第35話

 王都までは、馬車を飛ばせば約3日で到着する。

 定期的に乗合馬車も出ているのだけど、それだと5日はかかるし、なにより今の僕らは大金を持っているので、不特定多数の人と一緒の空間に長くいるのは少し怖い。

 ということで、馬車を一台まるまる借りた。しかもほろ付きのだ。

 もちろん、王都まで連れてってくれる御者込みで。

 なにせ金はあるのだ、ふはははは。

 とは言うものの、テンジンザ率いる王国軍が乗っている馬は国中から優秀な血統が集められているし、乗っている兵士たちの馬術の腕前と、長時間乗り続けられる体力があるので、追いつくのは不可能だ。

 あの時テンジンザは2日で着くと言っていたが……まあ、あの人ならやるだろう。

 ま、追いついたところで軍が相手では何が出来るわけでもないし、のんびり……という訳にもいかないが、無理せず自分たちで行ける範囲でなるべく早くたどり着きたい。

「で、王都に行ってどうするつもりなの?」

 揺れる馬車の中で乗り物酔いに参って荷車の両端にある長椅子に寝転がっている僕に、パイクさんが問いかけてくる。

「どうしましょうかねー……とりあえず、テンジンザの言ってた通り、訪ねて行ってもっかいお金貰いますかね」

「本気かえ?少年」

 セッタくんが疑いの目を向けてくる。

「本気本気、それは本当に本気ですよ。だって、くれるって言うのに貰わない理由あります?ただでさえ大金なのに、さらに倍くれるっていうんですよ?」

「そりゃまあ……そうじゃが」

「プライド無いのか?とかそういうことが言いたいのかなセッタ君は」

「まさか、ただ、気まずくは無いのかと思ってるだけじゃよ」

 まあ確かに、あの流れで のこのこと「お金くださーい」と言いに行くのは相当ダサい。けどまあ―――今の僕にとって、ダサさなんてどうということはない。

 それよりも優先すべきことがあるのだから。

「それはともかく、ちょっといいかしら少年?」

 パイクさんがなぜか頭を抱えている。

「なんですか?どうしました?」

「少年は、なんで服を脱いでるのかしら?」

「ははは、何をバカなことを、僕が服を脱いでるなんてそんな……本当だ!!」

 気づけば僕は、パンツ一枚を残して全ての服を脱いでおり、そのパンツさえ今にも脱いでしまいそうに手をかけていた。

「無意識じゃったのか……」

「いやぁ、たぶん馬車に酔って気持ち悪かったから、少しでも体を締め付けるモノを脱ぎたかったんでしょうね」

「おい待て、おい、おい!なんでそう言いながらパンツも脱いだ!?さっきまでは無意識だったとしても、今完全に意識的に脱いだよな!?」

「はい」

 良い返事だ全裸の僕。

「着なさいよ!!確かにこの馬車には幌が付いてるから周りからは見えないけど、でも外よ!?屋外よ!?」

「えっ、露出って屋外でするから意味があるんじゃないですか?室内で裸になっても意味無いじゃないですか」

 なんて正論なんだろう僕。

「いや、そ……そういわれるとそうなのかしら……?確かに、露出って誰も見てないところでやっても意味無いのかも……?そもそも見せたいんだもんね?」

「何を言いくるめられそうになっておるのじゃ……そもそも見せたいのがダメだ、というだけの話じゃろうが……」

「それよ!それよね!やっぱり服を着なさい!!」

「服を……ですか?どうして…?」

「その小さな子供が純粋な疑問を口にするときみたいな顔やめて!?当たり前のことしか言ってないから!」

「世の中の当たり前を疑う心、それを忘れては新たな発見は無いのですよ」

「……イージスが居なくなって、アイツの大変さが初めてわかったわ……ツッコミ役ってこんなに精神を削られるのね……初めて、アイツをちょっと尊敬したわ」

「ライバルだったはずの相手を初めて認める瞬間……いいですね、熱いです!」

 その熱さに感極まって立ち上がる僕。

「……揺れてる揺れてる、小さいそれが馬車の振動で揺れてるから!上下左右に動き回ってるから!」

「大丈夫です!僕は気にしません!」

「アタシは気にするのよ!!!!」

 そんなこんなで楽しい時間は過ぎていき、あっという間に王都までの3日間が経過した―――――


「いやー、やっと着いたかー」

「さすがに外では着なさいよ!!!」

 裸のまま馬車から一歩降りた僕を幌の中に引きずり込むパイクさん。

「それはつまり、幌の中でなら良いと認めてくれたんですね?」

