第9話

 鉄格子の向こうは曲がりくねった通路になっていて、外の光は僅かにも届かない。

 真っ暗なこと以外は、壁も天井もさっきまで居た場所と特に変わらない土の洞窟だ。

 光魔法アンドンを唱えつつ、僕とイジッテちゃんは奥へと進む。

「あの……イジッテちゃん?」

「なんだ」

「……なんで僕が前を歩いてるんですかね?」

「私がか弱い幼女だからだな」

「いや盾ですよね!?盾は前に構えたいんですけど!」

「正論を言うな!!」

「なんで今怒られたんですか!?」

 そんなやりとりをしつつも、渋々前に出てくれるイジッテちゃん。

「仕方ない、何らかの罠でお前が死んだら私はまたこんな洞窟の中から移動できなくなるからな」

 ただ、背中のファスナーを開けて持たせてはくれない。

 よほどさっきの事を根に持っているのだろう。いやまあ、そりゃそうだろうけど。僕がイジッテちゃんの立場でも絶対やだし。

 とは言え、イジッテちゃんは背が低いので顔面に何か飛んで来たらアウトだ。しかしこれは、僕が身を屈めて後を付いて行けば解決するので、それで良しとしよう。

 不自然な中腰で腰痛の心配をしつつしばらく歩くと―――――再び鉄格子が現れた。

 鉄格子の向こうには、ただ壁を掘って窪みを作ったような、ベンチでも一つ置いたらもう立つ場所もない、というくらいの狭い空間。


 そしてその鉄格子で守られた空間の壁には―――――盾と、矛が立てかけられていた。


「どうやら、モンスターたちはこれを後生大事にしまい込んでたみたいですね」

 ここに至るまでの通路にも、そして鉄格子の向こうにも何もない、完全に行き止まりにこの盾と矛がある。

 これを守っていた……もしくは隠していたと考えるのが妥当だろう。

「何か、貴重なモノなんですかね?だいぶ古い盾と矛みたいですけど……」

 盾はシンプルな五角形だが少し表面に丸みがあり、相手の攻撃を受け止めるよりも逸らすのが得意そうだ。縁の部分に絵が彫られているが……これはドラゴンだろうか、頭があり丸みのある胴体に尻尾が付いている西洋のドラゴンではなく、蛇を大きくしたような空を飛ぶ東洋のドラゴン……龍、だったかな?

 矛も柄の部分に龍が彫られている。切れ味の鋭そうな刃のすぐ下には、ふわっとした長い毛のようなものが付いている。昔何かの本で、あれは槍纓(そうえい)と言い、鳥の毛などで作られていて、刃先から持ち手に血が垂れてこないようについているのだという話を読んだことがある。

 盾と矛、どちらの装飾も立派で、かなり良いものだろうと一目見て伝わってくる。

 それに、使い込まれた傷や汚れによって、だいぶ昔に作られ数々の戦場を渡り歩いてきたのだろうと思わせる威厳のようなものを感じる。

 武器屋というよりも、博物館や美術館に飾ってあっても不思議では無いような印象さえ受ける程だ。

「こんなものがなんでこんなところに?」

 誰かが運搬してる途中でモンスターたちが盗んだんだろうか。

 ただ、価値の有る無しをモンスターが判断できるとも思えないので、わざわざこれを、鉄格子まで作って通路の奥に隠しておいたのは一体どういう意味があるのだろうか……。

「イジッテちゃん、どう思います?この盾と矛―――」

 問いかけながらイジッテちゃんの顔を覗き込むと……え、なんですかその顔。

「はぁ~~~~~~~~~~~~………」

 この世の全ての憂鬱を口から吐き出すような深いため息を吐くイジッテちゃんの表情を言語化すると……「うんざり」だろうか。

「うんざりー…」

 声に出したので間違いなさそうだ。

「どうしたんですか?この矛と盾のこと、何か知ってるんですか?」

「イヤ、何モ知ラナイ。モウ 帰ロウ」

 突然の無表情&棒読みである。

 そして背を向けて本当に帰ろうとするイジッテちゃん。

「いや、あの、ちょっとま……」

「ちょっとお待ちなさーーーい!!」

 洞窟の壁に反射するような、少し低めの女性の声。

 慌てて辺りを見回すが、どこにも人の姿はない。

 とっさに剣と盾を構えて、辺りを警戒ーーーーって盾ーーー!!

「イジッテちゃん!もどっ、戻って来て!盾!!盾が先に帰らないで!!イジッテちゃん!!」

 慌てて追いかけて手を掴み、声のした方に目を向けた瞬間――――


 鉄格子の向こうにあった矛が、宙に浮いていた。


「……は?」


 あまりの出来事に間抜けな声を上げるしかない僕の目の前で、矛はその刃を上に向け縦になって浮いていたかと思うと、突然光りながらぐるぐると回転を始めた。


「なんか起こってる!!!人知を超えた何か!!ほら見てイジッテちゃん!!」


 しかし、イジッテちゃんは先ほどと同じ、うんざりーの顔だ。


 ……そう言えば、そもそもここに盾が人間になっている、という人知を超えまくった存在が居るのに、何を驚いているのだろう僕は。

 そう思ったら急に冷静さを取り戻してきた。

 盾が人になるんだから、矛が宙に浮くくらいなんだというのか。

 まあ、この矛も人間になるっていうならそれはビックリするかも知れないけど、さすがにそんなことは――――


「ふふふふふふふふふはー!!久しぶりねイージスの盾!!」


 ―――――なったーー!!!矛が人になったーー!!

 大人の女性だ!すらっとしていて背が高い!昔東洋の文献で見たドレスを着ている!!体のラインが出るぴったりとした、なんか足の横の部分に切れ目が入ってるドレス!

 袖が無い!寒そう!

 ドレスに、身体を這うようにドラゴンの絵が描いてある!格好良い!!

 髪が長い!そして一部が白い!アレだ!矛についてた槍纓(そうえい)がそのまま髪の毛になったみたいな感じだ!

 あと美人!!でも目つきが悪いから性格は悪そう!!


「誰の性格が悪そうなのよ!!」

「!?声に出てましたか!?」

「バリバリ出てたわよ!!途中まで褒めてたんだから最後まで褒めなさいよ!あと寒くは無いわよ!」

「なんで寒くないんですか!?」

「いや、それよりもっと疑問に思うことあるでしょ!?目の前で矛が人間に変わってんのよ!?」

「いやでも、ほらその……」

 僕は、まだうんざりーの顔をしているイジッテちゃんにチラリと視線を向ける。いつまでその顔してんすか。

「ああ、そう、そうね。そうよね」

 矛の人は、あっさりと納得したような表情を見せる。

 そう言えばさっき、イージスの盾がどうとか言っていた。そうだ、イージスの盾、それはつまりイジッテちゃんの事だ。正式名称を忘れるところだった。危ない、ギリ覚えてたぞ。

「久しぶりねイージス。何年ぶりかしら?」

 どう考えても昔の知り合いとかそういう関係性を思わせるその言葉に、イジッテちゃんは うんざりーの顔を満面の笑顔に変えて、こう答えた。


「どちらさまですか?」


 次の瞬間、達人の扱う矛の突きの如く鋭い蹴りが僕の横を通り過ぎたと思ったら、イジッテちゃんの笑顔を破壊するように顔面に直撃していた!


 だが、あの音だ。ガイーンだ。

 イジッテちゃんは何のダメージも無く、矛の人の鋭い蹴りを正面から受け止めて見せた。


「また私の勝ちか?」

「またですって?あなたが一度でも私に勝ったことなんて無いわよ!」


 えっと……どういうご関係ですか?

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