第37話

「で、今日は何用だ?まさか、残りの金が欲しい、なんて要件ではあるまい?」

「あ、それです」

「……ん?聞き間違いかな?「それです」と聞こえたのだが?」

「はいそれです」

 頭を抱えてしまわれたテンジンザ。僕と会話をする人は、どうにも頭を抱える癖のある人が多いなぁ。

「待ちたまえ……普通この流れだと、イージスを取り返しに来たとか、そういうことではないのか?」

「言ったら返してくれるんですか?」

「返すわけがなかろう」

「じゃあ、戦って僕が勝てると思いますか?」

「儂が負けるはずが無かろう」

「そうでしょう?僕も同じ意見です。だからお金をください」

「待て待て。そういう時は、負けるかもしれないけど、でも引けない戦いがあるんです、とかそういうことを言うのではないのか?」

「言ったらどうなるんですか?」

「どうって……なかなか骨のあるやつだな、と思うぞ」

「思われたらどうなるんですか?」

「……いや、どうにもならんが。思うだけだ」

「たとえば、骨のあるやつだから王国軍に入れてやろう、みたいな特典は?」

「なんだ特典とは。そんなものはない。王国軍は厳しい審査と試験と訓練を乗り越えたものだけがその任に付くことに許される由緒ある役目である。たとえ王の推薦であろうと口利きで王国軍に採用するなどと言うことは許可されない」

「じゃあ意味無いじゃないですかーー。骨があるやつだって思われたところで何の意味も無いじゃないですかー」

 凄い戸惑った顔をしておられるテンジンザ。

 そして、矛盾の二人もまた頭を抱えておられる。みんな好きだなそのポーズ。

「しかしアレだぞ、その、そうだな、軍事学校に入れてやるくらいは可能だぞ?そこでしっかり鍛錬を積めば、王国軍に採用されることも夢ではない」

「でも、凄い大変なんでしょう?」

「それは当然だとも!生半可な訓練では王国兵にはなれんよ!」

「じゃあいいです。お金ください」

「……最近の若者は……いや、いかんなこういう言い方は。世代の問題にするのはむしろ問題の矮小化だ」

 意外だ、そういう考え方をするのか。普通に最近の若者は軟弱だ!とか言っちゃうタイプかと思ってた」

「意外だ、という顔をしておるな?」

「えっ、声に出てました?」

 慌てて矛盾の二人を見るが、二人とも首を横に振る。

「声には出てなかったが、顔に出てたわ。まあ、儂も人の上に立って長いのでな。この立場はこの立場で、いろいろと悩みもあるものよ」

「はぁ、英雄様って、ただ強ければいいってわけじゃないんですね」

「英雄だからこそ、だ。英雄がそこらのつまらんオヤジと同じであったら幻滅するであろう?常に若者にも尊敬される存在で居続ける、それもまた英雄の背負った業よ。……おっと、余計な話をし過ぎたな。しばし待っておれ、今金を用意させる」

 そう言うと、テンジンザさんは部屋を一度出て行った。

 うーーーん……なんと言うか、つかみどころのない人だ。どうせならとことん嫌なヤツであってくれれば簡単に敵対視出来たものを。

 もう普通に心の中でも「テンジンザさん」って呼んじゃってるじゃないか。

 ――――まあ、だからって僕のやることは何一つ変わらないんだけどさ。


「言った通り、あの時と同じ額……と思ったが、少し色を付けておいた。これが、儂の思うイージスの正当な価値だ」

 色どころの話ではない。あの時は大きな麻袋2つだったが、今回は3つある。1.5倍だ。

「いいんですか?いやまあ、くれるというなら遠慮なく貰いますけど」

「構わん。あの場では手持ちあれだけしかなかっただけで、最初から城での取引であったなら、この額を払っていただろう。仮にどこかのオークションにでも出品されていたら、さらに値段が跳ね上がった可能性もある。イージスにはそれだけの価値があるのだ」

