第40話
「ほら、食事だ」
地下ではあるが、なんとなく空気の冷え方でもう夜だろうと感じられた頃、兵士の一人が食事を届けに来た。
牢屋の下にわずかに空いた隙間から食器が差し込まれる。
真ん中で二つに区切られた木製の皿の中に、少しのスープとパンが一つ。
「えー、これだけですかー?」
食事に文句を言う僕に、嫌な顔をする兵士。
「もうちょっと増やしてくださいよー」
鉄格子の中から手を伸ばし、兵士の腕を掴む。
「何をする!離せ!」
しかし僕は離さず、その手を引っ張って鉄格子ギリギリまで兵士を引き付ける。
「貴様!!どういうつもりだ!」
「だから、食事が少ないんですってー」
「うるさい!罪人が贅沢を言うな!」
「罪人にだってご飯食べる権利はあるでしょう!?」
「だから、用意してやってるじゃないか!」
「いやだから、それが少ないって言ってるんですよー」
牢屋を挟んでちょっとした揉み合いになった瞬間―――――兵士が、僕の囚人服の襟元から何かを服の中に放り込んだ。
それを確認して、僕も兵士の耳元で囁く。
(合言葉は、脱衣ボンバー祭り)
「ええい離せ!」
兵士は思い切り僕の手を振り払い、怒りが感じられる荒い足音を立てながら去っていった。大丈夫、不自然さは無かった、と思う。
「あーあ、しゃーない。少ないけど食べるかー。あ、スープ少しだけ分けてくれません?」
いち早く食事をもって牢屋の奥の隅に移動していたセッタ君に近寄ると、仮にどこかから見られていても確実に死角になるように僕の背中で隠しながら、服の中に入れられたものを取り出す。
それは二つあり、ひとつは―――この牢屋の鍵。
そしてもう一つは、小指サイズの小さな魔法砂時計。
すぐに砂時計を、セッタ君の背中と壁の間に隠す。
あらかじめ設定された計画開始の時間になると本当に小さな、しかしそばにいる人間にだけは確実に聞こえる音で合図を出してくれる便利な魔法アイテムだ。
普段は、周りに迷惑をかけない目覚まし等の用途で使われる、それなりに高級な品だが、まあ麻袋4つ分の金貨を持っていた僕にしたらわずかな額だ。
けど、さっきの兵士を買収するのには、麻袋2つ分の金貨が必要だった。
ろくに出世も出来ず、それなりに年齢と経験を重ねても末端の仕事をさせられているとはいえ、王城で働く兵士だ。安いはずが無い。
お金と、それを持って隣の国まで逃げる為の馬車と、そこで待ってる逃亡の案内人を用意しておいて、その案内人に合言葉を告げれば脱出計画開始だ。
もちろん、あの兵士が捕まっても計画はバレるので、普通に仕事を終えて帰宅して街から逃げるまでの時間も計算に入れなければならない。
どちらにしても僕らが動き始めるのは深夜になってからだから、多少残業があってもまあ大丈夫だろうとは思う。案内人も信用出来る人間に頼んだし。
なぜ信用できるのかと言えば、まあ昔のちょっとした知り合いなのだけど、それはまた別の話だ。昔のことはあまり思い出したくないし。
さて、まずここまでが第一段階……今のところは計画通りだが――――まだ先は長い。とりあえずそうだなぁ……寝るか!
体力温存体力温存!
起きた。起きたぞー。
痛っ背中痛っ、硬いんだよなぁ床が。一応ボロいマットレスは置いてあるけど、快適さとは程遠い。……まあ、牢屋だから仕方ないけど、ここ数日ふかふかベッドで眠っていた身にはなかなか辛いギャップです。
どのくらい寝てたのかよく分からないけど……セッタ君の背後にある砂時計を目線だけでちらっと見る。ふむ、もう少し、かな。
軽く準備運動でもしてればすぐだろう。
パイクさんは……壁にもたれかかって寝ている。
セッタ君も……寝てるのかな?目をつぶって座っているが、普段からあまり動かない時間とかあったりするからいまいちわからんな。
「あいてて、体痛い…」
別に誰に聞かれてるわけでもないとは思うけど、体を動かしても不自然ではないように呟いてから、準備運動を始める。
「消灯―!」
ちょうど体がほぐれたタイミングでそんな声が響き、辺りが暗くなる。
暗く、と言っても当然真っ暗ではない。真っ暗にしたら囚人の動きが見えなくなるからだ。かと言って明るいままにしておくのは世界的に協定で禁止されている。
戦時下において、捉えた捕虜の部屋の明かりを消さず、眩しい状態にして寝かさないようにする行為が拷問として認定されたからだ。
この国では、それがそのまま囚人の待遇にも適応されている。人道的な国で何よりだ。
なんてったって動きやすいからね!
