第44話

「一つだけ、質問してもいいかな?少年」

「………なんでしょう、テンジンザさん」

「なぜ、全裸なのだ……?」

「あ、もうそのくだり終わったんでいいです」

「いや、儂は初見なので驚いているのだが!?」

「あーもう、だから、前も言いましたよね?僕は、露出が趣味だって」

「確かに言っておったが……信じたくないものだな」

「自分の目で見たものを信じられなくなったら終わりですよ、テンジンザさん。自分を信じて!」

「お前はちょっと黙れ!!」

 イジッテちゃんのツッコミが炸裂する頃には、もうテンジンザさんの後ろに多くの王国兵が駆けつけてすっかり囲まれていた。

 まあ、正直兵士が何人来ようとさほど問題ではない。だって、テンジンザさん一人が来ただけで、普通に考えたらもう逃げる事は出来ないのだから。

「怒られちゃいました。……ところでテンジンザさん、どうしてここへ?」

「ふん、何。嫌な予感がした、と言っておこう。儂くらいの英雄になると、自分の予感という物を無視出来ぬものなのだ。ほんの僅かな違和感が命を分ける、そんな戦場で培ったこの予感をな」

 嫌だなぁ、理屈の通じない相手ってのは。

 この人は、本能が恐ろしく強く、そしてそれが圧倒的に有能なのだ。

「王様の誕生日を祝う儀式はどうしたんですか?」

「ん?少し抜けて来た。そもそもアレは王族のための儀式でな。儂は部外者だ。毎年出席させていただいてはいるが、義務という訳ではない」

 義務じゃないとはいえ、王様の居られる儀式を抜け出しますかね普通……これだから英雄ってやつは!!怒る人が居ないから!

「しかし、イージスを取り返すためにわざわざ投獄されるとはな。恐れ入ったわ。どうやって牢を抜け出した?」

 その口ぶりからすると、あの兵士さんが裏切ったのはまだ知られてないらしい。良かった、もうそろそろ国外に逃げてる頃だろう。良い人生を送っておくれよ。

「それは秘密ということで。怒ってます?お金を受け取っておきながら、盗みに入るなんて」

「いや?あの金はこちらから一方的に渡すと言ったものだからな。それをどう使おうと少年の自由であるし、金を受け取ったらもう二度とイージスに関わるな、という念書も書かせてなかった。そういう意味ではこちらの不手際だのぅ。なにより、あの程度の金で人間の行動を縛ろうなど、そんな小さなことは言わぬよ!うははは!」 

 あの程度の金……ね、その半分以下で一人の兵士が国を裏切るくらいの金額なんですけど……それでもテンジンザさんからしたら、ポケットマネーの一部に過ぎないのだろう。これだから英雄は!

「これだから英雄は!」

「おおう、どうした急に少年。少年?」

 めちゃめちゃ声に出た。ふふん、英雄様をびっくりさせてやったぜ!

