第41話

 僕は移動しながら、牢の中で二人にした作戦の説明を思い出していた。


「まず、イジッテちゃんを迎えに行きます」

「どこに居るのかはわかっておるのか?」

「確実ではないですけど……おそらく」

「どこよ」

「たぶんですけど――――テンジンザさんの部屋ですね」

「はっ!?」「えっ!?」

 二人の驚きの声が重なるので、声を抑えて抑えて、とジェスチャーで伝える。

「なんで部屋に?」

「僕も最初は、武器庫とか宝物庫とかに入れてるかと思ったんですけど、それだと他の兵士たちが全く知らないってのは変な話だなぁと思って」

「まあそうよね。そういうところは他の兵士も出入りするだろうし……そんなところに見知らぬ幼女がいたら目立つわよね」

「そう、それなんですよ。イジッテちゃんは盾ではあるけど幼女でもあるわけです。武器庫や宝物庫に入れておいて、騒がれたり逃げられたりしてはたまらない。かと言って、普通の女の子として誰かに預けておくのも危険が大きい。となったら、自分の部屋に軟禁しておくのが一番確実だと思うんですよね」

「うーん、どうじゃろうなぁ。確かに可能性はあるが、信頼できる誰かに秘密を打ち明けて、世話をさせているという可能性も考えられるのではないか?」

「もちろんその可能性もあります。けど、今日に限ってはこの城の中にいる可能性が高いと思います」

「どうしてよ?」

「テンジンザさんが言っていたでしょう?イージスを手に入れたことは、しかるべきタイミングで発表するって。明日は王様の生誕祭ですよ?これ以上の「しかるべきタイミング」がありますか?」

「だが、あやつはイージスの姿は見せないと言っておったぞ」

「国民に向けては当然そうでしょうけど、王様や貴族にはちゃんと本物を見せるかもしれないじゃないですか。そういうとこ律儀そうだし」

「……なんか、曖昧な作戦ね」

「いや、作戦自体は曖昧じゃないですよ。ここを抜け出す方法も、イジッテちゃんを取り返してから逃げるまでの方法もしっかり練ってあります。けど、イジッテちゃんをどこに閉じ込めているのかだけは、どうしても情報が無かったんです」

「それでも、やるのね?」

「ええ、タイミングは今日しか無いので。なぜかと言うと―――」



 隠し通路の中を進むと、ざわついた声が聞こえてくる。

 きっと近くに、儀式の間があるんだ。

 この国の慣習として、王様の生誕記念日には日付が変わる瞬間に皆で祈りをささげる儀式が行われる。

 朝になれば街では祭りが開かれ、城でも夕方から夜にかけては盛大なパーティーが開かれるのだが、それとは別に、日付が変わるこの時に行われるのは伝統的な、厳かに祈りがささげられる儀式だ。

 そして、この儀式には王様はもちろん、貴族や重要な役職に就いている人間は全員出席がほぼ義務付けられている。

 つまり、テンジンザさんも確実にこの儀式に出ているのだ。

 日付が変わるまではもう少し時間があるが、こんな大事な儀式にギリギリに駆け付けると言うことはまずありえない。

 今頃は儀式の間にいるハズなんだけど……

「ふはははははは!冗談がキツイですな!」

 ……壁の向こうからでも聞こえてくるこの声、間違いない、テンジンザさんだ。

 あの人声大きいもんなぁ……まあ、戦場ではよく通るし、演説も遠くまで届くので、英雄としては真っ当な声の大きさではあるのだけど。

 なんにせよ、これで部屋に本人がいない事は確認した。今がチャンスだ!

