第32話
「――――お前は老けたな、テンジンザ。すっかりおっさんじゃねぇか」
まるで昔馴染みの友人に話しかけるように悪態をつくイジッテちゃん。
……いや、「まるで」ではなく、おそらくそのまま昔の友人と言うか……テンジンザ様が、今の僕と同じ「イージスの盾の所有者」だったのだろう。
「貴様!テンジンザ様に対して無礼であろう!」
オーサとタニーがイジッテちゃんに今にも切りかからんばかりに剣を突き付けるが、
「やめんか!!」
テンジンザ様がそれを制する。
「し、しかしテンジンザ様、この子供が……」
「まあ貴様らは知らずとも無理はないがな……ふんっ!」
反応も出来なかった。
テンジンザ様が目にもとまらぬ速度で投げたナイフは、僕が一歩動くより前にイジッテちゃんの顔に当たり、甲高い音を立てて宙に舞った。
「なっ!?」
「どういうことですかこれは!?」
ナイフは確かに直撃したのに、傷ひとつ付かないイジッテちゃんを見て、オーサとタニーは激しくうろたえた。
「そやつはな、我が国ジュラルの国宝でもある、伝説のイージスの盾よ。盾が意思を持ち、人の形を成したのだ」
テンジンザ様は堂々と真実を告げるが、二人はポカンとしている。
そりゃそうだ。人が盾になるなんて、普通は悪い冗談だと思うに決まってる。
いきなりそんなこと言われて信じる方がどうかしてるよ。
「そ、そうなのですね!?そのようなことがあろうとは!」
「にわかには信じられませんが、テンジンザ様がそう言うならきっと間違いありませんね!」
――――すぐ信じた。あんたらどうかしてるな!
いやまあ、僕もすぐに信じたけど!
そういえば、オーサとタニーはイケメンだし剣の腕も凄まじいけど、実はわりとバカなのでは?っていう噂は本当なのだろうか……それとも、テンジンザ様の言うことは盲目に信じるのか、もしくは恥をかかせないように乗っかってあげてるつもりなのか……いまいち判断が出来ないけど、まあどうでもいいかそれは。
「うむ、さてさてイージスよ久しいな。積もる話が山ほどあるわい」
イジッテちゃんに笑顔で、しかし鋭い目線は決して逸らさずに問いかけるテンジンザ様。
「そうか、私は無い。何一つとしてな」
イジッテちゃんの方はそっけない態度でいつも通りのように見えるが、どこか……なんというのか……恐怖……いや違う、嫌悪のような感情も見えるような気がする。
ただ、そこまで剥き出しの嫌悪でもない。テンジンザ様のことを人として心底嫌っていると言うことでも無いのだろうか?
「まあそうつれないことを言うなイージスよ。いろいろと聞きたいこともあるのだ。―――だがその前に、だ」
そこで一度会話を区切り、テンジンザ様は僕に視線を向けた。
「さて少年、何が望みだ?」
その突然の質問に、一瞬頭が混乱した。
「望み、ですか?何の話でしょう?あ、村を救ったご褒美ならもう―――」
いいや違う、そんなことを言われているのではない。
わかっている、わかっているが、そこから目を、話を逸らしたい自分がいる。
「そんなことではない、いや、それが欲しいのなら望むものをやろう。だが、それと引き換えに――――」
ああ、やめてくれ。それを言われたら僕はどうしたら……
「イージスの盾を、儂の元に返してもらおうか」
どうしたら、いいんですか……?