 何の話だ。

「まあいい、ともかくもう逃げられんぞ。おとなしくイージスを返し、牢屋に戻るといい。寛大な処置を願い出てやるぞ?」

「どの程度の寛大さでしょうか?」

「そうさなぁ……最悪死罪になるところを、無期限の島流しで済ませてやろう。なぁに、島での暮らしも慣れればわりと楽しいらしいぞ?」

「冗談でしょう?地獄の監獄島ですよね?」

 あまりにも過酷な環境での強制労働を強いられ、平均生存年数は5年っていう、いわば遠回しな死刑みたいなものだ。

「今すぐに手渡せば自首扱いにしてやろう。終身刑で済むかもしれんな」

「ハッキリ言いますけど、そんな駆け引きは無意味ですよ。僕はここから逃げるので」

 その言葉で、テンジンザさんの顔色が変わった。

 先ほどまでは余裕の笑顔が見えていたが、険しさに覆われ、射貫くような視線で僕を睨みつける。

「ここから逃げる?そんなことが可能だと?見よ、儂が居る、多くの有能な兵が居る、後ろは高い壁、どこからどう逃げるというのだ?」

 そう、本来ならその条件は一つだけでも計画が失敗に終わりかねない。

 けれど、今の僕らは計画がある。準備がある、そして、予算があった。

 だからこそ出来る逃げ方が、存在するのだ。

「テンジンザさん、不思議に思いませんでしたか?」

「―――何をだ?」

「こんな追い詰められた状況なのに、こいつなんか凄いベラベラと喋るなーって、思いませんでした?」

「……貴様、何を企んでいる……」

 テンジンザさんに警戒が生まれていくのが見える。

 そうだ、もっとだ、もっと警戒しろ。

 それでこそ、生まれるんだ。僕らに有利な時間が。

「僕が、、その考えには至りませんでしたか?」

「……!兵たちよ、構えろ!今すぐに少年をとらえるのだ!」

 兵たちが、突撃する為の陣形を整え始める

 けれど、もう遅い―――――その瞬間、かすかな音が響いた。

 魔法砂時計が、設定されていた「もう一つの時間」を告げたのだ。

 そして僕は、両手を大きく広げて、人生で一番の大声を張り上げた。


「さあ!!!!爆弾の雨が降るぞ!!!!」


 その言葉に兵士たちは周囲を、見まわして―――――


 大きな、全身を震わせ地面まで振動が伝わるような大きな爆発音が周囲に、上空に響き渡った。


「バカな!?本当に爆弾を!?」

 テンジンザさんや兵士たちが驚いて上空を見上げると、そこには――――大輪の花火が連なっていた。

 月明りしかない真っ暗な夜空を明るく染め上げる花火。

 一発や二発ではない、それはまるで祭りのクライマックスで夜空に大きな花を咲かせるような、連弾の花火だ。

「なんだこれは―――」

 それは本当にわずかな時間だった。

 僕が爆弾という言葉を口にしたことにより、研ぎ澄まされた神経が否が応でも花火の音に反応し、音のした方を向いてしまうのだ。

 だから僕は、その瞬間に視線の先に、上空に向けて投げるだけ。

 この、光魔法「アンドン」を思いっきり凝縮して、目をくらませるほどの強い光を放つ、光魔法の結晶を……!

「ぐああああ!!!」

 上空で光る花火のそのはるか下、人々の頭上で発光したそれは、多くの兵士の視界を奪った。

「今だ!逃げますよ!!」

 事前にその計画を告げてあったパイクさんとセッタ君は、花火と同時にセッタ君がパイクさんに背負われていたので、パイクさんの足に風の魔法をかけて、素早くロープを駆け上ってもらう。

 そして僕もイジッテちゃんを持って―――

「うぎゃあああーー目が、目がぁぁぁーー!!」

 ……イジッテちゃんには計画伝えてなかった!!!めっちゃ目を抑えてのたうち回ってるーーー!!

「ああもう、いいから行きますよ!!」

 説明してる時間もないので、イジッテちゃんのワンピースのスカートの下から無理やり手を突っ込んで、背中の取っ手を握る。

「ひやぁぁああん!!く、くすぐった、眩し!恥ずかしい!目が!いやぁぁん!!」

「悶えるなら目か背中か恥ずかしさか、どれか一つにしてくださいよ!」

「無茶いうなひゃあああッッ!!」

 ええい、時間が無いから無理やりそのままロープを登る!

「くっ……待て!!」

 いち早く視界を取り戻したテンジンザさんが、兵士の持っていた槍を奪い投げて来た!!

 なんちゅうスピードとコントロール!当たる……!

「くっ!」

 ガイン!という音を立てて槍が弾かれる。

 イジッテちゃんが足を延ばして槍を止めてくれたのだ。

「イジッテちゃん!」

「ああもう、目痛っ!早く登れバカ!説明しとけバカ!」

「なんですかバカって!バカって言う方がバカなんですよ!」

「なんで私に計画説明しとかないんだよ!」

「忘れてました!バカだから!」

「やっぱバカなんじゃねーか!」

 そんなやり取りをしつつも、急いで登る。

「逃がさんぞ!!」

 テンジンザさんから第二の槍が飛んでくる。

 しかし、それら僕らを狙ったのではなく、僕らの上、ロープだ、ロープを狙われた!

