第14話

「あなたたち、考え直した方が良いわよ」

 アンネさん、そりゃあんまりですよ?


 翌日、ともかく何をするにもお金を稼がないとならないので、またクエスト探しにアンネさんの店に来た。

 そして、僕の後ろに2人増えているのを見たアンネさんのセリフが冒頭のそれだ。


「イジちゃんだけでも心配なのに、こんな いたいけな少年と、バリバリ欲望の対象になりそうな色っぽい女性……ああ、ただれてしまうわ!コルスくんの精神がただれてしまうわ!今でもだいぶアレなのに!!」

 うん?うん……うん?アンネさん?ちょっとアンネさん?

 っていうか、イジッテちゃんのことイジちゃんって呼んでるんですね。僕の知らない間に二人の間に何があったんですか本当に。

「……イジッテちゃん、またお願い出来ますか?」

 二人のことを上手く説明できる自信が無いので、またイジッテちゃんに上手くやってもらおう。

「よし、ではお前ら全員一旦外へ出ろ」

 これが不安なんだよな……なんで聞かせてくれないのさ。

 とは言え、結果としてイジッテちゃんを連れて来た時は上手く行った(?)ので、もう一度任せてみる。

 矛さん改めパイクさんは「なんで出なきゃいけないの?」と不満たらたらだったが、なんとかなだめてセッタと僕と3人で一旦外へ出た。

 そして、そのまま外でモンスターの名前しりとりをしつつ待ち、パイクさんが二連敗したタイミングでイジッテちゃんが店から出てきた。

「どうでした?」

 その問いかけに、唇の片方を釣り上げニヤリと笑い、グッと親指を立てるイジッテちゃん。どうやら上手くいったようだけど……どうなっているのか不安でもある。

 中に入ってみると……すっごいニヤニヤしてるんですけど!?アンネさんなんかすっごいニヤニヤしてるんですけど!

「いやぁ~~~~~~コルス君がねぇ、まさかまさか。その二人とそんなことになってるなんて、お姉さんビックリしちゃったわよ~~」

 なんかいつもとノリが違いますよアンネさん?

「あーーーでもいいの!!良いの!お姉さんそういうの理解ある方だから!!むしろちょっと好きなくらいだから!!だから良いの!!いやぁ~~~~~そう、そうなのねー!たっはーーー!!まいっちゃったわねこれは!!」

 ……どんな説明をしたんですかイジッテちゃん……僕ら3人が視線で説明を求めても、ニヤリと親指立てを続けるのみのイジッテちゃんでした。

 怖い、イジッテちゃんの人心掌握術がちょっと怖くなってきたよ!!!


 まあでも、なんか納得してるみたいだし今更別の説明をし直すのも面倒なので、とりあえず良しとする僕らなのだった。



 クエストボードで丁度いいクエストを探す僕の後ろで、矛盾コンビは物珍しそうに店の中を見回っている。

 2人が現役だった頃とは品揃えも違うだろうし、そもそも国が違うので見たことないアイテムも多いのだろう。なんだかとても楽しそうだ。

「どうだ?なんか良い依頼はあったか?」

 アンネさんと何かしらの会話をしていたイジッテちゃんがいつの間にか僕の背後にいた。

「うーん、なかなか難しいですね。僕の理想としては、女の子とイチャイチャして大金がもらえる仕事なんですけど」

「怪しめよ?そんな仕事が実際にあったら絶対に怪しめよ?」

「夢は捨てない、それが僕の生き方です」

「はき違えるな、それは夢じゃない、欲望だ」

 そんな会話をしつつも探すが、これだ、というクエストには出会えない。

「仕方ない、報酬は安くても確実に出来そうな依頼を数こなすしか―――――」

 ―――――……!?

 突然店内に響いた大きな音に、全員が店の入り口に視線を向ける。


 そこには、8歳くらいの小さな女の子がドアにもたれかかるように立っていた。


 先ほどの大きな音は、もう立っているのも辛いのか、ドアに思い切り体重をかけた音だったのだろう。

 麻布で出来たワンピースは所々破れていて、あちこちに土の汚れが付いている。

 顔や腕、足にも多くの傷があり、ただ事ではない様子が見て取れる。


 女の子は泣きそうな顔で辺りを見回し、アンネさんの元へ少しふらつきながら駆け寄る。

「あの、依頼、依頼を出したいの!!私の村を助けてほしいの!!」



 アンネさんと一緒に話を聞くと、女の子の名前はポームル。

 ここからそう遠くない村・グラウに住んでいるのだが、その村がモンスターの大群に襲われたのだという。

 グラウにも一応 警備の兵も居たが全く歯が立たず、あっという間に村は壊滅状態になったらしい。

 ポームルは両親とはぐれて兵士の一人と町の外へ逃げようとしたが、そこでモンスターに襲われたのだとか。兵士はモンスターを足止めしてる間にポームルにこの町へ逃げて助けを呼ぶように言った……というのがあらましだ。


「おねがい、はやく!はやくみんなを助けて!」

 泣きながらアンネさんに頼み込むポールムに、アンネさんは困り顔だ。

「待って、依頼を出すことは出来るけど、村全体を救う程の依頼となるとかなりの難易度になるわ。そう簡単に受けてくれる人は見つからないだろうし、見つかったとしても報酬もかなり高くしないと……冒険者に頼むより、ジェラル軍に救援要請した方が良いかもしれないわ」