 矛盾の二人も強く頷いた。部屋にイジッテちゃんが居るにしろ居ないにしろ、テンジンザさんが不在のうちに確認するのは最優先事項だ。

 音をたてないようになるべく急いで、テンジンザさんの部屋へ。

 とはいえ、個人の部屋は隠し通路の入り口が家具で塞がれている可能性も高い。部屋の住人がいざと言う時に逃げる場合は家具をずらして逃げればいい訳で、外から入られる危険を放置して隠し通路の前を開けているとは考えづらい。

 なので、真上の部屋へと侵入する。

 そーっと隠し通路から出ると……ここは待機室だ。

 同じ階に王様との謁見室があるので、その順番待ちの人が待機する部屋。

 貴族用の待機室はこことは別に豪華な装飾の部屋があるらしいが、ここは一般からの謁見を申し込んだ人達を待たせておく部屋なので、簡単なソファと机があるだけだ。

 壁際に大きな窓とベランダがあるのでそこへ出て、下のテンジンザさんの部屋のベランダへと降りる。

「これ着てください」

 持ってきたカバンの中から取り出したのは、擬態服。周囲の模様に合わせて透明に見えるという魔法アイテムだ。

 とはいえ、完全に透明になるわけではないのでよく見ればわかる程度なのだけど、夜に遠くからの視線をごまかすには多少役立つ。気休めみたいなものだけど、無いよりはましだ。

「高かったんじゃないの?これ」

「そこはまあ、麻袋のご利益で」

「ほっほっほ、目的の為に金を使うことに躊躇いが無いのぅ」

「あれ?これ二着しか無いわよ?」

「あ、僕は大丈夫なんで」

「……何で全裸なの?アンタ、脱衣ボンバー使わなくても凄いスピードで服脱ぐわね…」

 そう、僕は全裸である。息をするように服を脱ぐ、それが僕である。

「いや、大事なものはカバンの二重底の隠しスペースにしまっといたんですけど、擬態服はかさばるから二つが限界だったんですよ。なので、僕はこれを」

 そう言って見せたのは、擬態クリーム。擬態服と同じ仕組みだが、肌に直接塗る事で透明になれるアイテムだ。服を着ていると効果が薄くなるので全裸である必要がある。全裸で透明は変態性があまりにも高いので非合法なアイテムだが、その道の人たちには人気が高い。

「アンタ、普段からこういうの使ってるの?」

「まさか、言ったでしょ。僕は見せたいタイプの露出好きなんです。それは、見つかるか見つからないかのドキドキを楽しみたい人が、全裸に透明で街に出て見たりするのに使うんですよ。一緒にしないでください?」

「うん、まあその……どっちの方が性質が悪いのか、と考えると さほど差は無いわよ?」

「ははは、冗談が好きですね」

「……アンタこそ、冗談はその粗末なモノだけにしときなさいよ」

「僕の自慢のこれを冗談扱い…!!」

「それ、クリーム塗らなくても誰からも見えないわよ、きっと」

「涙でクリームが落ちそうです……!」


 とかまあ、そんなこんながありつつも、壁の色に合わせたロープを伝って、下のベランダへ。ここから見える庭には何人か見張りの兵士もいたが、幸いこのタイミングで上を見る兵士はいなかった。

「危なかった……見つかったら興奮するところだった…」

「アンタもう喋るのやめて?一生ね」

 パイクさん中々厳しいツッコミで。

 さてさて、テンジンザさんの部屋の窓は開け放されている。不用心ですねぇ。

 まあ、鍵がかかってても開けたけど。

 部屋の中に入ると、思ったほど広い部屋ではなかった。

 いや、狭いか広いかで言えば広いのだけど、最高級宿の部屋に見慣れた今となっては、あれ以上を想像していたので、ちょっと拍子抜けだ。

 まあ、質実剛健っぽいからなテンジンザさんは。華美な装飾の部屋とか嫌がるかもしれないな。

 ソファやベッドは最高級品であることは一見するだけでわかるが、全体的にはシンプルな部屋だ。

 ベッド、ソファ、机、大きな本棚、大きなテンジンザさんの顔が書かれた絵画。

 ……自分の絵が飾ってあるのはちょっと自己陶酔の感じがするな……まあ、英雄には必要な要素か。自分のこと嫌いな英雄ってやだもんな。

 けど、このシンプルな部屋の中にイジッテちゃんを隠す場所は無い。

「うーむ、やはりここではないのかのぅ?」

 セッタ君が落胆の声をあげるが、僕の考えは違っていた。

 外から見た感じだと、この部屋はもっと広くていいはずだ。記憶してた城の見取り図では、この隣に部屋は無かった。つまり――――隠し部屋がある。


 となると怪しいのは、本棚か、絵画か――――さてさて、どっちだ?

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