第10話

「やれやれ、また始まってしもうたのぅ」

 矛の人とイジッテちゃんが睨み合いしているのを所在無く見ていた僕の後ろから、突然声が聞こえた。

「あやつらは昔からああなのじゃ、困ったもんじゃ」

 その老人のような喋り方に驚いて後ろを向くと――――――そこには、少年があぐらをかいて座っていた。

 えっ!?いつの間に!?あたりに人の気配なんて全然……その瞬間、気づいた。

 矛の隣にあった盾が無くなってる。そして、代わりにその場所に少年がいる……… まだ全身に子供らしい丸みを残した身体、縁の髪はその一部が青く染まっていて、それがまるで矛の人と同じように龍を思わせた。服は……なんだろう、これも矛の人と似た雰囲気の民族服だが、全体的にダボっとした大きめの服だ。

 ……印象的に、似ている。さっき見た盾に。

 つまりこれは……

「あのー……あなたは、盾ですか?それとも人間ですか?」

「ほっほっほ、どっちだと思うのじゃ?」

 質問を質問で返されたー!うわー嫌だなぁ。凄くいやだなぁこの老人少年。

 まあ待て、落ち着こう。冷静に冷静に。

「えーと、盾だと思います」

「…………………せいかーい♪」

 あっ殴りたい!!でも少年を殴るのは気が引ける!!とは言え盾だし殴っても良いかな?たぶん本当は長生きだし!喋り方老人だし!じゃあ殴っても良いかな!?でもなー見た目少年だしなー!

 っていうか、そもそも初対面の相手を殴るほど、僕は傍若無人ではないという現実が立ちふさがる。

「あの二人はな、昔からライバル同士だったんじゃ」

 頭を抱える僕の横で、突然語り始める老人少年。

 雰囲気的に昔語りがよく似合う。

「かつて、ワシと矛の彼女は、この国ジュラルと戦争を繰り広げていた隣国ガイザにその人ありと謳われた大将軍の武具であった。そしてイージスは、その大将軍と数多の死闘を繰り広げたジュラルの騎士団長の手にあった。その頃からの因縁じゃよ」

「ジュラルとガイザの戦争って……もう30年近く前のことですけど……」

「そうか、もうそんなに時は過ぎておったか……幾百の歴史を越えて来たワシらにとってはつい先日のようだが、さぞ世の中は変化したであろうな」

 過ぎた日々を懐かしむような瞳。

 喋り方こそ老人だが、その外見は少年の若々しさを残しているこの存在の中に、長い長い時間が流れているのだと感じさせるには充分だった。

「いつからここにいるのですか?」

「いつから……じゃったかのぅ。2、3年前だったと思うが……長年宮殿の宝物庫に眠っていたのじゃが、急にどこぞへと運ばれることになってな、その途中でここのモンスターたちに奪われて、そのままじゃ」

 2、3年前……ああ、そう言えば、勢いを増してきた魔王軍への対抗手段として、二国間の連携を強めよう、という話があったな。

 んで、その一環としてお互いの国から国宝を一つ相手国へと預けることになったんだけど、ガイザの国宝がガイザ軍によって運ばれてくる途中で、国宝がモンスターに奪われたとかで大騒ぎになった事件があった。

 我らがジュラル国王様は「渡すのが惜しくなって、そのような嘘でごまかしたのだ!」と激怒し、ガイザ王はガイザ王で、「モンスターの襲撃に見せかけて奪い、そのまま自分のものにしようとしたのだろう!」と激怒した。

 あの時は、また戦争になるのかとヒヤヒヤしたもんだけど、魔王軍との戦いでそれどころじゃないってことで何とか戦争は回避出来たんだ。

「あ、もしかしてあの時奪われた国宝っていうのが……」

「うむ、ワシらじゃろうなぁ」

 それはまた、不運な事で。

「でも、そうやって人間の姿になれるのでしょう?逃げ出そうとは思わなかったんですか?」

「イージスから聴いておらんのか?わしらは所詮武具。自らの意思で場所を移動することは出来ないのじゃ。所有者と共に移動しない限りはな。略奪もまた「所有」の一種じゃからのぅ」

 そういえば、確かにイジッテちゃんもそんなこと言ってた気がする。

「でも、歩くことは出来るんでしょう?」

「そうさな、じゃがな……なんというか、口が通れないのじゃ」

「――――口?」

「そうじゃ、入口、出口、出入り口。そう名の付く場所は通れん。難儀じゃろ?何をもってして入口や出口と言うのかはワシらも詳しく分からんのじゃが、少なくともこのような洞窟に入れられては、確実に「洞窟の出入口」は通れんよ」

 そういうものなのか、ややこしい。

「でもその理屈だと、外……例えば草原とかに置いてかれたら、だいぶ自由に動けるのでは?」

「確かに外なら行動範囲は広い。しかし、街の入り口は入れんし、草原と森がハッキリと区切られているような場所の場合、そこは「森の入り口」もしくは「草原の出口」となる。そうそう自由には動けんよ」

「なんでそんな面倒なことに……」

「そうさなぁ……まあ、ワシらはそこに存在するだけで戦況を大きく変える可能性すらある、そういう「伝説の武具」じゃからな。自らの意思であっちへこっちへと行かれては困るのじゃろうて」

「困るって……誰がです?」


「――――――神様、とかかのぅ」


 盾の人はそう言うと、天井を……いや、天を見つめた。

 僕もつられて上を見上げる。


 神様か……そんなものが本当にいるのなら、僕は―――――


「じゃあ今から勝負いたしましょうか!?今度は絶対にアタシの勝ちですけど!!」

「はぁぁぁぁぁぁぁ????なんでお前が勝つんだよこの矛女!勝つわけねーだろばーかばーか!ババア―!」

「アンタの方がよっぽどババアでしょうがーーー!!!」


 ……あなたたち、まだ喧嘩してたんですか?

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