第31話
大仕事を成し遂げて心は晴れやかなのに空は薄暗く曇っていて、今にも雨が降り出しそうだ。
「ちょっと急ぎますか?雨降ってきたら嫌ですし」
「いやぁ正直ダルいな。私もおぶれ」
「あっ、アタシも持って運んで―」
「……パイクさんはまあ良いですけど」
「なんでだよ!」
「ホント?助かるわーじゃあさっそく……」
「最悪、杖として使えますもんね、矛なら」
「‥‥‥‥やっぱやめとくわ」
そのやり取りを見て、イジッテちゃんが楽しそうに高笑いをしておられる。
「イジッテちゃんは、盾になるならセッタくんと一緒に背負ってもいいですよ」
「あ?冗談抜かせ、私はもう二度と盾にはならないよ」
「そりゃ残念。一度くらいは見てみたいんですけどね、どんな盾だったのか」
「お断りだ。今の私がこんなに魅力的で可愛いのに、過去の私なんてどうでもいいだろ?」
「ははは、自分で言いますか」
「まあ、真実だからな」
そして二人で笑った。なんだか、今回の出来事で少しだけ絆が深まったような気がして嬉しかった。
「そうだわ、盾の姿と言えば、アンタのレプリカがジュラルの城に飾られてるって噂、あれ本当なの?」
不意にパイクさんからもたらされた情報に驚く。
「えっ、そうなんですか?」
「あー‥‥‥昔はあったな、今はどうかしらんけど」
バツが悪そうな、少し照れ臭いような、何とも言えない表情のイジッテちゃん。
「城に飾られるってことは、本当に国宝レベルだったんですね」
「信じてなかったのか?」
「いや、そうじゃないですけど、より信憑性が増したというか」
「じゃあもう少し敬え、私をおんぶするのだ」
「それとこれとは別です」
「ていやっ」
尻を軽くけられたけど、なんかそれすらもう日常だ。
まだ出会ってから数日しか経っていないというのに、まるでずっと昔から知っていたような気さえする。
なんだろ、家族……とも違うし、友達とも違うし……ああ、そうか、この感じは――――
「ハイヨーーーーー!!!!」
突然背後から力強い声が聞こえたと思ったら、同時に地鳴りのような馬の足音が近づいてきた。
馬だ。足音の大きさからして10頭くらいは居るのかと思ったが違う。
でかい。とにかくひたすらデカイ馬が一頭と、その後ろに普通の馬が二頭の三頭だ。
その三頭が、きれいに三角形を作るように走りながらこちらに近づいてくる。
「なんだ?」
後ろから、つまりさっきまでいたグラウの村の方から来たということに警戒の気持ちが沸きあがる。
ムンセさんが戻ってきたとは考えづらいが、別の部隊が攻めてきたという可能性もゼロではない。
グラウの村をすっ飛ばして、そう遠くないキテンの街を村ってきたというのも全く考えられない話ではない。
イジッテちゃんも何かを察したのか、僕の前に立ちいざという時に備える。
だが、その懸念はすぐに消え去った。
凄い速さで近づいてきたそれは、どう見ても……ジュラル軍だった。
先頭の馬が大きくて見え辛かったが、後ろの一騎がジュラル軍の旗を掲げているし、何よりも先頭の大きな馬に乗っていたその人を、見間違えるはずもない。
「どーーーう!!どうどう!!」
強く手綱を引かれ、急停止する馬。僕らの目の前で止まったその馬は近くで見るとさらに大きく、頭の位置が僕の二倍くらい高い気がする。
そして、その馬に乗っていたのは―――
「やあやあやあ!!そこ行く少年よ!!
「「テンジンザ!!!テンジンザ・バリザード!!」
後ろの二人が大声で名を叫ぶ。
前向上を自分で言って、名前そのものは部下に叫ばせるというこのスタイル、間違いない。
この国に住んでて知らない人間は1人も居ない。
その常人の二倍はあろうかという大きな体躯。金色の長いもじゃもじゃヘアーと、胸元まで伸びる長い髭を風になびかせ、無骨、豪快という言葉を人間の形にしたらこうなるだろうと言われるその顔と立ち居振る舞い。
間違いない、ジュラルの英雄・テンジンザ様だ!!
