第36話

「すいませーん、テンジンザくん居ますかー?」

 どう声をかけたらいいのかわからなかったので、王城の固く閉じられた門の前で友達の家に来たみたいに声をかけてみたら、門番と見張りの兵士たちに囲まれて刃物を突き付けられました。

「アンタね……もうちょっと言い方ってもんがあるでしょ?」

 呆れ顔で頭を抱えるパイクさんと、なんだか楽しそうに笑っているセッタくん。

 とりあえずセッタ君にはウケたようなので良しとしよう。

「貴様!テンジンザ様に対してなんと無礼な!何者だ!!」

 門番の一人が凄い形相で問い詰めてくる。

「えーと……知り合いです。あとで来てもいいよ、って言われたので来ました」

 嘘は言ってない。むしろ真実しか言ってない。

「ふざけるな!テンジンザ様がお前のような一般人にそのようなこと言うはずが無い!」

「なんで僕が一般人だと思うんですか?」

「……なんだと?」

「あなたたちは、全ての貴族や王族の顔を覚えているんですか?もし僕が、由緒ある家柄の御曹司だったとして、その相手に刃を向けるあなたたちの行為がどういう意味を持つか……わかりますよねぇ?」

「そ、それは……」

 兵士たちが、少しだけ圧を弱めて、刃を遠ざける。

 それでも、いつでも攻撃できる距離からは離れないのは、さすがの危機管理能力だ。

「お前は……いや、あなたはその、失礼ながら、どのようなお家柄の方なのですか?」

 万が一のことを考えて、丁寧な言葉遣いで訪ねてくる兵士に、僕はドヤ顔で言ってやりましたよ。


「どうも、ただの一般人です」


 ガシャガシャガシャ!!と鎧と刃物が一斉に音を立てて前は喉元、後ろの首筋まで刃を突き付けられました。うわぁ怖っ。

「なんなんだ貴様!!ふざけているのか!!」

 あっ、本気で怒っておられる。さすがにちょっとマズイので、真面目に行こう。

「ふざけてませんよ、本当にテンジンザ様に取り次いでほしいのです。『イージスの事で来た』と伝えて貰えればわかると思います」

「なんだと……?何の話だ?」

 ……ふむ、どうやらまだ一般の兵士たちの間にまでは、イジッテちゃんのことは伝わってないらしい。

 秘密にするつもりなのか、それとも何かのタイミングで発表するつもりなのか……さてはて?

「まあ、何の話か分からなくてもいいので、とにかくそれだけ伝えてください。そうすればわかってもらえるはずですから」

「そのような話、信じられると思うのか?」

「信じるかどうかは別にどっちでも良いですけど、聞くだけは聞いてくださいよ。それで嘘だったら好きにすればいい。どう考えてもこの状況では逃げられないんですから」

 一歩でも動いたら首が斬れるんですよ?

「……ちょっと待ってろ」

 門番の一人が門の横の通用口から中に入ると、門の向こうにある詰所に入るのが見えた。

 そこから、筒状の何かに話しかけている。ははぁさてはあれが、話に聞いた伝声筒だな。

 城中に金属の筒が通してあって、いろんなところに声を届けられるという。

 魔法を使っても似たようなことはできるけど、傍受する魔法も存在するから、あのアナログさがむしろ強いんだよな。

 なにより、魔力のない兵士や使用人でも使えるし、魔法アイテムみたいにいちいち補充する必要もないから、いざと言う時に魔力切れの心配もせずに誰でも危機を伝えられる。

 大きな城ではわりと使われてるって話も納得できるな。

 そんな伝声筒で何やら話していた兵士が戻ってくると、酷く納得のいかない顔で

「テンジンザ様が、案内しろと仰られている……こちらへどうぞ」

 その言葉に、周りを取り囲んでいた兵士たちもざわざわしながら刃を収める。

 いつの間にか距離を開けて他人の顔をしていたパイクさんとセッタくんも、今度は仲間ですけど?という顔をして距離を詰めて来た。

 ……持ち主のために存在するのが武具だ、という話はどうなったのだろうか……今僕わりとピンチだったような気がするのだけど?

