第一章

第4話

ここで話は少し巻き戻る。


僕ことコルスがイジッテちゃんと洞窟で出会い、教えてもらった出口から外へ出て、ポーチの中にかろうじて一枚だけ残ってた「帰還の羽」という最後に立ち寄った街に戻れる魔法アイテムでなんとか街の入り口の門に辿り着いた時の話だ。


「やっと戻れたー!!迷子で泣くかと思った!」

「子供か」

 安堵する僕と、冷静にツッコミを入れつつも久々の街と人だかりに興味津々の様子を見せるイジッテちゃん。

 街とは言っても小さな街で、一通りの店は揃っているものの、大きな街には必ずある貴族の居住地も無いし、領主の城も無い。

 旅をする人たちが足休めに立ち寄る宿場町のようなものだが、この辺りは旅をする人がそれほど多いわけでもないので大きく発展はしてない、かといって全くいないわけでもないのでそこそこ商売はやっていける。

 そんな何とも言えない中途半端な街だが、僕の今の拠点はこの街・キテンだ。

 理由はまあ、そのうち話すこともあるかもしれないが、今は置いておこう。

「じゃあさっそく……」

 ホームタウンに戻って来た安堵と歓喜に包まれた僕が一歩踏み出すと、イジッテちゃんがワクワクを隠せない顔で質問してきた。

「うんうん、さっそくどこ行く?」


「よーし、風俗だ!風俗へ行くぞ!!」


 ガイーン!という音が響きました。

 イジッテちゃんの見事なミドルキックが僕の剥き出しの尻に当たった音です。ちょっと痛い。


「ちょっと!!幼女!!こちとら幼女!アイム幼女!!ガッデム!!」

 なにやら興奮してる様子だ。

「大丈夫、僕はアングラにも詳しいんだ。ロリババア向け風俗店も知ってるよ」

 このキテンの街は風俗街が充実してるんだ。それがここを拠点に選んだ理由だ。

 すぐだったね、理由話すのすぐだったね!