「その顔、その顔だ少年!英雄を見る目だ!やはり知っていたな!儂のことを!」
「そ、それはもう!テンジンザ様と言えば、当時まだ10代だったにもかかわらず、30年前のガイザとの戦争を終結させる活躍をしたというこの国始まっての天才剣士であり、その後もこの国の発展に尽力してきた英雄ですから!」
さほど国に対する思い入れの無い自分でさえも恐縮してしまうくらいの大有名人だ。
パイクさんは、かつての敵だという認識なのか、少し苦い顔をしている。
イジッテちゃんは……あれ、いつの間にか僕の後ろに隠れてる。まあ、昔はいろいろ大変だったらしいから、軍とは距離を置きたいのかもしれないな。
「では少年!ひとつ聞こう!グラウの村を助けたという冒険者は君たちだな!?」
「あっ、えーと、それは……」
しまったな、まさかこんなにすぐに軍が駆けつけるとは思わなかった。いろいろ事情聴かれたりすると割と面倒だな……最終的な解決の仕方もアレだったし…。
「ははは、謙遜か!?村の人たちから話は聞いている。少年と、色っぽいお姉さんと、可愛い女の子だと言っていた。まさに君たちじゃないか」
こんなことなら村の人たちに口止めしておけばよかったなー。
「いや、そんな組み合わせはわりとあるんじゃないですかね?」
「ふむ、確かにそうかもしれん。だが、ちょうど村からキテンの街へ向かう途中の道にちょうどその組み合わせの3人が居たら、それは偶然というには無理があると思わんか?」
ぐむむ、セッタ君が人間型になっていれば言い訳出来たかもしれないのに。とはいえ今更、目の前で変わってもらうわけにもいかない。
「そ、それにしても、どうしてテンジンザ様ほどのお方がこんな僻地に?」
強引に話を変える。
けど、気になっていたのも事実だ。
確かに街から軍に救援要請は出したもらったけど、あまりにも早すぎるし、テンジンザ様のような大物が駆けつけるような事件ではない。
いやまあ、結果的には隣国からの侵略なので大事件だが、要請した時点ではただ小さな村がモンスターに襲われた、という案件のはずだ。
「なに、なんてことはない。この近くの山で軍の山岳訓練があってな。ちょうど近くまで来ていたところに魔法通信で連絡が入ったのだ。すぐに駆け付けたが、まさかもう解決しておるとはな!ふはははは!!村の者たちに話を聞けば、たった3人の冒険者が助けてくれたというので、どんな達人かと会いたくなって探していたのだ!しかし――――」
じーーーーっと僕の目を見つめるテンジンザ様。うっ、凄い眼力だ。すべてを見透かされるようで少し怖い。
「――――こう言っては失礼だが、少年はそれほど腕が立つようには見えんな?まあ、わが国には「達人ほど日常はナマクラである」などということわざもあるが……そういうタイプにも見えぬ。一体、どのようにしてあの町を救ったのだ?」
拷問モドキで……とはさすがに言いづらい。
「それはその、いわゆる、秘伝の技と言いますか。門外不出の方法でして、いかにテンジンザ様とはいえ、そう簡単にお教えするわけには……」
「ほほう!!門外不出の秘伝の技!!!それは気になる!!気になるが……それを聞き出すのは武人としての礼儀に反するものだ…!一子相伝の技、それを知る資格があるのは継いだ者のみであろうな!」
一子相伝とは言ってなかったけど、いい感じに解釈してくれて助かった。
……と思った次の瞬間、今まで後ろに控えていた部下の1人がテンジンザ様に耳打ちをした。
後ろの二人は、テンジンザ様の側近であり、左右の大剣と呼ばれるオーサとタニー。二人ともまだ若いイケメンで、女性のファンも多いが、当然剣の腕も常人のそれではない。ズルい。強くてイケメンとかズルい。
その一人、オーサの言葉に耳を傾けたテンジンザ様が、再び僕に視線を向けた。
「すまぬな少年、このまま帰ってよいという訳にはいかないようだ」
「えっ?なんでですか突然」
「聞いた話によると、グラウ村を襲ったのはガイザ軍だという話があってな。もしそうだとすれば、これは国家間を揺るがす大問題だ。そんな大事件にかかわった少年から、何も事情を聴かぬわけにはいかぬ……と、こやつが言うのでな」
テンジンザ様は親指でオーサを指さす。
そしてオーサは、というかタニーも、僕を睨んでいる。
そりゃまあそうだ。どう考えてもたいして強くなさそうなこんな僕が、戦争を仕掛けてきたガイザ軍を追い返したなんて、そんなのどう考えてもおかしい。
実際は、伝説の盾×2と伝説の矛の活躍があってこそなのだけど、それを説明するわけにはいかないし……どうしたらいいんだ?