 ……いやまあ、完全に自業自得ピンチだったけどもさ。


 門を開けてくれるのかと思いきや、兵士たちと同じ通用門から通された。

 まあそりゃそうか、正式な客としては扱われないか。

 門をくぐると、まずは大きな中庭が広がる。綺麗に手入れされた美しい中庭は、庭園ゾーンと兵士の訓練ゾーンに分かれている。

 城に近い側が庭園で、門に近い方が兵士の訓練用だ。

 門から真っ直ぐに伸びた石畳の道、その左右に広い芝生のスペースがあり、そこでは今も兵士たちが訓練をしている。

 訓練であると同時に、侵入者などに対する警戒でもあるのだろう。

 これだけの人数が常に居れば、誰にも見つからずに潜入することは難しい。

 実際、めっちゃ見られてるし。先導してくれる兵士がいるから客だと認識してくれてるのだろうけど、そうじゃなかったら即取り押さえられる自信がある。それはもう絶対にだ。

「なんの自信よそれ…」

 また声が出てた。さすがに城の中では控えたい。よし、控えるぞ。

「控えようと思って出来るなら、苦労はないのぅ……」

 ……控えるぞ、が控えられてなかったらしい。僕はなんなんだ?

 などと自分と言う存在に悩みつつも、石畳をまっすぐ進むと城の中へと繋がる大きな扉が見えて来た。

 おお、あの大きな扉を開けて中に入るのか……と思ったら、扉の前で左に曲がった。

「あれ?あの扉から入るのではないのですか?」

「あの扉は、王に謁見する正式な来賓客にだけ開かれるものだ。通常の客や、我々兵士は別に扉がある」

 はぁ~……しっかりしてるというか面倒臭いというか。あそこ開け放しておいた方が絶対に行き来するの楽だろうにな。

 しかし、こうして歩くとよく分かる。

 この庭園を横切る形になる通路も、城の中からも中庭からも良く見える構造になっている。

 つまり、極端に死角が少なくなるように、防犯上かなり計算されている。

 ……なるほどなぁ。

 正面の扉から、庭園を全体の長さの4分の一ほど進んだところで小さな……とはいっても、大柄な兵士が鎧を付けたままでも余裕で通れるサイズではあるが、今までのサイズ感と比べると常識的な大きさの扉をくぐると、中は直接お城の廊下だ。

 扉の左右にはしっかり見張りの兵士、抜かりない。

 廊下は赤い絨毯で豪華絢爛……かと思ったら、ピカピカに磨かれ白く塗られているが、足の感触からして木製だ。

 歩くたびにカツカツと足音が鳴る。……なるほど、これも侵入者対策か。

 絨毯で足音が消えないようになってるんだな。

 昔大泥棒にでも入られて、財産根こそぎやられたの?と聞きたくなるくらいの警戒だ。

 廊下のあちこちに伝声筒が見える。だいたい20~30歩も歩くごとに設置されているので、何かあればすぐ誰かに知らせることが出来る仕組みだ。

 そのまま狭い一室まで案内され、中に入ると「ここで待て」と言われて扉に鍵をかけられた。

 室内には横長のソファーが二つ向き合うように並んでいて、その間に低いガラスの机。この机も、下に何か隠したり出来ないようにだろうか。

 窓はない、壁と扉は丈夫そう……場合によってはこのまま閉じ込められても脱出できない気がする。

 うーん、とにかく警戒が厳しいな。

「王城ってのはどこもこんな厳しいもんなの?」

 矛盾コンビに質問してみると、あっさりと肯定された。

「そりゃそうよ、王城には国宝級の宝が山ほどあるのよ。一般人なら一つでも盗んで売れば一家まとめて一生遊んで暮らせるくらいのものがね」

「さらに言うと、もしも貴族や王族にでも傷を負わせたらそれだけで大変なことじゃからのぅ。城の中では盗みも暴力もご法度、とにかく警戒して何も起こらないように、その為に日々兵士たちは訓練しておるのじゃ」

「はぁ~……大変なんですね。兵士って戦いさえ強ければいいと思ってました」

「ま、戦時下ならそれでもいいかもしれないけど、戦争が無い時の兵士の一番の仕事はほぼ警備よ。もちろん、何か事件が起こればそれを解決するために動いたりもするけど、軍が動くほどの事件なんてそうそう起こらないし、起こったとしてもせいぜい中隊の一つでも出せば解決出来るのがほとんどだからね、存在感を示すためにも、厳しい警備は必要なのよ」

「……僕、絶対兵士にはならないでおこう、と誓いました」

「大丈夫、アンタはなれないわ」

「どうあがいても、なれないのぅ」

 二人して酷いやっ!!……いやまあ、自分でもそう思うけどもさ。

 そんな楽しい会話(?)を遮る扉をノックする音。

「はいどうぞ」と言おうとしたけど、はいど、あたりでもう扉は開けられていた。こんにゃろう。返事待つつもりなかったな?


「久しいな少年……いや、あれは何日前だったか…また会ったな、と言うべきかな?」


「どうも、お久しぶりです……テンジンザ…さん」

 声に出して呼ぶときは「さん」をつけるよ!年上だからね!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る