5 青鬼族の傭兵と埋蔵金

 シエルたちがパンラウムの屋敷に戻って半月ほど経ったある日、青鬼族オークの列が領内に入って来ましたと連絡が入った。そしてシエルはその集団が近づいて来るのを見守っていたのだが、その数を目にして思わず、

 「本当マジかよ……」

 と言葉を失ってしまったのである。

 それらは勿論グラフとアガリーがその任を全うし、引き連れて来た兵士志望の青鬼族オークたちだったのだが、ふたりはシエルの期待に応えた。応えすぎた。

 そう、グラフとアガリーがパンラウムに引き連れて来た青鬼族オークは、一万五千名を超えていたのだ。

 「もしかして青鬼族オークたちって就職氷河期なのかなあ……」

 などと、そんなシエルのつぶやきにグラフとアガリーはドヤ顔で答えたのだった。


 パンラウムの行政府の金庫は、兵舎と練兵所の建設で空になった。領主代行がこせこせと貯めていた僅かな蓄えは一瞬にして消えた。

 シエルが「もっと出せ。ジャンプしてみろ」と言っても「もうありません」と領主代行に泣き付かれた。

 シエルはため息をついた。まだ戦争にも参加していないのに、いきなり領地の財政破綻はたんとは外聞が悪すぎると思ったのである。


 「ねえ爺、お金を調達出来るあてってないかなあ。無理だよね、はあ……」

 シエルはいよいよムルニッタに金をせびるしかないと覚悟を決めたのである。そんな彼女に問われたヴェルラードは、その表情を全く変えずに答えた。

 「御座います」

 その返事にシエルはがっくりとうなだれて失望した。

 「はあ~さすがの爺でもやっぱり無理……え、あるの⁉」

 シエルは目をぱちくりさせながら目の前の澄まし顔のヴェルラードを見詰めた。

 どこか得意気な雰囲気を醸し出していたヴェルラードは、「どうぞこちらへ」と言ってシエルを地下に続く階段に案内した。


 何ヵ所かの扉を鍵で開けてかなり深く潜ったあとに、あるひとつの扉の前でヴェルラードは足を止めて疑問符の付いているシエルに向かって言った。

 「このことを知っているのは、この屋敷では私めとカラサンドラのみですので姫様も他言無用に願います」

 と真顔で言われたのでシエルは神妙にうなずいた。

 ヴェルラードは鍵穴に鍵を差し込んで、がちゃりと鍵を外してぎぎぎと扉を開けた。

 そしてシエルがその部屋の中に見たものは――


 数十段にも積み上げられた金の延べ棒の塊が数十個、鎮座している光景であった。

 「ひとつの塊は千本の金の延べ棒が積んで御座います。その塊が全部で二十個、この部屋に御座います」

 というヴェルラードの説明は全くシエルの耳に入っていなかった。

 (ぜに! ぜに! ぜにや! 極楽浄土は本当にあったんやっ!)


 黄金の輝きは、そのまばゆい光を正面からシエルに浴びせ掛け、彼女のまなこをくらませたのだ。ついでに心も。

 シエルは狂喜した。彼女は今すぐに着ているものを全部脱ぎ去って、全裸で踊り出したい気分であった。いや、ヴェルラードがいなければ、まず間違いなくそうしただろう。イェーナのような翼なんかなくたって空を飛べる、そんな全能感がシエルを満たしたのだ。銭さえあれば全ての問題が解決する、の、だーーー!