「なんだそのニッチな店は!!よくやっていけてますね!!一回の金額がお高いのかな!?じゃなくて!!行かない行かない!行かないよ!!」


「―――――――――……なんで?」


「凄く純粋な疑問を投げかけられた!そもそもあんた、自分の格好理解してんの?」

「か っ こ う ……? ほぼ全裸にポーチですけど」

「服を買えよ!!!まず!!服を!!街に入るなら!!!一応腰の部分に簡素な布だけは巻いてるけど、このまま街に入ったらどう考えてもただの変質者だよ!!」

 街には簡単な門があるが、この辺りはさほど強いモンスターも出ないので、門は夜以外は開け放たれている。そして今は昼だ。真昼間だ。

 門番さんと、街の中から向けられる視線がなかなかに刺激的だ。

「だが……この刺激、嫌いじゃないぜ…」

「私は大嫌いだよ……!」

 それは残念だ。

「でもさ、考えてみてくれないかイジッテちゃん…」

「な、なんだよそんな真剣な顔で…」


「……服って、必要かい?」


 ガイーンと僕の側頭部にイジッテちゃんの浴びせ蹴りが当たる音がしました。

「痛い」

「軽いリアクション!あんたわりと頑丈ね……。ってか、何言ってんの?服が必要無い人間なんてこの世にはいないのよ」

「ストリッパーでも?」

「脱いでから着るからねストリッパーでも!」

「でもほら、服なんて所詮は脱衣ボンバーの前振りに過ぎないっていうかさ」

「脱衣ボンバーを基準に物事を語る人間を、私は絶対に信用しないぞ。絶対にだ」


「決意は……硬いのかい?」


「決意とかじゃない、人間として当然の常識だから」

「どうやら話は平行線のようだね。どうだろう、二人で話し合って折り合いをつけるというのは」

「お前が折れろ。お前だけが折れろ」


「決意は……硬いのかい?」


「えっ、なにこれループ?こっちが折れるまで延々ループするの?」

 そのあと3ループほどしたが、どうしてもイジッテちゃんが折れてくれないので、仕方なく服を買いに行くことにした。


 やれやれ、わがままレディにも困ったものだ。


「おじゃましまーす。アンネさーん。アンネさん居ますー?」

 馴染みのアイテムショップに入るなり、僕は店の奥に呼びかける。

 いくつもの棚が規則的に並びつつも、商品の多さから雑多な印象を受ける店内。

 剣や盾といった装備品から、冒険に必要なアイテム全般を扱うこの店は、この街の冒険者ご用達だ。

「その呼び方……コルス君ですね?また来たんですか?」

 店の奥からなぜか呆れ顔で出てきたのは、このアイテムショップの店長アンネさんだ。

 本名は違うけど忘れた。

 アイテムショップのお姉さん、略してアンネさんと呼んでいる。

 ふわっとしたシャツとロングスカートの上に長いエプロンを付けて、高い位置でまとめた髪に毎日違う小さな帽子を乗せている可愛い人だ。今日は小さな麦わら帽子。

 ちなみに、一人称は「お姉さん」。相手が年上でも自分を「お姉さん」と呼ぶなかなかのこだわりを見せる人でもある。

「ああもう……また、またそんな恰好で……お姉さんが選んであげた服は…!?」

「脱衣ボンバーしました」

「――――……絶対やめてって言いましたよね!?」

 頭を抱えて膝をつくポーズ、このポーズをアンネさんはよくやる。きっと癖なんだろう。

「言われましたね」

「じゃあなんでやるんですか!?」

「生き様――――ですかね」

「なんか格好良い感じで言われたの凄いムカつくからお客様じゃなければ殴りたいです!」

 アンネさんはプロなのでお客は殴らないのだ。

「……はぁ……もういいですいつもの事ですし……それで、今日は何がご入用ですか?」

 すぐさま気持ちを切り替えて立ち上がるアンネさん。やはりプロである。

「実は、服を二人分買うハメになりまして……」

「二人分って、コルス君が二着買うとかですか?一着は脱衣ボンバー用でもう一着は予備、とかだったら本気で怒りますよ」

 店が儲かるから良いじゃない、とは言わない。それを言うと怒るから。

 その辺りはアンネさんは、金儲けのプロではなく、お客さんの為に商品を売るプロなのだ。だから、せっかく選んで売ったものが粗末に扱われるのは悲しいのだと、以前軽く説教されてしまった。

 まあ、説教されてもやってしまうのが僕だし、それはどうかと思わなくもないが、仕方ない。なにせ生き様なのだから。

 というか―――

「そうか、その発想は無かったですね。今度から、脱衣ボンバーしたあと用の服も買って行こうかな……」

「なんでその発想が無かったのかが不思議なんですけど…?」

 アンネさんは本当に不思議なものを見る目で僕を見た。地底人を見てもこんな目はしないだろう、というくらいの目だ。良い目だ。

「まあそれはともかく、おーい、イジッテちゃーん」

 僕が店の外に声をかけると、店の前で待っていたイジッテちゃんが恐る恐る入ってくる。

 そして、入ってくるなり店を見回したかと思うと――――ぽろぽろと涙をこぼし始めた。

「えっ、ど、どうしたのイジッテちゃん?」

「いや、良かった、普通の店だ……!お前の事だから、外から見たら普通の店だけど中身は変態ショップなんてオチが待ってると思ってたから、本当に良かった…!」

 泣くほどにか、泣くほどに不安を与えてましたかこの僕は。

「こ、コルス君……あなた、なんて……なんてことを…!!!」

「えっ?」

 見ると、アンネさんも泣いていた。泣きながら、怒りに震えていた。

「変態だ変態だと思ってましたけど、露出はしても直接的に手は出さないギリギリアウト変態だと思ってたのに、こんな小さな子を泣くまで連れまわす完全アウト変態だったなんて……もともと見損なってましたけど、さらに見損ないました!!」

 酷い言われよう!

 まあ見損なわれるのは仕方ないが、濡れ衣で見損なわれるのは本意ではない。

「いや、待ってくださいアンネさん、違うんですよ、この子は伝説のたビュッ――――」

 盾、という言葉を発しようとした瞬間に、顔面に強い衝撃を受けて吹っ飛ぶ僕。

 目の端にちらっと入った情報からすると、イジッテちゃんが驚くべき跳躍力で飛び上がり、僕の顔面にドロップキックを決めたらしい。

 ギッ、ガゴン!!という音がした。ギッ、がジャンプした時の音かな?

 なんて考えてると、イジッテちゃん倒れた僕に近づいてきて、囁いた。

「私が伝説の盾だってことは秘密だ。変に噂が広まると、私を巡って奪い合いの戦争が起こりかねない。伝説の盾とはそういう存在だ」

 初めてみる程の真剣な表情だったので、僕はそれに深く頷きつつも、そういう事は最初に言っといてくれたら僕はドロップキックをくらわずに済んだのでは?という疑問が沸いたりもした。

 そもそも今だって、口を塞いだりすれば済んだ話なのでは?