薄暗い中で、神経を集中させる。
頭の中で計画を反芻する。成功をイメージする。
魔法の明かりで周囲を照らしながら、見回りの兵士が牢の前を通り過ぎる。
情報通りの時間。さすが規則正しい王城の兵士。
しかしそれなら、次に来るまでにはしばらく時間がある事も情報通りに違いない……と信じたい。頼むぞー裏切り兵士さん。情報料も上乗せして払ってるんだからな…!
――――その瞬間、わずかに耳に響く音。
魔法砂時計が時間を告げる。
パイクさんとセッタ君も反応して立ち上がる。
僕は、砂時計を回収して服の中に入れる。これにはまだ役目があるからな。
「さあ、行きましょうか……僕の盾―――いや、僕らの仲間を取り戻しに」
周囲に誰もいないことを確認して、ゆっくり静かに鍵を開ける。
警戒しながらも薄暗い廊下を迷いなく進んでいく。
大丈夫、王城の地図はバッチリ頭の中に入っている。
この地下牢は、道の片側だけに牢屋があり、反対側はいたるところに伝声筒と緊急ベルが設置されている。通路自体は本当にシンプルなもので、入り口から真っ直ぐに伸びる道と、その突き当りに左右に伸びる道があるだけだ。
シンプルが故に、隠れるところも少ない。
しかし僕はその道を、入り口とは逆の方向に移動する。
後ろの二人から心配そうな気配が伝わってくるが、後ろを振り向いて頷くことで、「大丈夫」と合図を送る。
通路の一番奥まで行くと、そこには縦長のロッカーが一つあった。
普段は掃除用具などが入っているらしいのだけど――――これをゆっくりとどかすと――――壁だ。一見すると、ただの壁。
けれど、下の方、膝下くらいの位置の壁を、強めに押しながら横にスライドさせると―――取っ手が出てくる。これを引っ張ると……壁が開いて隠し通路の登場です。
よしっ。
通路が出てくる時に大きな音がしたらどうしようと思ったけど、そんなことはなかった。一応、敵に襲われたときに避難する為の通路だから音で敵に場所ら知らせるようなことはない、という話は聞いていたけれど、情報が正確で一安心だ。
なぜ牢屋の近くに隠し通路があるのかはよく知らないけど、城の中のあらゆる場所が隠し通路で繋がっているらしい。いつどこで敵に襲われても確実に王様を逃がせるように、とかなんとか言ってたけど……たぶん設計者の趣味では、という気がする。
居るんだよねわりと、隠し通路作るの好きな設計者。
特に、大きくて豪華な建物になるほど、設計者も依頼者もなぜかそういうの好きで作りたがる癖がある。
まあ、気持ちはわかるけどね、普通の家には必要ないものだけど、いざと言う時の為の隠し通路ってなんかロマンがあるし、住んでる人間が重要人物なほど、それを作る必要性も存在するから、作りたくなるんだろう。
もちろんこうやって利用されるリスクもあるけど、作らないと本当に攻め込まれたときに逃げ出せない、と言うリスクもあるので、どっちが良いかは悩ましいところだ。いやまあ、僕は家なんて建てるつもりないから悩む必要もないんだけど。
なんてことを考えながら通路を移動し、梯子を上り、たしか……ここだ。
そこにある扉を開けると、そこは一時保管庫だ。
外から届けられた荷物や、どこへ保管すべきか決定前の物、そして――――
「あるある、ありますよー…!」
僕らのような、捕まえた囚人の荷物、そんなものを一時的に保管しておく部屋だ。
僕らの荷物は部屋の隅に雑に積まれていた。ちゃんと整頓しといてくれよ……というのは贅沢か。一見するとさほど貴重品も入ってないし、しゃーない。
「よしっ…」
いつもの服に着替える。やはり落ち着くな。
矛盾の二人も囚人服を脱いでいつもの格好に戻ったのだが……
「そういえばさ、二人のその服って普通に脱げるんだね」
「当たり前だろ、風呂とかどうしてたと思ってるんだ」
「……そう言われればそうですね……」
いや、そうなのか……?まあいいか。
さてさて、じゃあ……行きますか、イジッテちゃんのところへ!
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