第34話

 僕らは、重い足取りでキテンの街までたどり着いた。

 重いのは足取りだけではなく、物理的に二つの袋が重い。

「いやマジで……こんな重いなら馬も一頭くれれば良かったのに……気がきかないですね英雄様は!」

 自分でも空元気だとわかる軽い冗談を叫びつつ、ようやく宿にたどり着いた。

「パイクさん、矛に―――いやなんでもないです」

 先日と同じように矛になって武具として持ちこむことで宿代を浮かそうとしたけれど、もうそんなことしなくてもいいんだ。

 だって、お金は山ほどあるのだし!!

「一番いい部屋とってよ。アタシも久々に思いっきり広いベッドで寝たいわ」

「そうですね、そうしましょう!」

 二人で無理に明るい雰囲気を出しながら、「一番いい部屋頼むよ!」という僕の言葉に驚く店主に、袋の中から出した金貨をカウンターに叩きつけてやった。

 ふははは、どうだ。いつも一番安い部屋をとっていた僕とはもう違うのだよ!

 店主は一瞬ひるみつつも、その金を受け取り、今まで見たこともない飾りのついたカギを手渡してくれた。

 まあ、いきなりこんな大金、何かしらの怪しい金だと思われても仕方ないが、ここの店主はそういうこと気にしないタイプのお金大好きおじさんなのだ。

 たとえ怪しい金であろうと、金は金。貰えるものは貰う。そういう人だ。

 逆に言えば、絶対にお金がらみのことでは裏切らないので、信用できるともいえる。

 まあそんなことはどうでもいい。とにかく部屋だ。

 今まで入ったことのない頑丈かつ華美なくらい装飾の付いたドアの鍵を開けて中に入ると――――

「うーーわ、めっちゃ奇麗!!!」

 木製の壁が剥き出しのいつもの部屋と違い、壁も天井も真っ白な壁紙が貼られて奇麗に整えられており、床一面には安い部屋のベッドよりふかふかなのでは?というくらいの毛足の長い絨毯、何で作られているのかすらもう判断できない大きくて座り心地のよさそうなソファー、そしてなにより、皴ひとつないほど丁寧にメイキングされた大きなベッドが二つ。

 いつもの感覚からすると、そのベッドなら1つで3人は寝られるのでは?と思ってしまう程だ。

 そこへダーーイブ!!ふああああ、埋まるーーーふっかふかーーー!!それでいて一定の弾力もある!ただ柔らかいだけじゃない!癒されるぅぅぅぅぅ……。

 ううぅぅぅぅ………はっ、いかんいかん。寝てしまう。これは油断するとすぐ寝てしまう。

 眠気をこらえて体を持ち上げると……

「あれ、セッタ君いつの間に。もう大丈夫なの?」

 ベッドの端にセッタ君が人間の姿で座ってました。

 もしや、寝るのをこらえたつもりが少し寝てたのかな?けどまあ、天窓から入ってくる光はまだまだ明るい。寝てたとしてもたいした時間じゃないだろう。

 っていうか天窓キレイだな!凄い自然に外の光取り込んでて明るいし暖かい!

「ああ、もう大丈夫じゃよ。すまんなぁ、ここまで背負わせてしまって。それに、肝心な時に役に立たんで……」

 深々と頭を下げて謝罪するセッタ君に、僕は慌てて近づく。

「そんなそんな、気にしないでよ。元々無理して頑張ってもらったんだし……なにより、あの状況を乗り切れなかったのは、全部僕の弱さだから……さ」

 しまった、うっかり空元気がどっか行ってしまった。

 凄い空気重いじゃん……どーにかしないと。

「あっ、そうだ!アンネさんの店に行かなきゃ!一応クエスト受注した形になってるから、終わった報告と、あとポールムちゃんがどうなったのかも心配だし!」

 無理やり絞り出した案だったんだけど、これはこれで必要なことだ。

 下手すれば本当にこのまま寝てしまいそうだから、先に店に行って来ないと。

「そうか、すまんな。ワシはもう少しここで休ませてもらうわい」

「アタシもパス~~~。ベッドから起きたくない~~~」

 パイクさんは気づけば隣のベッドにうつ伏せで溶けるように寝転んでいた。

 まあ、二人も疲れてるだろうし、ただの報告にわざわざ連れて行くこともないだろう。

「んじゃ、ちょっと行ってきますねー」


 店に行くと、ポールムちゃんが……えーと……あ、そうだ、村であったご両親だ、ご両親に抱っこされた状態で待ってくれていた。

 夜にしか会ったことない人と昼間会うと印象違うな、っていう感覚で一瞬誰か思い出せなかった。

「こらー、遅いぞコルス君!お姉さん、すぐ来ると思うから、って言っちゃってたんだから!クエストが完了したら、すぐ報告に来なさい!」

「えっ、あ、すいません。ちょっとうたた寝しちゃって…」

 僕としてはそんなに寝てたつもりはないのだけど、もしかしてそこそこ眠ってしまってたんだろうか…?