「……改めて、僕はとんでもない物を手に入れていたんですね……」

「もちろんだ。まあ、金で価値が決まるわけではないが、価値のあるものには対価として金が払われるものだ。それにしても、どこであれを手に入れたのだ?」

 正直に言っても良いものか悩みながら、僕は出会った時にイジッテちゃんから聴いた話を思い出していた。

 確か、お爺さんが隠してくれた、というようなことを言っていたな……今思えばおそらく、この城に勤めていた誰かがこっそり持ち出したのだろう。

 いつか売ってお金に変えるつもりだったのか、それとも、自分を巡って争いが生まれる事を悩んでいたイジッテちゃんを不憫に思って逃がしてあげたのか……真相はわからない。

 けれど、隠されていた場所を明らかにすることで、その人に何か不利益が生じるかもしれない。

 ……お爺さんはもうずっとあの洞窟を訪ねていないという話だったから亡くなっている可能性も高いが、国宝を盗んで隠したとなれば残った遺族にまで国家反逆罪のようなものが適応される可能性もある……のか?

「うーーん……秘密、ということで良いですか?」

「む……まあ仕方あるまい。どちらにしても、今イージスが儂の手の内にあることに変わりはないのだからな」

 聞き分けが良い。本当に根っこは良い人なんだな……ただ、この国を救うという目的の為には手段を選ばなくなるだけで。

「――――逆に、今彼女はどこに居るんですか?」

「……秘密、ということで良いかな?」

 くそぅ、不意を突けばうっかり答えてくれるかと思ったけど、見事なカウンターをくらってしまった。

「ま、そりゃそうですよね……けど、もうひとつだけ。さっき、外で兵士たちに囲まれたときに「イージスのことで来た」と伝えたですけど、どうも彼らは知らないみたいでした。伝説の盾をその手に取り戻したのに、それをまだ公表してないんですか?」

 僕が何か狙ってその質問をしているのではないかと、疑惑の表情で見つめるテンジンザさん。

 けど残念ですね。僕は感情を表に出さないことが何よりも得意なんですよ?

 同時に、感情を表に出すことが、それはもうドヘタクソですよ?

 特に何も読み取れなかったのか、それとも話して問題ないと思ったのか、質問に答えてくれるテンジンザさん。

「……まだ公表はしていない。しかし、失われた伝説の盾が戻ったとなれば兵士や国民の士気も上がるであろう。しかるべきタイミングで発表するつもりだ」

「それはいつですか?」

「そこまでは言えんな。そもそも知ってどうする?」

「いや、イジッテちゃんを見られる最後の機会かもしれないから、お披露目されるなら見たいな、と思いまして」

「悪いが、イージスを国民の目に晒すことはない。あくまでも情報として出すだけだ。国民というのは理屈よりも感情で動くものだ。イージスが少女の姿をしている以上は、戦場に駆り出すことに反対する声もあがろうて」

 ―――なるほど、イジッテちゃんが幼女の姿になったのは、そういう理由もあったのだろうか。か弱い幼女の姿になることで、伝説の盾として使いづらくして、自らの価値を下げたかったのかもしれない……。

 いつか彼女は言っていた。自分を巡って争いが起きた、と。

 それが、なんというか、本当に素直に、とても純粋に、「嫌だった」のだろう。

 それだけは、確かなことだと感じる。

「なるほど、大変ですね……伝説の盾も、伝説の英雄も。―――では、そろそろ僕らは失礼します。あっ、このお金……見知らぬ土地で持ち歩くには怖すぎる大金なので、宿まで運んでもらえますか?」

「ふむ、良いだろう。警備を数人付けよう。宿はどこだ?」

「それが、まだ決めてなくて。このお金に見合うだけの、警備がしっかりしていて信頼出来る宿を教えてもらえると助かるんですが」

「手配しよう。宿代も払っておいた方が良いかな?」

「いやいや、さすがにそれは……と言いたいところですけど、払っていただけるならありがたく頂きます。僕はそういう人間なので」

「ふははは、そうであろうな。でなければ、わざわざここに金を貰いに来るはずもない。いいだろう、知り合いが経営してるとびきりの宿を紹介してやろう!せっかく来たんだ、我がジュラルが誇るこの素晴らしい王都を満喫していきたまえ!」

「助かりますー!ありがとうテンジンザ様ー!」

 僕は、大げさに抱き着いて喜んでみた。

「やめんか!儂は美女と美青年にしか興味はないぞ!」

 ……なんかわりと重大なことを言われたような気がするけど、忘れよう。そうしよう。


 そして僕らは、城を後にした。

 ――――――まあ、初手としてはこんなもん、かな?

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