「くっ」

 慌てて壁を蹴り、ロープを大きく揺らす。

 なんとか槍はロープから外れて、壁に当たって下に落ちた。

 危ない、避けなかったら確実にロープを切断されてた。だから、コントロール良すぎなんですよ!!

 そして、第三の槍も構えてるのが見える……ああもう、早く来い!次の、次の手が早く―――!!

「一体、何の騒ぎなのだ!?」

 ―――来た!!!

 王の生誕を祝う神聖な儀式のさなかに鳴り響いた花火の轟音はいまだ鳴りやまず、異変を察した貴族や王族が様子を見に中庭に出てきたのだ。

 それを待ってたんですよ!!

 麻袋2袋分の金貨を使って豪華で贅沢な花火を、王様の誕生日を祝うために日付が変わった瞬間に城の近くで上げてください、と依頼したかいがあったというもの!!高いな花火って!!!

「っ!いけない、城の中へ戻ってください!」

 テンジンザさんが王族たちにそう注意喚起するも、もう遅い!

 先ほど庭に埋めていたアレを起動!!

 庭のあちこちから、破裂音が響くと同時に派手に土を巻き上げる!

 仕掛けておいたのは、お馴染み爆発魔法の結晶。

 遠隔で起動できる魔法アイテムと共に埋めていたものを、一斉に起動したのだ。

 正直、殺傷力はほぼ無い。

 けれど―――

「テ、テンジンザ殿!!何が起こっているのだ!」

「英雄殿!われらを守ってください!」

 王族や貴族の近くで爆発が起こった、それを無視出来ますか英雄様!?

「くっ……くそ!!」

 テンジンザさんは苦虫をかみつぶすような顔で、王族たちの方へと駆けつける。

「無事ですか!?さあ、急いで城の中へ!」

 城の中へと誘導してるその隙に、僕は見事に壁を―――――登り切った!

 先に壁の上で待っていたパイクさんたちと合流する。

 中庭を振り返るとまだパニック状態だ。

 さっきの爆発で、こっちの計画は最後だった。

 なので、テンジンザさんが王族や貴族を無視してこっちに向かってきたらその時点でもう打つ手はなかっただろう。

 けれど、テンジンザさんは、最後まで僕という人間を計りかねていた。

 目的を達成するためなら、平気で人の命を、王族や貴族の命まで奪う、そういう非情な人間である可能性を捨てられなかった。

 彼らに対する二の矢が存在する可能性を捨てきれない以上、守るしかないのだ。

 国宝の盾を取り戻すためとはいえ、それと引き換えに王族や貴族の命が失われたら、テンジンザさんに対する大きな非難は免れなかっただろう。

 彼は、英雄であり、英雄であり続ける宿命を背負った男。

 英雄の座を捨ててまでたった一つの盾を選ばない。

 信じたのだ。テンジンザさんの、英雄としての矜持を。

 テンジンザさんは僕の事を知らない、けれど僕はテンジンザさんを知っている。

 かけだしの無名勇者と、国の英雄。

 その違いが、僕の勝因だ。

「―――――覚えていろ!!!必ず取り返す!!必ずだ!!」

 テンジンザさんの叫びが聞こえる。

 屈辱と悔しさと怒りの入り混じった声が。

 けれど、僕は笑いながらそれにこたえる。


「ごめんなさい、すぐ忘れると思います!僕、バカなんで!!」


 それだけ言い残して、壁の上から堀に溜まった水へ飛び込み、リュックの中に仕込んでいた水中イキデキールを装着。

 この堀に水を流している水源と繋がる横穴の場所はもう調べてある。

 そこを塞いでいる鉄格子をまたまた爆発魔法の結晶(これは自分の魔法じゃなくて、売ってた強力なヤツ)でこじ開けて、そこからまんまと郊外の河へと脱出することに成功したのだった。


 水にぬれ、息を切らした僕は、陸に上がり座り込んでいるイジッテちゃんに手を伸ばす。


「おかえり、イジッテちゃん」

「―――おう、ただいま。バカ勇者様」

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