14 大敗のあとで(2)
「しかし帝国にあんたらを打ち負かせるような
とブルクハルトが感心した風に
「【首狩り姫】」
とリリンが一言だけ口にした。ブルクハルトは何かおっかねえ響きだねえ、とわざとおちゃらけてみせたが、
「帝国のシエルレーネ第一皇女のことだよ」
とメレンコスが忌々しげに吐き出すと、ブルクハルトは手に持っていた煙草をぽろっと落とした。
ブルクハルトはそのままの姿勢で固まり、食堂内は奇妙な沈黙で覆われた。
「落ちたぜ」とメレンコスが煙草を指摘すると、ブルクハルトは「……ああ」と気もそぞろに言って
勇者パーティの面々は、三回それを繰り返した宿の主人を変な目で見ていたが、リリンの「酒」との声で「俺も」「私も」と他のふたりも注文を続けて出した。ミューシャが酒を円卓に持ってきたところで、ブルクハルトが尋ねた。
「そ、それでそのシエルレーネ姫とかいう奴はどうなんだい? つ、強いのかい?」
「ああ、
とメレンコスが答えると、
「しゅ、瞬殺~?」とブルクハルトは素っとん狂な声を上げた。
「比喩とかじゃなくて本当に殺されたんだよ、俺たち三人とも一瞬でな」
メレンコスのその言葉にセルセラは自分の下腹部を撫でた。自分は一度死んで全てが無になってしまったが、いずれまたの機会は必ずあるだろう。そのときは――とセルセラが思っていると、リリンがこっちを見て「怖い顔」と言った。
ともかく、シエルレーネ第一皇女にはこの落とし前を絶対につけさせるとセルセラは固く誓ったのだった。
「でもあんたら生きているよな?」
とブルクハルトが聞いてきたので、周りを見て他人がいない事を確認してからセルセラは言った。
「勇者は”命の
そう言ってセルセラはうなだれた。メレンコスは申し訳ないという顔をしていたし、リリンもしょぼんとしていた。
つまり”命の宝珠”という遺物、これが勇者の切り札だったのだ。当然ゲームをやっていたシエルはこの事を知っていた。だから一度では勇者を倒すことは出来ないと思って、南間道ではそれを断念したのだ。
代わりにより倒すのが簡単な勇者パーティの面子に標的を変えた。そうして倒れた仲間に勇者は”命の宝珠”を必ず使うと見越して、シエルはセルセラらの命を奪ったのだ。
結果はご覧の通り。勇者は仲間の為に持っていた”命の宝珠”を全て消費した。これで勇者は一度倒されれば終わり、という状況に立たされたのである。
「勇者の手助けをするべき俺たちが、実は勇者の足手まといになってたのさ。へっ、笑えねえぜ」
そう言って自嘲してメレンコスは杯をあおった。
実はシエルは
幸いにして宝珠は三個丸々残っており、シエルも後味の悪い思いをしなくて済んだのである。
「はあ、皇女はそれを見越してあんたらを倒したんだろうなあ」
とブルクハルトは小さい声でつぶやいた。
「え? それってどういうことよ」
と耳
「いや、何となくそう思っただけだ。皇女は勇者の持つ”命の宝珠”を消費させる為だけにあんたらを倒したと」
「馬鹿なっ!」どん! と杯を円卓に叩きつけてメレンコスは怒鳴った。酒は
「貴方の考えには無理がある。まず皇女が、勇者が”命の宝珠”を持っていると知っていた事。この一事で貴方の言葉は
珍しく賢者リリンが
「次に皇女が、その珠が身代わりになるという効果を持つ事を知っていた事。この遺物は存在する事自体世界に知られていなかった」
シエルからすれば、勇者の”命の宝珠”は聖女アンジェリカから与えられたものであった。だから聖花教上層部はその存在も効果も知っている筈であった。
ただ聖女からは仲間にすら喋ってはなりませんと口止めされていたのだ。
「最後に珠の数が三つであると知っていた事。以上三点の事を皇女が知っていない限り、貴方の説には無理がある」
結論から言えば、シエルはその三点全てを知っていた。それから作戦を組み立てたのだ。だが、シエルがそれを知っていた事をここにいる者に知る
「まあ、そうなんだけどもよ。ま、聞き流してくれや」
セルセラは突如立ち上がると、ずかずかとブルクハルトの方に近寄って隣のカウンター席に座った。そして赤らめた頬と据えた目の顔をブルクハルトに近づけると、やおら彼が吸っていた煙草を奪い取って、自分の口に
「何か確証があるのね? 皇女がその様にしたという確証が。それは一体何なのかしら」
ブルクハルトは内心「
ブルクハルトはその視線に居心地の悪さを感じて答えた。
「実は皇女とここで会ったことがある。お忍びだったんで後でそうと知ったんだがな。彼女の
「どういう
「はあいセルセラ様。お酒でも飲んで頭を冷やして下さいな」
セルセラは一瞬虚を
円卓のふたりにはミューシャが酒を持っていった。ブルクハルトは新たな煙草をポケットから取り出して、火の魔術石を使った携帯用の発火装置を使ってそれに火を着けた。そうして一口吸って、煙を脇に吐き出してから言った。
「あー彼女は――うん、まず情に
「何よそれ」
とセルセラは言って、目の前の男から強奪した煙草を返した。ブルクハルトの口には煙草が二本生えた。
「まるっきり普通の娘じゃない。冷酷な奴じゃないの? 私ら三人を笑いながら殺したんだよ?」とセルセラが言うと、
「私も残虐非道の偏執狂だと思う。絶対に近づいてはいけない人物」
とリリンが続けた。
(お前らふたりは随分シエルと意気投合してたじゃねーか!)