「認めてない、諦めただけよ。でも外は間違いなく捕まるからやめなさい。アンタ王都の警備ナメてるの?のんびりした田舎町の自警団とはわけが違うのよ」

 ちらっと顔だけ出して外を見る。

「……ほわーーーーー……」

 思わずそんな声が出た。なんだこれ、どうすればこんなものが作れるのか想像も出来ない高い塀が都市全体を覆っている。

 そしてその周りを等間隔で見張っている、鎧の上からでもわかる屈強な兵士たち。

 うーん、これはさすがに捕まったら終わるな。さすがにまだ幽閉されるわけにはいかない。

「仕方ない、服を着ます」

「どうか、それを当然と思うだけの心をもって欲しいと願うばかりね…」


 王都の正門は、それはもう大きい。

 どのくらい大きいかと言うと、グラウ村で井戸を通る時に使った長いロープが10本あっても上に届かないくらい、何の意味があるんだ?と言いたくなるレベルで大きい。

 まあ、王都の威厳とかそういうアレだろう。確かに圧倒はされるし。

 聞いた話では、四角く街を囲む塀の3方に門があるらしいが、やはり正門が一番大きく立派なのだそうだ。

 四方の残りの一方は当然、塀の外からでも見える高い塔を有する王城がそびえ立っている。

 正門を町の入り口とすると、そこから王都を通って一番奥にあるのが王城だ。

 遠くから見ただけでも、人の住む場所じゃないな!と思ってしまう立派さだ。

 塀に近づくと、高い塀だけで充分だと思うのだけど、さらに周囲を水の流れる堀で囲んでいる。

 普段はそこに跳ね橋がかかっていて自由に通れるようになっているが、戦いとなれば橋は上げられて、攻め込むことは容易ではない。

 この国は……というか、この大陸は常にどこかで戦争が起きていた時代があった。

 そのために、どの国も王都の守りは恐ろしく硬い。

 その戦争を終わらせたのが、魔王という共通で巨大な敵だったというのもそれはそれで皮肉な話ではあるが、その魔王がガイザをけしかけて再び戦争を起こそうしているというのだから、まったく面倒臭い話だ。

「とにかく中に入りましょう?さすがに疲れたわ…」

 大きく伸びをしているパイクさん。元は矛なのに伸び……?と少しだけ思ったが、人の形になってると、人と同じように足腰の痛みとかが出たりするんだろうか……考えてみれば、パイクさんもイジッテちゃんほどではないだろうけどそれなりに作られてから年月経ってるんだよな……ロリババア……ではないか、なんだろう、えーと……セクシーババア…?

「貫くわよ」

「すいませんでした」

 また口に出していたようだ。

 ただ、パイクさんはイジッテちゃんのように物理的なツッコミを入れてこない。

 元々が矛だから、下手すると相手を殺す攻撃力があると自覚しているからだろう。

 イジッテちゃんは強い打撃に見えてもそこまで痛くは無かった。

 盾だから攻撃は出来ない、と本人も言ってたし、自分がどんなに殴ったところでたいしたダメージにはならないとわかっていての物理ツッコミだったのだろう。

 いやまあ、ドロップキックはそこそこ痛くはあったけどね?

 今となってはあの痛みも愛おしいな。あれ……?Mに目覚めたのかな……幼女の!全力の!ドロップキックが愛おしい!!変態じゃないか!?これ変態なんじゃないか!?

 ――――ま、いっか!変態ならそれはそれで!!

「全部声に出す癖、本当に辞めた方が良いわよアンタ……声に出して変態宣言はだいぶ重症よ?」



 王都の中に入るのに許可証とか必要だったらどうしよう、とか考えていたけれど、そんなことはなく普通に入れた。

 戦時下だったらどうかわからないけど、今は長く平和が続いているから、街に入るだけならそれほど厳しくはないのだろう。

 まあ……ガイザの侵攻が激しくなればどうなるかわからないけど。


 街に入ると、あまりの活気と人の多さに気圧される。

 なんというか、こんな言い方は本当に田舎者みたいで嫌なんだけど……今日は祭りかなんかやってるの?

 正門から真っ直ぐ王城まで伸びた大通りは、その両側に商店や飲食店が並び立ち、常に多くの人波が流れている。

 おそらく城まで真っ直ぐに歩けばさほど時間はかからないだろうけど、店を一軒一軒見て回ったら朝から夜になってもまだ時間は足りないだろう。

 お金はあるから、いくらでも見て回りたいところだけど――――それは後回しだ。


 まずは――――行ってみようか。全てはそれからだ。

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