第38話
「なにここ楽園?」
部屋に入った瞬間のパイクさんの言葉が、全てを表していると思った。
地方都市の領主(貴族)の屋敷でも もうちょっとささやかだぞ、と言いたくなるような、城のような宿の城のような廊下を通り城のような扉をくぐると――――中は城じゃなくて楽園だった。
白を基調にしたシンプルかつ清潔感のある広大な部屋の中に、天蓋の付いた大きなベッドが3つ。
材質すら想像つかないけどなんか凄い綺麗な机と椅子、なぜか壁に流れてる滝、壁一面の大きな窓からは王都が見渡せる。なんてったって最上階!!
隣の部屋にはプール……プールだよな?風呂じゃないよな……風呂だ!!広っ!!
反対側にもう一個の部屋……ただただ広い。しかし特に何もない。
「この部屋は?」
入口で待機してくれてる宿の従業員さんに問いかけると
「宴会場でございます。ご要望とあらば、その部屋にシェフを呼んでその場で作りたての料理を味わうことが出来ます」
はぁ~……なんかもう別次元過ぎてほげーってなってる僕を尻目に、矛盾の二人は「ふっかふかだ―!」と叫びながらベッドの上で飛び跳ねている。いつの間に。
あの二人すら子供返りさせてしまう圧倒的豪華さ。
とりあえず僕も休むか……と思ったが、部屋の入口で従業員さんがなんかもぞもぞしてる。
「なんでしょう?」
「いや、その……お分かりですよね…?」
「わかんないですけど」
なんだ?何を言ってるんだこの人は?
「あー、それ、チップよチップ。こういうところでは、宿代とは別に、案内してくれてどうもーってお金渡すの」
「へー、そういう風習があるんですね。ただ泊まるだけでも高い金取るのに」
「……従業員がいる前でよく堂々とそういうこと言うのぅ…」
セッタ君が呆れ顔だが、まあそういう決まりなら仕方ない。
……とはいえ、この人がやってくれた事と言えば、今のところはただここまで案内してくれただけだ。荷物持つって言われたけど断ったし、お金の入った重い麻袋は兵士の人たちが部屋まで運んでくれたし……それに見合う対価なんてこんなもんだろう。
僕は、王都に来るまでの馬車とその御者さんを雇うためにお金を払った時におつりとして帰ってきた小銭をポッケに入れっぱなしだったので、それをチャリーンと手渡した。
一瞬、従業員さんの笑顔が引きつった気がした。
「不満ですか?」
「あ、いえ、そのようなことは決して……」
「要らないなら返してください」
「いやその、ありがたく頂戴します」
「そうですか、なら良いですけど。では」
「はい、失礼いたします」
最後まで丁寧な態度を崩さなかったので、さすがプロだなぁ。
その様子を見ていたパイクさんが、嘆息と同時に言葉をかけて来た。
「アンタねぇ、お金はたくさんあるんだから、ケチるんじゃないわよ。金貨の一枚でも渡してやんなさいよ」
「冗談でしょう!?入口からここまで案内しただけで、金貨貰えるってどんな仕事ですかそれ!?田舎の方では一か月に銀貨10枚も稼げなくてそれでも頑張って生きてる人たちがたくさんいるんですよ!?キテンの街に旅の案内人さんが居るんですけど、周囲の山とか森とか一日中お客さんを案内するために歩き回って、時にはモンスターからお客さんを守るために戦って、それでも1日最高で銀貨2枚しか貰えないんですよ!?それを!!ここが都会だからって!!宿の!入口から!!部屋まで案内しただけで金貨って!!!冗談ですよね!?」
珍しくちょっと感情が高ぶった僕に対して、セッタ君が笑う。
「ほほほっ、こんな宿に泊まるような金持ちの中にはそういう酔狂な人間が多いんじゃよ。だから、みんな感覚がマヒしてくるのじゃ」
「あー、良くないですね、そういうの良くない。庶民の感覚を忘れた金持ちなんて、平気で搾取して平気で浪費するんです。よろしくない!」
「……庶民の感覚がバリバリ残ったまま急に金持ちになった人間の言葉は説得力が違うわね……」
褒められたのが貶されたのか……いまいち判断の難しい言葉ですねパイクさん?
とりあえず一晩宿を満喫して、僕は翌朝に行動を開始した。
やることはシンプル、情報収集と事前の準備だ。
全てを入念にこなすには、それなりのお金がかかったが、逆に言えばお金さえあれば情報はわりと簡単に集まった。
さすが都会には情報通が多いなぁ。表も裏もなんでもござれだ。
そして、情報が集まったら次は事前準備だ。
必要なアイテムをあちこちで買いそろえ、注文し、依頼し、手配した。
3日かけて、大体の準備は整ったので、さて……あとは当日を待つだけ、かな。
その日僕らは、宿を出て城に向かって歩いていた。
特に付いてきて欲しいとも言わなかったが、暇だったのか、それとも何かを感じ取ったのか、パイクさんとセッタくんも隣に並んでついてくる。
「ねぇ、アンタさぁ、この3日間何してたの?」
「そういうパイクさんは何してたんですか?」
「宿でお酒飲んだり、美味しいもの食べたり、別室のプールで泳いだり、宿の隣にある劇場で歌劇見て泣いたり、演劇見て笑ったり、演劇見て感銘を受けたり、目が覚めるまでひたすら寝たりしてたわね」
「……満喫が過ぎません?」
あと演劇好きですね。
「だってなんにもすること無かったんですもの。一応街もブラブラしたけど、何でも買えると思うと逆になんにも買わないものね」
「そういうもんですか」
「ってか、貰ったお金だいぶ減ってたみたいだけど……アンタ何に使ったの?」
「いやぁ、準備にいろいろお金が必要でして」
「準備って、何の準備よ?」
着々と僕らは城に近づいている。
「知ってます?明日、この国の王様の誕生日なんですって」
「へぇ?知らないけど、それがなんなの?」
「盛大なお祭りが開かれるらしいんですよ。だから、周辺の貴族様とかもだいぶ集まってるとか」
「……何の話をしてるの?」
「だから、逆にチャンスかなーと思って」
「聞いてる?人の話」
「もちろん聞いてますよ。お金の使い道の話ですよね?」
「まあそうね、それもあるけど、この三日間なにしてたの、って話よ」
「だから準備ですよ」
「だーーかーーらーーー、何の準備?」
さすがにパイクさんがイライラしてきた頃、僕らは城に到着して、また兵士たちに囲まれた。
「止まれ!城に何の用だ!」
「ん?待て、お前は確か――――」
3日前に僕を見かけた兵士が、その時のことを思い出そうとした、その瞬間だった。
「脱衣ボンバーーーーーーーー!!!!!!!!!!!」
僕が、全裸になったのは。
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「……………………と、捕えろーーーーーー!!!!!」
一瞬あたりが静まり返ったのち、辺りにいた女の人の悲鳴と、兵士の怒号が響き渡り、見事なまでに僕たちは捕まったのでした。
「ねぇ!なんのつもり!?これなんのつもりなの!?ねぇ!ねぇってばーーー!!」
「ふおっふおっふおっふおっ」
ひたすら困惑するパイクさんの声と、セッタ君のもう笑うしかないって感じの笑い声が周囲に響いていましたとさ。
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