第11話

「街……街だわ……人がたくさんいる、モンスターじゃなくて人が…!」

「何十年ぶりかのぅ。こうしてまともに街を見るのは」


 矛のお姉さんはキテンの街の入り口の前で、膝をつき感涙し、盾の老少年はまた遠い目をしている。


 とにかく早く洞窟を出たい、という二人に、出ても良いけど帰還の羽が無いという話をしたところ、モンスターたちがアイテム類をしまっている隠し部屋の存在を知っていた矛盾の二人の話をもとに探し、いくつかの回復アイテムと帰還の羽を見つける事が出来た。

 ついでに言うと、あの宝箱はほぼ全部空箱を積んでいるだけで、いわゆるお宝は別の洞窟に全部隠してあるという話も聞いていたそうだ。

 ……凄い無駄足だったじゃん僕らのやってたこと……。

 矛と盾はなぜそっちのお宝洞窟に移してなかったのかはモンスターたちに聞いてみないとわからないが、今となっては知る由もない。全滅させちゃったからね。

 まあ、当時はジュラルとガイザの軍が必死になって色々な場所を探していただろうから、下手に移動させるよりも洞窟の奥底に隠しておいて方が安全だと思ったのかもしれない。そして、そのまま年月とともに忘れていたのかもしれない。想像するしかないけど、まあだいだいそんなところだろう。


 それはともかく……

「あの、街の前で感動するのそろそろ良いですかね……?みんな見てるんで…」

 老少年はともかく、お姉さんがガチ泣きを始めているのでさすがに目立つ。

 あーこれもうまた僕の変な噂が立つやつだよー。ただでさえ白い目で見られがちなのに。

 いやまあ、最初に僕の悪評が広まったきっかけは、街をあげての収穫祭で一芸披露大会があって、そこで僕が公衆の面前で脱衣ボンバーやったからなのだけども。

 ウケたのになー、あれウケたのに次の日から女性陣の視線が刺してくるったらなかったよ!

 男の人はわりと、宴会があると呼んでくれたりしたけども。

 いやぁ、難しいですね。

「なんかろくでもないこと思い出してる顔だなおい」

 イジッテちゃん鋭い。

 そうこうしてるうちに立ち上がって少し落ち着いた様子の矛さん。

「ごめんなさいね、ちょっと感極まっちゃって。これからどうするの?」

「そうですね……とりあえず、クエストの報酬貰って宿屋ですかねー」

 本当は風俗にも立ち寄りたいところだけど、初対面のお姉さんの前ではちょっと気が引ける。

 イジッテちゃんが、「私の時はなんの気兼ねも無く風俗行こうとしたよな?なんなら誘ったよな!?」っていう目で見て来てる気配を感じるが、気にしない事とする。

「宿か……しかし、4人分となれば宿代も高くつくのではないかのぅ?」

 あ、そうか。確かに老少年の言う通りだ。

 4人だと……今回のクエスト報酬で1泊がギリギリだろう。

 そうなると、明日また新しいクエストを受けるしかないが、今の自分に出来るクエストレベルで貰える報酬を考えると、自転車操業というか……日々の宿代で精いっぱいだ。

「仕方ないわね。宿に泊まる時はアタシたちは武具の姿に戻っておくわ。そうすれば荷物として持ち込めるでしょう?」

 えっ……?

「そんなことが……出来るんですか?」

「出来るわよ」

「うむ、出来るのぅ」

「出来るぞ」

 ……矛さんと、盾さんと……イジッテちゃんに肯定された。

「…………イジッテちゃん?イジッテちゃんも出来るの?」

「当然だろう、この二人に出来て私に出来ない道理があるか」

「いや、だって、え?」

 急に頭がクラクラしてきたよ?

「二人分の宿代が足りないからクエストでお金を稼ごうっていう流れでしたよね?」

「そうだが?」

「でも、盾に戻れるんですよね?」

「そうだが?」

「……だったら宿代は一人分で良かったってことですよね?」

「違うが?」

「それならこんな苦労してクエスト行かなくても―――――違うの!?」

「うん、違う」

 表情を全く変えずに否定してくるイジッテちゃん。え?どういうこと?

「どう違うの?」

「盾には戻れるが戻りたくない。私はこの姿で生きていくと決めたんだ」

「そうは言っても先立つものが無い時くらいは……」

 そこで、自分の口は言葉を発するのをやめた。

 イジッテちゃんの顔に、ほんの少しのおふざけすら滲んでいなかったのに気づいたからだ。

 今日一日だけでも、僕をからかうような言動や、困らせるような態度を見せたことは多くあった。でもそれは、僕の反応を楽しんでいるような、どこか親しみ……というか、友達とふざけてるような感覚があった。


 でも、この表情はそうじゃない。


 明確な、拒否だ。


「さ、こんなところで無駄話してないで、さっさとアンネさんの店に報酬を受け取りに行くぞー」

 ぱっ、と笑顔を作って歩を進めるイジッテちゃん。

 しかしそれは、先ほどまでつぼみだった花が突然咲いたような違和感を伴った。

「イジッテちゃん、ちょっ……」

 待って、とイジッテちゃんの背中に伸ばそうとした手を、老少年がそっと掴んで止める。

「あなたはまだ、彼女の過去を受け入れるだけの絆を結べておらんよ……勝手な事を言うようじゃが、もう少し見守ってやってくれんかの……いつか、その時が来たら……きっと彼女が全てを語る日もくるじゃろうて」

 何か言葉を返そうと思うのだけど、その貫禄と言葉に込められた情の重さを感じて、上手く言葉にならない。

 少しの逡巡の後、僕は言葉の代わりに大きなため息を吐きだした。

「……いつか、ですか。その日まで、僕は二人分の宿代を払い続けなきゃならないと?」

 すると僕の頭を、矛の人がくしゃくしゃっと撫でた。

「そのくらいの甲斐性が無くてどうするのよ?アンタは、曲がりなりにも私のライバルかつ、伝説でもある あのイージスの盾の所有者なのよ。頑張れ勇者くん♪」


 なんか、自分が思ってたよりだいぶ大変なことに巻き込まれているような気がする……ま、でも良いか。これはこれで、実に勇者らしい。


 これくらいの困難、乗り越えて見せるぜ!!

 二人分の宿代という困難をな!!!


 ――――――あれ、勇者にしてはスケール小さくない?

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