第42話

「魔法ミヤブールー!」

 カバンの中から取り出したのは、一見普通の眼鏡に見えるが、仕掛けられている魔法が見えるようになるアイテムだ。そこそこお高い。もちろん正式名称ではないが、アンネさんの店でその名前で売られているのを見ていたので、もうそっちで覚えてしまった。ダサい、それはもうダサい名前だが、そこはもう諦めている。

 このアイテムで、本棚と絵画を見てみる……ふむ、どちらにも特に魔法の反応は―――――いや違う、絵画の方に、ほんのわずかな魔法の反応。

 おそらくこれは、魔法を仕掛けた本人以外が触れると、仕掛けた人間にそれを知らせる通報系の魔法だと思う。

 警報を鳴らしたりするのはもうちょっと強い魔法が必要なので、この小ささは伝える相手を限定しているからこそ、この弱さで成立しているのだ。

 危なかった、前に同じものを見たことがあったからこそ気付けた小さな反応だ。

 あの時は、忍び込んだ家の住人が急に武器持って部屋に入ってきたから慌てて逃げたっけ……あらゆる意味で苦い思い出だ。

 さて、ここに仕掛けられてる通報系魔法の厄介な点は、魔法を解除した場合も「解除された」と言う信号が送られてしまうところにある。

 なのでこの場合にやるべきは、「偽装」だ。

 つまり、通報魔法に対して「魔法を仕掛けた本人である」と認識させれば、通報もテンジンザさんではなく、目の前の僕に届くことになる。

 その為のアイテムが、「なりすまし君スペシャル」だ。ちなみにこれは驚くべきことに、正式名称だ。

 ……アンネさんと似たようなセンスの会社がどうやらあるんだなぁ…。

 手袋型のアイテムになっていて、手首のところにある小さな箱に誰かの体の一部を入れると、あらゆる魔法にその人として認識されるようになる、というなかなかに危険なアイテムだ。

 それ故に一般には販売されていないが、基本理念としては、術者が死んだあとに解除できずに残ってしまう魔法を解除するときなどに使えるので、専用の業者には普通に納品されている。まあつまり、横流し品だ。

 当然お高い。しかし今の僕には……って、もういいかこのくだり。

 そして、こんなこともあろうかと!お金を受け取りに来た時に、こっそりゲットしておいたテンジンザさんの髪の毛!抱き着いた時にちろっとね。

 それを二つに切り、両手首にセット。

 さて、これで大丈夫なはず……注意深く絵画を外す。……うん、大丈夫、通報魔法は僕のところに来た。耳元で大きな鈴の音が鳴るようなイメージだ。

 絵画を外した壁には―――一見、なにも無い。けどこれもきっと、地下牢の通路にあったものと同じ仕組みだろう。作った人間の癖は出るものだ。

 念入りに壁を調べると―――――あった、普通では気付かないかすかな違和感。

 本当にアレだな、忌まわしい過去ではあるけど、あの頃に身に着けたスキルが役立っている。人生なんて何が役に立つかわからないものだ。

 別に自分の過去を正当化するわけじゃないし、今やってる事だって決して褒められたことじゃないことくらい承知している。

 でも、僕はイジッテちゃんをここから助け出したい。

 その為なら、どんな手段でも使ってやるさ。

 違和感のあった壁の一部を慎重にスライドさせると……よし、壁が開いてドアが出てきた。

 鍵は……かかってるけど、これは普通の鍵だ。開けるのは容易だ。

 鍵開け用の特殊なスティックでちょちょちょい……っと、よし開いた。

「パイクさん、セッタ君、お待たせしました。すいません時間かかってしまっ……て……」

 寝てるうぅぅぅぅぅ!!

 ソファとベッドでそれぞれ普通に寝てる!!