 まあ、疲れてたからな……昨日徹夜だし。

「この度は本当に、ありがとうございました」

 深く頭を下げてくれるご両親。

「ああ、いや、そんなそんな。待たせてしまったみたいですいません。いつこの街に?」

「皆様が山小屋にもう大丈夫だと知らせに来ていただいてすぐに、居ても立っても居られずにこの街へ。本来なら、村のみんなと共にお礼を言うべきでしたのに、申し訳ありません」

 ポールムちゃんのお母さんがウトウトしてるポールムちゃんを抱きながら本当にすまなそうに頭を下げるので、恐縮してしまう。

「いえいえ、そんなお気になさらず。お子さんが心配なのは親として当然のことですから」

 っていう話は聞いたことがある。

 僕はよく知らないんだけどそういうものらしいし、そもそも別にお礼を言われたかったわけじゃないから本当に気にしないでほしい。

「何かお礼をさせていただきたいのですが、取るものも取らず駆け出してきてしまって……すいません」

「本当に、あの、大丈夫ですから。お礼はちゃんと村の皆さんから頂きましたし、なにより、ポールムちゃんからしっかり依頼料いただきましたから。ねー」

 貰ったコインをポーチから取り出し、それを見せながらポールムちゃんに話しかけると、眠そうながらも「えへー」と笑ってくれた。可愛い。

 その後も、何度も何度もお礼を言われて、また後日改めてお礼に来るというのを、本当に大丈夫ですから、と念押ししたけれど、多分来るつもりだろう、という気配ビンビン漂わせてポールムちゃん一家は帰って行った。


 なんていうか……どっと疲れてしまった。

 別にポールムちゃん一家に悪いところは一つもないのだけど、ちょっとなんていうか、陽の気が凄い。陰タイプの僕には眩しすぎて体力が吸い取られるかと思った!

 しかし、本来なら僕もあっちの光側であるべきなのだろうな、みんなを救う勇者としては。

 ……まだまだ壁は高いなぁ。

 なんて、届くかどうかもわからない未来を想いを馳せていた僕の背中が、強く叩かれた。

「いたっ!なにするんですかアンネさん…」

 僕が抗議の視線を送っているのに、さらにバンバンと叩いてくるアンネさん。

「よくやったね、コルス君!!お姉さんは初めてキミが人の役に立ったのを見たよ!」

「……いや、何回かクエスト成功させてますよね?」

「そういえばそうね……けど、情報や数字じゃなくて、ちゃんと感謝が届けられてるのって、やっぱりなんか違うのよね。お姉さんも嬉しくなっちゃったよ」

「そんなもんですか」

 そういわれるとまあ……そんな気もする。うん、まあ、悪い気分ではないかな?

「そうそう、良かった良かった!あ、そういえば今日は一人?他のみんなは?」

 一瞬、抑え込んでいた感情が浮かび上がりそうになったが、何とか抑え込む。

「ああ、みんなはちょっと疲れたみたいで、宿で休んでます」

「そうなんだー……あ、そうだ!!ちょっとちょっと待ってて!!待っててね!!」

 アンネさんは慌ててレジの奥へと駆け込んでいくと、何かを探してるような音が聞こえてくる。

 なんだろ?と思っていると、再び慌てて戻ってきた。手には何かを持っている。

「ふっふっふ、ついに、完成したわよーー!!どーーん!!」

 そう言って、満面の笑顔とドヤ顔で見せつけてきたのは―――――


 ―――――――――イジッテちゃんの、新しい服だった。


 ああ、そうだ、そうだ。新しい服を作ってもらっていたんだ。そうだ。

 これから先も、ずっと着られるようにって、良い生地で、服を……新しい、服を…!

 それは、今まで来ていたような古ぼけたワンピースとはまるで違って、女の子らしい柔らかいシルエットのラインに、大きな襟とふわっと膨らんだスカート、腰にはリボンが付いている。

 そのゆったりとしたワンピースに合わせるインナーは、腕や足を守る意味もあるのか長袖ではあるけど、薄いピンクで彩られていてとても可愛い。

 さらには、水色の靴までセットになっていて、なんていうか、ああ、女の子の服だ、と思った。

 イジッテちゃんは、こういうのが着たかったんだ。

 盾として、防具として生きるだけじゃなくて、女の子としての人生を―――

「どうどう!?すっごい可愛いでしょー!!あの子が着た姿想像しただけで、お姉さんもう抱きしめたい欲が限界突破よ!ねえねえ、後で連れてきてくれない?」

「えっ、あっ……あの、すいません。今日はちょっと、疲れて爆睡してるので、また、その、後日にでも」

 とっさに嘘をついてしまった。

 こういう時に平気な顔で嘘が吐けてしまう自分が嫌になるな……。

「そう、そうよね。ごめんごめん。じゃあこれ渡しておくから。今包むわね。また、都合が良い時に店に来てよ。もちろん、その時はこの服を着たあの子も一緒にね♪」


「――――はい、きっと、また」


 その日、宿に帰った僕はとにかく眠った。

 まだ昼間だというのにひたすら眠って、眠って、起きて食事をして、眠った。


 そして、翌日の朝目が覚めた僕は、自然とその言葉を口にしていた。


「今から、王都に行くんだけど……二人とも一緒に来ます?」

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