兵士が店に来てるかもしれないので、そんな時に一回でも叩いたらどっかに何かしらの合図を送ったと思われそうですし」
「……わかったわ。本当に何か大変なことに巻き込まれてるのね」
「巻き込まれてると言うか……自分から巻き込まれに行くしかなかったんですよね」
「―――それは、この子の為に?」
「はい」
何の迷いもなく、肯定出来る。
僕は、イジッテちゃんの為にこの道を選んだ。
「――――あ、でも、ちょっとだけ違うかもです」
「どういうこと?」
僕は、イジッテちゃん頭にぽんっと手をのせる。
「僕が、彼女と一緒に居たかったから、の方が正確かもしれませんね」
「……やめろ恥ずかしい…」
イジッテちゃんはいつものように強く僕を叩かず、恥ずかしそうに手を振り払った。
その様子を見て、アンネさんはニコっと笑い、
「あなたたち、良いコンビね」
と言ってきたので、
「はい!」
「どこが」
とそれぞれ答えた。本当に照れ屋ですねぇイジッテちゃんは!
ガイン。殴られた。また声に出てたか。
「ふふっ、なんだか、あなたたちならどんなに大変な状況になっても乗り越えられそうね。……いってらっしゃい。そして、いつでも帰ってきてね」
アンネさんがイジッテちゃんを強く抱きしめると、イジッテちゃんもそれに応えてアンネさんを抱きしめた。
次は僕の番かな?と腕を広げて待っていたけど、アンネさんは完全にスルーしてもうお別れするつもり満々の空気を出してきたので、虚しくそっと広げた手を下した。
「じゃあ、いってきます!」
「いってきます」
「はい、いってらっしゃい!」
僕らは馬車に揺られていた。
まずはひたすらに、王都とは逆方向に。
「で、目的地はあるのか?」
アンネさんとの別れの時は気を使ってこっそり隠れてくれていたパイクさんが訪ねてくる。
「ええ、まずはキャモルへ行こうかと」
「うへぇ、本気なの?……あの無法地帯に?」
パイクさんが嫌な顔をするのも無理はない。キャモルはジュラルとの国交をほぼ断絶しているので、追手が来る可能性はだいぶ低く、そういう意味では安全なのだけど、そもそも治安が最悪な国だ。
独裁者の国王が自分の周りだけを豪華絢爛安心安全に固めた結果、キュモル王都と、他国との国境の街以外の場所にはまともな兵も派遣されず、自警団も壊滅状態。
ありとあらゆる犯罪が見て見ぬふりをされている犯罪国家だ。
「ほっほっほ、いいではないか。あの国は犯罪も多いが、同時に自由も多い。ほぼ無一文になったワシらが一からやり直すには向いてるかもしれんぞ?」
そう、セッタ君の言う通り、僕らはほぼ無一文だ。
宿にはまだ麻袋半分くらいの金貨が残っていたはずだけど、さすがに取りに行くことはできず、小さい袋に分けてあった十数枚の金貨だけが今の僕らの全財産だ。
「そうですねぇ、このお金も、キャモルへの案内人に報酬支払ったら半分以下になりますし……本当に1からやり直しです」
当全正規のルートでは入れないので、ほぼ密入国だが、まああの国なら入ってしまえば問題ではない。
「ま、なんとかなるだろ。私たちなら」
イジッテちゃんが本当に何気なく言ったその言葉に、僕とパイクさんが反応する。
「お?」
「お?」
「な、なんだよ…!?」
「ん?」
「ん~?」
「だから!なんだよ!」
「私たち?」
「私たちって、誰と、誰のこと?」
ニヤニヤしながら詰め寄る僕ら。
「だ、誰って、誰とかじゃなくて、私たちは私たちだよ!この四人だよ!」
「えー、僕たち二人のコンビは最高ってことじゃないんですか?」
「へぇ~、アタシの事も認めてるんだぁ。アタシの事も頼りにしてるんだぁ?」
僕とパイクさんが別の方向から攻めてくるので、どっちにしても逃げ場がなくなるイジッテちゃん。
僕とのコンビってことにしたら僕がニヤニヤするし、4人のチームってことにしたらパイクさんにニヤニヤされる。
前門のニヤニヤ後門のニヤニヤ。
「あーもう、うるさい!私は寝る!しばらく起こすなよ!!」
顔を真っ赤にしたまま馬車の椅子の上に横になるイジッテちゃん。
まったく照れちゃって……と思ったが、ほんの少し時間が経つと、すぐに寝息が聞こえて来た。
「……本当に寝ちゃった……」
パイクさんは首をすくめて、セッタ君は微笑ましく見つめている。
そうか、城に閉じ込められていた間、安心して眠れなかったのかもしれないな……今もし、僕らと一緒にいる事が、イジッテちゃんに穏やかな睡眠をプレゼントする事が出来たのだとしたら、それだけで僕らのやったことには意味があったのだろう。
これからどうなるかわからないけど、でも……そうだね、きっと大丈夫さ。
僕たちなら!
「……ちょっと、ちょっと!?なんかいい感じの雰囲気出しながら、なんで手の中に爆発魔法の結晶作ってるの?」
パイクさんが目ざとく気付いた。
「いやほら、お祝いに、と思って」
「やめて」
「やめません」
「……ちょっとイージス起きなさい、起きて!この子アンタのパートナーでしょ!!今すぐ起きてどうにかしなさい!!」
イジッテちゃんの体を揺さぶるパイクさんだが、よほど熟睡してるのかイジッテちゃんは目覚めない。
「さーて、じゃあ行きますか。イジッテちゃん救出成功と、これからの僕らの未来に―――」
「ねぇーーー!!起きてイージスーーー!!」
「脱衣、ボンバーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
僕の服の破片が、馬車の中に飛び散った。
それはまるで、僕らを祝福する紙吹雪のようだった―――――。
「うっさいのよ!!いい感じに〆ようとするんじゃないわよ!!」
てへっ♪
第一章・完
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