「ちょっ、ちょっと、起きてくださいよ二人とも!隠し部屋見つけましたよ!」

「へ?あ、ああー……ごめんごめん。寝心地よさそうなベッドねー……と思って横になったら、凄いのよこれ、めっちゃ包み込まれる心地よさ。さすが英雄様ね、シンプルに見えてもあの宿のベッドよりさらに高級品よこれ」

「このソファーも良いんじゃあ……柔らかすぎず硬すぎず、腰にやさしい…!ええのぅ、ええのぅ、一つ欲しいのう…!」

「――――ごめんなさい、僕ツッコミに慣れてなくて……ボケられるってこんな気持ちなんですね……」

「反省した?」

「ちょっとだけしました」

 ツッコミって大変なんだなぁ……。


 気を取り直して、隠し扉の前。

「開けますよ……」

「大丈夫なの?罠とか無いの?」

「少なくとも魔法の形跡は無いですね……物理的な罠はちょっと開けてみないと」

「なら、ワシが開けよう。仮にも伝説の盾のワシなら、罠があったとて受け止めてみせるわい」

 そうか、自分で開けるよりもそれが安全だな。セッタ君を盾として構えても全身をカバー出来るわけではないし、それならそもそも盾であるセッタ君に開けてもらうのが一番安全だ。

「じゃあ、お願いしても良いですか?」

「もちろんだとも、少年もわかってきたのぅ、武具の使い道というものがな」

 セッタ君はそうにやりと笑った。

 言われたもんな、武具は持ち主を生かす為にあるのだと。

 ここで躊躇することは、むしろ二人に対して、武具に対しての侮辱だと。

 だから、頼れる場面では遠慮なく頼らせてもらいますよ…!

「では、いくぞ……」

 セッタ君がドアに手をかける。

 僕とパイクさんが少し離れた場所で息を潜めて見守るなか――――ドアが、開かれた。

 …………―――――――。

「何も、無いようじゃな」

 ……予想外に、あっさり開いた。特になんか罠もない。

「なんだ……大量にトゲの付いた鉄球とかが吹っ飛んでくると思ってたのに…」

「それをワシに受けさせるつもりじゃったのか……?」

「うん、盾だし」

「そうじゃけども……そんなあっさりだと大切にされてない感じがしてちょっと切ないのぅ…!」

 どうしろと……。

「まあアレよね。普通はそもそも城の中に入るだけでも大変だし、この部屋にたどり着くのなんてほぼ無理だし、たどり着いても魔法を潜り抜けてこの隠し扉を見つけるのも簡単じゃない。そうなると、このドアの先にまで罠を仕掛ける必要性が無いのかもね」

 確かにそれはある。なにより、この部屋の簡素さを見るに、隠し部屋の方になにかしらの趣味の空間とかが存在する可能性もある。

 だとしたら、行き来するのにわざわざ罠を付けたり外したりする煩わしさもあるだろうから、そこまではしてないのかもしれない。

 ……だとすると、ここにイジッテちゃんが居る確立、ちょっと下がったかなぁ……。

 まあ、どちらにしても確認するのには変わらない。

 いざ、隠し部屋!


 中に入るとそこは……なんていうかその……おもちゃ箱みたいな部屋だった。

 部屋の四方に天井まで届く大きな棚が並んでいて、その全てにおもちゃが入っている。

 男の子向けの兵士の人形やおもちゃの武器、女の子向けのぬいぐるみや小さな家など、ありとあらゆるおもちゃが所狭しと並べられている。

「これ、テンジンザさんの趣味なんですかね?」

「まあ、そうなんじゃない?可愛い趣味ね」

「子供心を忘れないというか、今でもどこか子供のままなのじゃろう。だからこそ彼はあんなに真っ直ぐな英雄になれたのかもしれんのぅ」

 なるほど一理ある。

 どんな人間にも心癒されるものは必要だ。

 それがテンジンザさんにとってはこういうおもちゃなのだろう。

 世間体もあるから隠してるのだろうけど、別に隠さなくても良いのにな。僕なんて全裸が趣味なのにそれを隠そうともしていないのだし。


「いやそれは隠せよ!!」


 ――――っ!

 懐かしい……いや、ほんの数日開いただけだから、そんな風に感じるのはおかしいのかもしれないけれど、でも、そう感じてしまう程に、僕はその声を何度聞いただろう。


「………久しぶり、イジッテちゃん……会いたかったよ」

「……私は別に会いたくなかったが…まあでもその、また会えて嬉しいぞ、コルス」


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