第43話
「で、お前はなんでまた全裸なんだ……?」
おもちゃでいっぱいの棚の一番上に腰かけて、イジッテちゃんは大きなため息を吐く。
「え?僕は全裸なんかじゃ……全裸だ!!」
そうだった、ベランダで全裸になって擬態クリームを塗ったんだ。
そして、そのあとに隠し扉を開けたりするのに戸惑ってるうちに、汗でクリームがだいぶ落ちていた、結果ほぼ全裸だ。
「でもほら!残念ながら大事な部分はまだ透明のままだよ!!」
「半透明なんだよなぁ!うっすら見えるのよ形が!あと残念じゃないから!不幸中の幸いだから!」
「半透明だけどうっすら見える事が幸いだと?」
「半透明でハッキリとは見えないことがだよ!!」
なんだか凄く懐かしいやり取りだ。
「やっぱり、僕のツッコミはイジッテちゃんが一番だよ!」
「ツッコミになった覚えはない…!」
「いやほんと、助かるわよ。アタシそういうの得意じゃないのに、他に誰もやる人が居なかったからさ……これで、アンタに任せられるわ」
「……お前にも迷惑かけたな……正直、そんな形で負担をかけることになるとは考えてなかったわ……ごめん」
「私に対しての初めての謝罪を使うくらいのことだと認識してもらえて嬉しいわ」
え?そんなに?そんなにもですか?
「って言うか、僕が言うのもなんですけど、無駄話してないで早く逃げましょう」
「本当にお前が言うな、っていう話だな……まあでも、それもそうか」
だが、高い位置から降りかけたイジッテちゃんの動きが、その途中で止まる。
「……どうしたの?早く―――」
「本当に良いのか?」
その表情は、先ほどまでとはまるで違う真剣さで、僕の瞳をまっすぐに見つめていた。
「もしここから上手く逃げ出せたとしても、テンジンザは必ず私を取り返そうとする。場合によっては賞金首として手配されるかもしれんぞ。そうなったら、ずっと逃げ続ける生活だ。私に関わったせいで、お前の人生は台無しだ。それでも……良いのか?」
イジッテちゃんが本当に僕の事を想ってくれているのがわかるし、何よりも自分の存在が他人の人生を狂わせることに対する恐怖がまだ強く残っているのだろう。
だから、僕は真っ直ぐ、こう答えた。
「あ、はい。大丈夫です」
「―――――軽い!!!!!!!!!」
高いところから降りてくる勢いを利用して、頭をガインと殴られた。
ちょっと痛い。でも懐かしい痛み。
「ちゃんと考えろよ!人生かかってんだぞ!!」
「凄い怒ってくるじゃん……大丈夫だって言ってるのに……」
「いやだってお前……」
「だから、大丈夫なんですよ。イジッテちゃんには言ってなかったかもしれないですけど、僕は元々孤児で親も知らないし、この国に正直思い入れもないので、この後は違う国に逃げるつもりでした」
「そう…なのか?」
「ええ、その為の手配もしっかりしてあるんです。そのくらいの覚悟がなきゃ、王城から盗みを働こうなんて考えませんよ」
そもそも、イジッテちゃんを連れ出さなくても脱獄した時点で相当な罪だ。
牢屋から罪人に逃げられたなんて、国の威信にかかわる失態をそのままにするはずが無い。そのうえで国宝級のイジッテちゃんを盗むのだから、そのあともこの国で平和に暮らせるなんて、そこまで世間知らずじゃないつもりだ。
「お前らも、それでいいのか?」
イジッテちゃんは、矛盾コンビにも問いかける。
「そうねぇ、今更ガイザに戻りたいとも思わないし、この機会にいろんな国を旅するのも面白いかも、とは思ってるわよ?」
「ワシは武具、所有者の行く道を遮る敵を止める事はあっても、所有者の歩みを止めることなどせんわい」
「……と、いうことです。ちゃんとみんな、自分で納得したうえでここにきてるんですよ」
驚いたような顔……が、一瞬くしゃっと崩れたかと思ったら、次の瞬間には高笑いを始めるイジッテちゃん。
「そ、そうか、ふん、なるほどな。そこまでして私と一緒に居たいと、そういう訳だな!?そうかそうか、ふはははは。そうかそうか!」