「いや、でもその……それはちょっと待ってくださいテンジンザ様」
迷いながらも、僕の中の何かが、抵抗しろと訴えてくる。
「イジッ……イージスの盾は、今は確かに僕が所有者ではありますが、彼女には彼女の意思があります。僕らの間で返すとか返さないとか、そんな彼女の意思を無視したやりとりは出来ません」
イジッテちゃんがただの盾であったなら、それを手に入れた僕はここできっといくばくかのお金……もしくは何らかの見返りと引き換えに盾を渡していただろう。
元々分不相応なものを、たまたま手に入れてしまっただけなのだと、そう思えたハズだ。
けれど僕は知っている。
彼女には心があり、想いがあり、感情がある。
数日だけとはいえ、それを通わせた人間として、はいそうですか、と手渡すわけにはいかないのだ。
「少年よ、君は何を目指す?」
「…はい?」
「君は、この国宝である伝説の盾をその手に、何を目指す?」
その問いに戸惑いながらも、一呼吸して、素直に答える。
「勇者を。強く、人々を守れる勇者を」
今はまだ及ばないのはわかってる。でも、その気持ちに嘘は無い。
「ならばその盾を手放すべきだ。身の丈に合わぬ強力な武具を手にすれば、必ずそれに頼る心が生まれる。まずは自らの力で戦い抜く力を手に入れるよう鍛錬するのが大事だとは思わんか?」
「……それは……そう、かもしれないですけど……」
確かに、今の僕はイジッテちゃんたちに頼り切っているのも事実だ。
「なにより、少年が本当にこの国を救う程の勇者になったのなら、その時こそこの盾を再び手にする機会もあるであろう。本当に価値のある武具というのは、それに見合う担い手へと渡るものなのだ」
テンジンザ様の言うことはきっと正しい。けど、けど……。
「相変わらずよく回る口だな。無骨な武人に見えて小賢しさも持ち合わせてるの。性質が悪いな本当に」
イジッテちゃんが会話に割って入ってきてくれた。
「ふはは、誉め言葉として受け取っておこう。だが、嘘を言っているつもりはないぞ。なによりも、村の者の話からするとガイザとの戦争が起きる可能性がある。その脅威から国を、国民を守るために、強い武具は一つでも多いに越したことはない。その少年が持つのと、儂が持つのと、どちらがより多くの国民を守れると思うのだ?」
テンジンザ様の言うことは正しい。
イジッテちゃん、イージスの盾は国宝に指定されるような貴重で頑強な盾だ。テンジンザ様のような、国の武力に直接影響を与える大将軍が持つ方が相応しいなんて、そんなことは僕が一番理解してる。
「てやっ」
「痛っ」
イジッテちゃんに頭をぽかっと叩かれました。いや、音的にはガインだけど、感覚としてはぽかっと。
「私はな、偶然には価値があると思っている」
「……何の話ですか?」
「お前と私の出会いは圧倒的に偶然で、決して運命なんかじゃないし、二人の出会いに意味があったとも思わないし思いたくもない」
「今 僕、凄い貶されてます?」
「だが、私たちの出会いには価値がある。そしてそれを高めていける。私はそう思っている。そう思っている私がいる、それ自体に価値がある。意味も理由も知ったこっちゃない。私とお前が一緒にいることに価値があるんだ。それを忘れるな」
「……イジッテちゃん……正直、ちょっと抽象的でよく分かんなかったよ」
ガイン。
うん、今のは僕が悪い。ごめんごめん。
「けど、なんか励まされた。ありがとう」
「ふっ、ま、今はそれでいいさ。ウジウジすんな、勇者様」
ニカっと笑うと、すぐさま真剣な表情に切り替えて、再びテンジンザと向き合うイジッテちゃん。
僕も、ちゃんと向き合う。下を向きかけていた顔をしっかりと上げて、向き合うんだ。僕からイジッテちゃんを奪おうとするこの人と!
「……そういうことだ。悪いがお前はお呼びじゃないんだ。さ、帰った帰った」
「ふはは、なるほどなるほど。よほどその少年が気に入ってるらしいなイージスよ。そうかそうか」
「うるせぇ。つまんねぇこと言うな。こいつのことなんて、お前の100倍マシ程度にしか思ってねぇよ」
「おお、辛辣であるなぁ。ふむ、おぬしの気持ちはよく分かった」
テンジンザは笑顔を見せた、それはとても爽やかで、見ている人間に安心を与えるような―――――
「だが、聞けんなぁ、その話」
―――――一瞬で、その笑顔は、僕の背筋を凍り付かせる冷笑へと変わり果てた。
まずい、なにか、何か身の危険が――――そう思った時にはもう……飛んでいた。
「がはっ…!」
また、見えなかった。気づいた時にはテンジンザの手には長い槍が握られており、それはもう振り払われたあとだった。
僕の前に立っていたイジッテちゃんごと、横から薙ぎ払うように吹き飛ばされていた。
「わかってもらえないなら、実力行使あるのみなのだが……それでいいかな?」
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