第5話

「聞き間違いですかね?」

「いいえ、違います」

「……聞き間違いですよね?」

「いいえ、違います」

「――――――ききま」「いいえ違います」

 3回目はだいぶ早めに否定された。

 とは言え、何回でも確認したくなるという物だろう、アンネさんが見立てたものにイジッテちゃんが自分の好みを入れこんで注文した服が、僕がいつも買っている布の服と革のズボンのセットの8倍の値段だと言われたのだから。

「ちょっ、ちょっと待ってくださいアンネさん。いくらなんでも高すぎませんか?」

「何を言ってるんですかコルス君!あなたがどれほどの覚悟であの子を預かっているのか、私は本当に感動したんです。だったら、着るものくらいちゃんとしたものを着せてあげるべきです!」

 アンネさんは泣きながら怒ってるみたいな顔をしている。その表情からは、譲るつもりはない、という強い決意が見えるようだ。

 本当にどんな話をしたんだイジッテちゃんは……。

「いやでも、そんなお金無いんですって。ただでさえカツカツでやりくりしてるのに」

「服はボンバーするのに?」

「ボンバー用の服は必要経費でしょう?」

「違うよ?」

「……違うんですか……?」

「なんでそんな驚いた顔してるの……」

「びっくりしたので」

「なんでびっくりしてるの…」

 しかし困った、これでは風俗どころか今晩泊まる宿代すら払えない。ただでさえ二人分で料金が倍になるのに。

 財布の中を覗いて考え込んでいる僕の肩をトントン、と叩いたアンネさんは、壁際のボードを指さした。

「あれ?クエストボードじゃないですか。置くようになったんですか?」

「要望が多かったからね、依頼する方からも受ける方からも」

「クエストボード?なんだそれは?」

 後ろで僕らの会話を見守ってたイジッテちゃんも会話に入ってくる。

 会計はしているが、服はまた注文しただけで、この後アンネさんがサイズを合わせて仕立てるので、イジッテちゃんの格好は出会ったときの白いワンピースのままだ。

 この服を別の服に変える、それだけなのに……腹の底から深いため息が漏れる。

「おい、聴いとるのか?クエストボードってなんだ!?」

「え?ああ、クエストボードってのは、その名の通りクエスト……簡単に言えば、報酬の伴う依頼を表示するボードです」

 大きな街では冒険者ギルドがあるのだけど、ギルドも慢性的な人手不足らしく、こういう小さな町まではギルドを置いてくれない。

 しかし、小さな町にだって困っていて助けて欲しい人たちは居る、けれどわざわざ大きな街まで依頼を出すのは手間がかかる、そこで、宿屋やここみたいなアイテムショップに依頼を表示するクエストボードを置いて、旅の途中で立ち寄った冒険者に解決してもらおう、という仕組みが出来上がったのだ。

「しかもね、これは優れものなのよ!同じ町の中なら全てのクエストボードが魔法で繋がっていて、一度依頼を出せば全部のクエストボードに表示されるから、見逃される可能性が低いのよ!……と言ってもまあ、この町には3か所しかボード無いから普通に依頼を貼って回ろうと思えばできるんだけどね」

「へー、ボードの設置にはある程度 国から補助金が出るとは聞いてましたけど、思い切りましたねぇ町長さん」

 何度か見かけたことはあるけど、そんなに羽振りが良さそうには見えなかったけどな?

「ええ、最近わりとこの町にくる冒険者さんが増えてね、それで色々と潤ってるみたいなの。ほら、知ってる?あの噂。この辺りの洞窟に、伝説の盾が眠ってるって話!」

「……あーーーー、なるほど……」

 ちらっとイジッテちゃんに視線を向けるが、物凄くすっとぼけた顔をしている。それはもうすっとぼけた顔だ。そんなにもか、と言うくらいにすっとぼけている。

 まあ、余計なことは言うまい。

 冒険者がたくさん来てこの町が潤うなら、それはそれで悪いことでは無いし。

 早速僕も、このクエストボードでその恩恵に預かろうではないですか。

「うーん……」

 ざっと目を通してみるが、なかなかちょうどいい依頼が無い。

「宴会を盛り上げてくれ、という依頼だったら脱衣ボンバーで一発なのにな…」

「わざわざ冒険者にそんな依頼するヤツどうかしとるぞ……」

 イジッテちゃんはすぐ正論を言う。

「お、コルスよ、これはどうだ?ドラゴンの卵を取ってきて欲しいんだとさ。服の料金どころか、一か月は宿に泊まれる報酬だぞ?」

「ドラゴンなんて見つかったら死にますよ。死ななくても逃げるのが精いっぱいで、割れやすい卵なんてとてもとても」

「そうか……ではこれはどうだ?近くの山に住み着いたグリズリーの群れを……」

「死にますね」

「……ではこれは?隣村に現れた大蛇を…」

「死にます」

「じゃ、じゃあ、街道に出没する山賊を……」

「死、あるのみ」

「―――――ならばどんな依頼なら出来るのだ!?」

 ことごとく提案を却下されて軽くキレ気味のイジッテちゃん。

 けど、事実だから仕方ない。そんな依頼死ぬに決まってる。

「どんなって言われても……正直僕そんなに強くないんですよ。まだまだ冒険者としては駆け出しというか、新米というか」

「そうなのか……」

「考えてもみてください、熟練の冒険者が洞窟の中で脱衣ボンバーとかやると思いますか?」

「新米冒険者こそやるな。慎重さを持て」

「確かに」

 僕は首がもげるくらい力強く頷いた。

「お前と話してると頭痛くなってくるな……なんでこんなやつに助けられたんだ私は……」

「運が悪かったですね」

「自分で言うなよ」

 そんな会話を繰り広げつつもクエストボードを見ていると、ひとつのクエストが目に入った。

「これは……これならイケるかな?」

 ボードに触れると、選んだクエストが大きく表示される。

「あ、それやるの?」

 アンネさんが後ろからのぞき込みながら声をかけてくる。

「それはねー、近くの農家さんからの依頼で、畑の近くの洞窟に住み込んだモンスターが畑を荒らして困ってるんだって。目撃されたのは皆、この辺りで普通に見かける低レベルのモンスターだったみたいだから、コルス君にもお手頃な依頼だと思うわよ?」

 なるほど、報酬は正直それほど多くはないけれど、とりあえず急場はしのげるしこの距離なら今日のうちに行って帰って来れるだろう。

「よし、じゃあこれに決ーめた」

 もう一度ボードをタッチすると「クエストを受けますか?」との文言が表示されるので、「はい」を選ぶ。これでクエストの受付は完了だ。

「はぁ~……便利な世の中になったもんだな……」

「お、実にロリババアらしい良いセリフですね」

 ガイン、と尻を蹴られた音が響きました。

「いてて、じゃあまあ早速、クエスト行ってきますか!」

「お前この短時間で蹴られ慣れが凄いな?」


 こうして僕たちは、ちょっとした小銭稼ぎのクエストに出かけた……のだけど、まさかあんなことになろうとは、思いもしなかったのだった……と、ここから3話で語られた話へ続きます。

 メタいメタい。

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