「いやまあ、そう言われたらそうなんですけど……そんなに勝ち誇った笑いをされるとちょっとなんか悔しいですね…」
「まあまあ照れるな!お前の愛、よーくわかったぞ!あっはっは」
「そういうアンタも、顔真っ赤よ?相当嬉しいのねー」
パイクさんの一言で、イジッテちゃんのニヤニヤ顔が一瞬引きつる。
「はぁ?誰が喜んでるって?」
「喜んでないの?」
「よろ、よろこんで……ない!……わけでもない、けど!ない!」
「どっちよ……素直じゃないわねー、ほんと」
二人は喧嘩しているようで、なんだかとても楽しそうだ。
なんだかんだ言ってお互い認め合ってるし、お互い意外と好きなんだと思う。まあ、どっちも絶対に認めないだろうけど。
「積もる話があるのは分かるが、そろそろここを出るぞい」
セッタ君が冷静に話を遮る。さすが頼りになる。伊達にお年寄りっぽい訳じゃなくベテランの冷静さを持っている。
僕は魔法砂時計を確認する。ああ本当だ。もうすぐだ。
計画の時間まではまだ少しあるが、途中で見つからない限りは早く出られるに越したことはない。
「じゃあ、行きますか。僕らの逃避行の始まりです」
そうして伸ばした僕の手を、イジッテちゃんの小さくて硬い手が掴む。
「ふん、しょーがないから守ってやるよ。私が、お前をな!」
入る時と同じ形で、ベランダから中庭に降りる。
隠し通路から外へ出られたら楽なんだけど、隠し通路から城の外へ向かう出口はいくつかあるが、全てが別の王族の敷地に繋がっていて、そっちの警備がどうなっているのかわからないからリスクが高すぎる。
まあ、城からの脱出路としては抜けた先が街中よりもどこか守りやすい敷地の方が良いだろうから理にはかなっているのだけど。隠し通路の存在を知らない敵は、城から離れた関係ない敷地までは襲わないだろうし、隠し通路の存在を知られていたらそもそも逃げられないように通路を抑えられるだろうし、外までつながっているとそれこそそこから王城に侵入されてしまう。
なので、隠し通路から城の外へ出るのは、侵入者の僕らにはだいぶ厳しい。
何とか中庭を抜けて、壁を超えるしかないのだ。
一応、警備計画は頭に入ってるので、その通りなら抜けられるはず……なのだけど。
「おい、何してんださっきから?」
イジッテちゃんは、中庭を隠れて移動しながらも下を向いて作業をしている僕に問いかけてくる。
「これですか?いざと言う時の保険です」
草木の影を少しずつ移動するごとに、地面にアイテムを軽く押し付けて埋めていく。土が柔らかいから少し押し込むだけで固定される。助かる。
息を殺し、闇に紛れ、少しずつ、少しずつ進む。
汗の流れる音さえも聞こえてしまいそうで、心臓が弾け飛びそうだ。
……昔の自分よくこんなこと平気でやってたな……怖いもの知らずってのは強いな!
月の明かりがまるで自分を照らす舞台装置のようにさえ思える。
そんなに照らすんじゃないですよ目立つだろうに。雲で隠れてくれんかなぁ。
じりじりと風の音にさえ神経を研ぎ澄ます時間がどの程度続いただろうか。
気づけば、壁際までたどり着いていた。
「あとは、ここを登るだけです」
このまま何事も無ければいいけど……願いつつ、かぎ爪付きのロープを投げて壁の上に引っ掛ける。
よし、これで足に風の魔法をかければ、かなりのスピードで登ることが出来るはず。
「フウドウ」
足の周りに風をまとう。さあ、脱出だ――――
その瞬間、突然一つの明かりが周囲を照らした。
「!?!?」
明かりは2つ3つと増えて行き、闇夜に慣れた視界が眩しさに歪む。
そして――――
「残念だったな。あと少しで逃げられたというのに」
それは、今一番聞きたくない声。
眩しい光のその向こうに立っていたのは……
「テンジンザさん……!」
「悪いが少年、そいつは返してもらうぞ」
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