 アンネさんもそんなことは言いたくないだろうけど、なんでもかんでも依頼を受け付けるわけにもいかない。

 依頼を受け付ける立場にも責任が必要なのだ。

 もちろん、報酬は依頼主が決めるものなので、安い金額で依頼を出すことも出来る。しかしそれでは人が集まりにくいのも現実だ。

「誰でも良いから、村を助けて!!お父さんお母さんを助けて!その、軍って言うのにお願いしたらすぐ来てくれるの?」

「いえ、その……軍は王都から派遣されるから、早くても2日……3日はかかるかも……けど、軍ならお金は必要無いし、確実よ。だから、そうしましょう?」

「そんな……そんなに時間が経ったら、みんな死んじゃう……!お願い、今すぐ依頼を出させて!お願い!」

 必死な子供の姿に、考え込むアンネさん。

「……わかったわ、ただし、依頼に嘘は書けない。これは絶対的な決まりなの。報酬はいくら出せますか?」

「お金、お金はあるの!お小遣い貰ったばっかりだったから!!ほら!!」

 ポームルがポケットから出したお金は、どう考えても依頼内容に見合わない、本当に子供のお小遣いでしかない金額のコインと、そこに交じる何枚かのおもちゃのコインだった。

 それを見たアンネさんは、深く息を吐き―――

「……わかったわ、じゃあ、これでお願いしましょうね」

 そう言葉をかけるとアンネさんはチラリと店の奥にある金庫に目を向けた。

 あーあもう……しゃーないなぁ……。


 僕は女の子……ポールムちゃんに近寄り、その手に持っていたおもちゃのコインを一枚だけ受け取った。

「あっ、な、なにするの!?」


「うん、これで良いや。その依頼、このコインで僕が引き受けた!」


「ほ、ホント!?お兄ちゃんが依頼受けてくれるの!?」

 ポールムちゃんは瞳を輝かせて笑顔を見せた。

「おう、この勇者コルスに任せなさい!だから、安心して少し休みな。疲れただろう?」

「うん、うん!お願いね、お願いねお兄ちゃん!ううん、勇者様!勇者……様……」

 僕が肩に手を置いてあげると、安心して気が抜けたのか、ポールムちゃんは床に座り込んで、そのまま気を失うように眠ってしまった。

 その足は、何度も転んだような痣と傷だらけで、どれだけ必死にここまで走ってきたのかと胸が痛くなった。

「――――アンネさん。ちょっとこの子をどこか温かい場所に寝かせてあげてください」

「それは良いけど……コルスくん、大丈夫なの?」

「っていうかアンネさん?さっき、この子の為に自分で報酬金を出してあげようって思ってたでしょ」

 金庫に目を向けたのは、きっと中の金額で依頼に見合う報酬額がまかなえるか考えていたのだろう」

「だって……そうでもしないと……」

「大丈夫です。僕が引き受けましたから。……とは言え、僕一人で全部解決できるかわからないので、軍にも救援要請出して貰えますか? 

 軍が来るまでの数日、出来る限りの事はしておきますから」

「――――わかったわ。すぐに連絡してくる!」

 言うやいなや、アンネさんは店の外へと駆け出して行った。軍への連絡は、街の役所を通じて行う決まりだからだ。


「あっ、ちょっと、ポールムちゃんどこに寝かせたら……って、もう見えない。足早いですねアンネさん……」

 アンネさんが居なくなった店内で、ひとまずポールムちゃん抱き上げた僕の背後に、いつの間にかイジッテちゃん、セッタくん、パイクさんの3人が立っていた。

「良いのか?こんな大変な依頼受けちゃって」

「まあ――――しゃーないですよね」

「簡単でもない、お金も貰えない。そんな依頼をどうして受ける気になったの?」


「どうしてってそりゃあ……僕、一応勇者ですから。

 目の前で泣いてる子供を助けない。そんな勇者はこの世にいませんよ」


 僕はまだ駆け出しだけど、勇者を名乗るからには譲れないものがある。

 これは、その最たるものの一つだ。


「ほっほっほ、なかなかの男の子……いや、男じゃな、コルス殿」

「そうね、ただの変態じゃないって判って良かったわ。ふふっ」

 あれ、なんか褒められた。

 勇者を名乗るからには、当然の事だと思うのだけど。

 そんな覚悟も無く勇者を名乗る人間が居るの?


「ま、アレだ。伝説の盾の所有者としては、当然だな。まだまだ最低限だけどな!」


 言いながら、僕の背中をバンバン叩くイジッテちゃん。

 手も普通に盾の一部なので硬くて、背骨に当たるとちょっと痛い。

 でもなんか、痛いからやめて、とは言わない方が良さそうだ。

 だって、なんだか嬉しそうなんだもんなー。


「よし、じゃあ行くか!勇者として、村を救ってやろうじゃないか!」

「おー」

「久しぶりに暴れられそうね♪」

 イジッテちゃんの言葉に応えて、やる気を見せるセッタくんとパイクさん。


 ……いやあの、そういう掛け声、勇者にやらせてもらえませんか!?

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