 快楽中枢が刺激され、快楽物質エンドルフィンどぱどぱドーパミン出た。踊り狂い、祝福を受け、この世の春を謳歌おうかする。そんな薔薇色の未来がシエルの脳裏を駆け巡ってお花畑が――


 「姫様っ!」「はひいっ!」

 というヴェルラードの大声にシエルはびくっと痙攣し、やっと正気に戻った。

 「……あれ、爺。どうしたの? 珍しく大声なんて出しちゃって」

 そんなシエルを見てはあ、とため息をつくとヴェルラードは、

 「いえ、姫様が何処かへってしまい、もう戻ってこないような気がしましたので……」

 と答えた。それはともかく、とヴェルラードは話を続ける。

 「これは歴代の皇帝方がいざというときの為に貯められた埋蔵金であります。それは帝国が危機に陥ったとき、これを活用せよとの遺言と共にここにのこされたのであります」

 何故この屋敷の地下なのかは分かりませんが、と結んだ。

 あ、とシエルは思った。これは御先祖様がわれたち子孫の為にわざわざ残してくれたものなのだと理解したのである。


 「じゃあ、今回は使っても大丈夫なんだね?」

 「許されると思われます」

 そう言ってヴェルラードは五本の延べ棒を手に取った。

 「当座はこれだけで間に合うで御座いましょう」

 (う~ん、これだけあるんだから一本くらいわれに融通してはくれないかなあ……)

 ヘソクリとして、というシエルの思案顔を見たヴェルラードは「何か?」と尋ねてきてシエルを「な、何でもない」と、焦らせたのだった。


 資金面の不安が解消したシエルは練兵所に来ていた。

 今日から青鬼族オークたちの教練が始まるのだ。一万五千名が練兵所に集結する様は実に壮観であった。それが体格の良い青鬼族オークならなおさらだった。教官役はカンデラ城からの古参兵(と言ってもまだ半年程度の付き合いだが)千名である。

 シエルはこの一万五千名が精鋭となって、自分の手足となり自由自在に動く光景を夢想した。ついにへらと笑ってしまったが、もしそうなれば勇者なんぞ恐るるに足らん、という気持ちになるのだった。


 十日後。

 青鬼族オークたちは八千名に減っていた。最初の約半数である。

 「これはどういうことかね、ちみぃ⁉」

 とシエルは机を叩きたい気分であった。目の前にいるふたりの大柄な青鬼族オークは、身を縮こませて恐縮した。 

 「いえ、こんなに根性がねえとは思わなかったんでさあ……」とグラフが言った。

 「全く、あいつら口ばかり達者で使えやしませんぜ……」とアガリーが言った。

 使えないのはおまえらだよ! とシエルはため息をついた。 

 勧誘した新入生は入部届に判を押させるまでは、下にも置かない扱いをするのは基本だろうがッ!

 その間に飯など食わせて、足抜け出来ないように情でからめとるのが定石セオリーだろうがッ!

 それをいきなり全力でしごいたら皆逃げるわ!

 「この、あんぽんたん!」

 そのシエルの叱責にふたりの青鬼族オークはまたびくっとした。

 それははたからみればこども社長に怒られている大人社員のようであったとか。


 脱落した青鬼族オークたちは自分の集落に帰って行った。その際に食糧と幾ばくかの手間賃を持たせてやったのだが、グラフは、

 「あんなどもにそんな気を使わなくても良いんじゃねえですかねえ」

 とつぶやいたが、シエルがぎろりと睨んでやったら黙りこくった。

 一体誰のせいだよっ? と叫びたいシエルだったが、おそらく帰った連中は自分の集落でわれらの悪口を広めるであろうことが予想された。自分の能力ではなく、劣悪な労働環境だったと訴えるのだ。自己防衛の為に。

 実害がなければそれも全然構わないのだが、今後また徴兵することがあった場合に支障が出ては困るのだ。それで金とか渡したのだが、どうせ焼け石に水だろうなあとシエルは諦めていた。


 残った八千名(カンデラ城以来の古参兵も含む)はどうやら定着しそうでシエルをほっとさせた。

 武器防具は使った者の意見を聞いて改良し、それを複数(二桁)の工房に発注した。が、何せ数が八千名分である。装備が全て揃うのに一体どれくらいの時間がかかるのか、シエルには見当もつかないのだった。

 食料も倉庫に備蓄し始めた。だが今は冬である。中々季節柄、量は集まらないのだった。


 真冬の寒い中、今日も青鬼族オークたちは訓練に励んでいる。窓の外を眺めながら、いっそのことこのままずっと冬が続けば良いなあと、シエルはしみじみ思うのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る