と真実を知っているブルクハルトは心の中で突っ込んだ。大体ブルクハルトにはセルセラやリリンの言葉と、シエルの実際の人物像がまるで被らなかったのだ。
確かに遺跡探索で実際に目にしたが、シエルが凄腕なのは分かっている。ただ彼女がセルセラが言うように殺しを楽しむとか、そういう嗜好を持っているかというと
セルセラらは確かに一度殺されたのだろう。だが、今は三人ともちゃんと生きてここにいる。シエルは仲良くなった相手には、かなり入れ込む型だとブルクハルトはみている。そんな彼女が何の計算もなくそのような事をするだろうか。
セルセラらが生き返るのを見越して、そのような行動を取った風にしかブルクハルトには思えないのだ。彼は確認してみることにした。
「そう言えば皇女はどうして【首狩り姫】と呼ばれるようになったんだ?」
「戦場で王国兵の首を一杯飛ばしたから」
リリンが不愛想に言った。彼女らの話を聞くとシエルの初陣は昨年の春先だ。つまりここを抜け出して三か月後くらいかと、ブルクハルトは逆算した。
サントルム地方でシエルは王国軍指揮官である貴族ふたりの首を斬り飛ばし、王国兵五百人をなで斬りにしたらしい。
(五百人? 本当かよ……)とブルクハルトは呆れた。
次いでもう一度サントルム地方で千人を、さらに今年に入ってから自由四王国連合諸国で、三千人の敵兵の首を斬ったとセルセラは言った。
(はあ? 戦場に出る度に増えてるじゃねーか!)
とブルクハルトは思いっきり突っ込みたい気分だった。酒は飲んでない筈なのだが、何故か頭痛がしてきた。
「で、今回の『南間道の戦い』では――」
「待て待て待て(下手すりゃ万とか言いかねねえ)」
何故か誇らしげに喋ろうとしたセルセラを
「それであんたらも首を飛ばされたと?」
勇者パーティの三人は顔を見合わせた。セルセラは「私は胸を一突き」と言い、リリンも「私も胸」と続き、メレンコスは「俺は左肩から心の臓だな」と指でなぞってそう答えた。
ブルクハルトは「何だ何だ【首狩り姫】なのに首を狩ってねえじゃねえか」と反論した。三人は不可解そうな顔をした。セルセラは「そう言えばそうだけど……」と歯切れが悪くなった。
ブルクハルトは確信した。やはりあいつは知り合いの首を飛ばすのは気が引けたのだ。
(間違いなくシエルの奴、三人が生き返るのを分かって
ちらとアリューシャを見ると笑って頷いていた。ブルクハルトは自分とアリューシャの見立ては正しいだろうと、そう納得したのだった。
「……何だか嬉しそうに見えるのは気のせいかしら」
と不満気にセルセラが口を開くと、
「気のせいだね。さて、そろそろ最後の注文にしたいと思うが何かあるか」
とブルクハルトは席を立って、上機嫌で三人に聞いたのだった。
勇者はアルペルン近郊の自分の幕舎の裏手で聖剣リュミラーデを振っていた。最近はこれが日課になっていたが、それは剣を振り続けてくたくたにならないと眠れないからであった。
(自分の
と、そう勇者は思った。この世界に来て一度も負けていなかったので舐めていたのだ、と強く後悔した。
『跳躍作戦』のような半分博打のような作戦を採用してしまう程、自分の視野は狭くなっていたのかと身に染みた。確かにあのときの自分は貴族憎しで動いていたように思う。だがそんな思いなど、純粋な戦闘に役に立つどころか重しになっていたのだ。そしてより純粋に戦いのみを考えていた帝国の皇女に負けた。当然と言えば当然の結果であった。
そしてその勉強代は実に高くついた。自分を慕ってくれていた兵のおよそ二万七千が野に散ったのだ。
完全にこれは自分の失態であった。そうした失敗にもかかわらず、自分の下で戦いたいとやって来る青年たちが後を絶たなかった。しかし自分は彼らを配下にする事を拒んだ。また死なせてしまう事が怖かったのだ。自分を罵倒した死んだ兵の母親がいたが、至極当然の感情だろうと思う。
今自分の手元には三千の部下がいるが、挙兵当時から付き従ってくれていた連中が殆どだった。戦場で生き残るノウハウを新参の者に伝えるのは難しいのだと、今回の件で痛感した。
手ごわい相手――とそのとき見知った顔が勇者に近付いて来て、頭を下げた。商人のガリルンであった。先日の敗戦のあと、ガリルンは勇者に謝ってきた。全ては余計なことを伝えた自分のせいであると。
勇者はそれは違うと叱った。ガリルンの情報は有能な者が使えば役立つのだった。例えば
「ベネターレの隠し通路のひとつを発見しました」
勇者は目を見開いた。手を叩き、大きく歓声を上げたいところであったが、それは抑えた。ガリルンはやはり認識阻害の魔術が掛けられていましたと、勇者に報告した。勇者は住民を含めて二十万近く人口のいるベネターレの兵糧が、補給無しでこんなに持つ筈はないと思っていたのだ。それでガリルンに探らせておいたのだが、それがやっと功を奏したのだった。
勇者は配下の兵に施すべき編成と訓練を考え始めた。
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