適当な嘘を言うのは簡単だけど、どうにも見破られそうなんだよなぁこの人には。
脳をフル回転させて上手い言い訳を考えている僕に、テンジンザ様は意外な言葉をかけてきた。
「ところで少年、先ほどから気になっていたのだが、君の後ろにいる少女を紹介してはくれないか?」
「へっ?」
後ろにって……ああ、イジッテちゃんか。さっきからずっと僕の背中に重なるように隠れているな。
「どうしてです?ただの女の子ですよ。テンジンザ様は生粋の熟女好きだと聞いてますけど」
全国民の周知の事実、熟女好き。有名人も大変だ。
だが、その目は僕の冗談すら意に介さず、鋭さを保ったまま背後に、イジッテちゃんに向けられていた。
やばい。
理由はわからないけど、予感がした。
テンジンザ様とイジッテちゃんを会わせてはいけない。そんな言葉がまるで予言のように脳内に浮かんでくる。
「すいません、この子はちょっと恥ずかしがり屋というか、昔色々あって知らない人が怖いんです。勘弁していただけませんか?」
「ならぬ。なに、少し顔を見るだけだ。近づきもせぬ。それなら構わんだろう。その子の顔を見せてくれ」
……これはダメだ。どんなにそれらしい理由を並べようとも、絶対に顔を見るまでは引かないとわかる。
「しかし、その……」
「何か、見せられぬ理由でもあるのか?」
「いや、ですからその…」
口ごもっている僕に、オーサとタニーが剣を突き付ける。
「テンジンザ様が申しておるのだ。なぜ見せぬ?」
「まさか、どこぞから誘拐してきた子ではあるまいな?」
「そうなのか?だから見せられぬと、そういうことなのか少年?」
3人に詰め寄られ、言葉が出ない。
逃げる……いや駄目だ、こちとら徒歩で向こうは馬だ。逃げ切れるはずが無い。
なによりも、逃げたらそれこそ本当に誘拐でもしたと思われても仕方ない。
どうすれば、どうすれば……。
「いいよコルス。すまないね、変な気を使わせて」
イジッテちゃんが言葉と共に、僕の背中から出てきて、前に立つ。
それはさながら――――僕を守る盾であるように。
イジッテちゃんの顔をじっと見つめる3人の騎士。
オーサとタニーは何も反応せずイジッテちゃんを普通の少女だと認識したようだ。
「テンジンザ様、特に不審なところはありませんね……テンジンザ様?」
「テンジンザ様!?どうされました!?」
しかし、テンジンザ様は……震えていた。
馬上から滑り落ちそうなほどに体を斜めに崩し、大きな手で顔を覆いながら震えていたのだ。
そして―――
「ふ、ふふふふ、ふはははははは!!」
――――笑った。
「久しい、久しいなイージス……!やっと見つけたぞ、愛する我が盾よ!!」
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