「すまん、口を塞ごうかとも思ったんだが、お前の口を触る、という行為があまりにも生理的に無理だったんだ、許せ」

「じゃあしょうがない、許します」

「いや、顔面蹴られて簡単に許すのもどうかとは思うぞ?」

 どうしろと。

「あの、ちょっと、今何が起こったんですか?お姉さんの見間違えじゃなければ、その女の子がめちゃめちゃ高い打点のドロップキックを打ったように見えたんだけど……」

「見間違えですね」

「うむ、見間違えです」

 混乱するアンネさんを、二人そろって見間違えと言い張るパワープレイでごまかす。

「そ、そうなの……?だとすると、コルス君はどうして倒れてるの?」

「倒れてません」

「倒れてませんね」

「いやさすがにそれは嘘だよ!?倒れてるよ!?」

「いいですか、アンネさん。確かに僕は倒れていますが、倒れていないのです」

「そうだ、こいつは倒れているけど倒れていないぞ」

「――――??????ごめん、ちょっと、意味が……え?お姉さん?お姉さんの方が間違ってるの?どういうことなの!?」

 アンネさんが混乱しているうちに、何事も無かったように立ち上がり、少し倒れていた店の商品を綺麗に並べなおした。

 さすが冒険者御用達のアイテムショップ、ちょっと倒れたくらいで壊れるようなやわな品ぞろえはしていない。

「アンネさん、この子はちょっとした知り合いの子なんですよ」

 まだ混乱してるアンネさんに普通に話しかけることで、強引に話を元に戻す。

「え?あっ、ああ、ああそう、そうなの。そうなのね。……ん?何の話?」

「この子が誰か、という話です。あと、僕は変態じゃないって話です」

「そう、そうだったわね。この子はどんな知り合いなの?あと、コルス君は立派な変態だよ?」

 まだ混乱してるハズなのに、僕を変態呼ばわりすることは忘れないアンネさん。

 まあ、それはそれで良しとする。

 それよりも問題は、どんな知り合いか、という設定だ。

 どうしよう……脱衣ボンバー仲間……違うな、それが違うのはさすがの僕でもわかるぞ。

 悩んでいる僕の肩に、コンッと何か硬いものが当たる感触。

 目線を向けると、イジッテちゃんが僕の肩に手を乗せていた。

「任せておけ。そしてお前はちょっと外へ出てろ」

 圧倒的に自信に満ち溢れた表情を見せるイジッテちゃん。

「……任せるのは良いけど、なんで僕が外へ?」

「いいから出てろ。その方が説得力が増すんだよ」

「……よく分からないけど、わかったよ」

 とりあえず僕はドアを開けて外へ出る。

 店のドアの横はガラス張りのショーケースのようになっているので、そこから中の様子が見える。

 イジッテちゃんとアンネさんが何か話してるのは解るのだけど、声は聞こえない。

 それにしても、アンネさん表情豊かだなぁ。

 驚いたり笑ったり……泣いてる……?

 えっ、号泣してますけど!?そして号泣からの力強いハグ!!ものすごく自愛に満ちた表情でイジッテちゃんを抱きしめているよ!?

 何?何を話してるんだイジッテちゃん!?

 ふと、イジッテちゃんが抱きしめられたまま目線だけこちらに向けて、「もう入ってきていいぞ」と合図をくれた。

 入るなり、泣いていたアンネさんが「うわぁぁぁぁん」と泣き声をあげながら駆け寄って来て、僕の両手を掴んできた。

「コルスくん、見直しました!!ごめんなさい、あなたの事を生きる価値も無い人間の底辺だからさっさとスライムに溶かされたら良いのに、と一瞬だけ思っちゃっててごめんなさい!すぐに脱衣するあなたが、服だけを溶かさないスライムに肉体を溶かされて服だけ残ったら皮肉だな!とかブラックジョークで内心笑っててごめんなさい!」

 そんな面白酷い想像されるほどの罪人でしたか僕?

「でも今、彼女から話は聞いたわ!あなたがそんな立派な志を持って彼女のお世話をかってでていたなんて!許す!お姉さん、あなたが生きてる事を許すわ!この店で買い物もしていいから!割引は一切しないけど、買い物することを許すから!これからもあの子を幸せにしてあげてね!!」」

 ……それは……うん、良かったです。うん……うん?

 評価は相変わらず低いようだけど、最悪の評価は免れたようだ……イジッテちゃん……いったい何を言ったんだろう……。


 困惑しつつイジッテちゃんの顔を見ると、バチコーン!と音が聞こえるくらいのウィンクをされました。


 上手く言っといてやったぜ!と言いたげなドヤ顔だけど……そもそもイジッテちゃんを連れてこなければ起こらなかったトラブルなだけに、なんだか釈然としないものを感じるのでした。

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