3 屋敷への帰還

 シエルたちは大アマカシ河を渡ってパンラウムの主都タスターデに戻って来た。

 何故か引き連れている馬が三十頭を超えていたが。シエルはイェーナにここで馬は売り払っちゃったらと言ったのだが、イェーナは駄目です、屋敷で飼うんですと言って手放そうとしない。

 (三十頭以上全部かよっ!)

 とシエルは心の中で突っ込んだが、屋敷に戻ればイェーナは現実を突き付けられると思っている。多分、責任者である”おやっさん”と助手の不機嫌そうな少年に。


 ランド公爵領でシエルらをかどわかそうとした騎士たちは、出来るだけ目立つように散らばらせておきましたとタタロナが報告してきたが、(あえて)シエルは検分しようとはしなかったから、彼らの行方がどうなったかはよく知らない(ということにしておこう)。

 第一所属不明の騎士隊である。ランド公爵か誰かがこれを脅しとみるかただの不幸な事故とみるかはあずかり知らないが、どうなってもそれは自己責任であり、文句を言われる筋合いはない。


 ランド公爵の居城でシエルたちを見下ろしていた王国の外交担当であるストーラ伯爵は有能である。彼がランド公爵らをどうきつけたかはおおむね想像出来る。

 「不敗の勇者がいる限り、この戦争は勝ったも同然です。われわれの進軍に合わせてあなた方も帝国に侵攻して下さい。なあに、どうせ大した兵力はいませんよ。帝国南西部は辺鄙へんぴな所ですしね。しかも切り取った領地はあなた方の好きなようにして下さって結構です。そのように王女様はおっしゃられておいででした。わが王国は貴方たちの所有権を認めますよ」


 などと言われて、自由四王国連合は彼の甘い提案に乗ったのだろう。

 王国は全く自らの懐を痛めずに援軍を得ることになる。行軍費用も彼ら持ち、報奨も彼らが勝手に獲った分のみ。

 それとストーラ伯爵はこうも言った筈だ。

 「仮にわがリフトレーア王国がウルグルド帝国を滅ぼした場合、この戦争に中立でいたあなた方自由四王国連合が存続する余地があるとお思いで? そう心から思っているのでしたなら私の方からは何も言うことはないのですが、あなた方の身の上を心配する私からはこう助言させていただきましょうか。今のうちに出来る限りわが王国の心証を良くするような行動をっておきなさいよ、と。」

 要するに、飴と鞭である。


 自由四王国連合を取りまとめているのはランド公爵だ。べネテス公爵とセネディ侯爵も自分に対する反応からランド公爵に同調しているのは間違いない、とシエルは踏んだ。訪問したときの彼らの反応は、あれは後ろめたいことをしているときのものだ。

 ただ、アスティ侯爵だけは違った反応をしていた。イェーナは侯爵の態度に怒っていたが、あれはむしろ自分たちの身を案じていてくれたのだろうとシエルは理解している。

 自分らを逃がそうとしていたし。


 どのみち、実際に自由四王国連合が動くのは来年の春先になってからと思われる。

 おそらくは城郭都市アルペルン周辺に集結している王国軍主力十万余が動くと予想されるのがその頃だからだ。今の冬場に単独で動いてもわれらを警戒させるだけで何ら利はない。

 自由四王国連合の軍勢が王国軍主力と連動して帝国領に攻めて来るとき、その目標は当然大アマカシ河をはさんで相対しているシエルの領地のパンラウム地方である。

 王国の思惑としては、主戦線をシェトーナ平野のスウィード大街道沿いとして、帝国軍の戦力をなるべくそこに集中させない為に、ここパンラウムに第二戦線を構築するのだろう。  

 王国にとっては自由四王国連合軍が勝とうが負けようが、どうでも良いことに違いない。一定期間、帝国西部南部軍を拘束してくれれば、この目的は達せられるのだ。


 ということをシェロンヌと馬車の中で話し合ったが、彼女も全く同じ見解だった。

 ではわが帝国が自由四王国連合をつなぎ止める為に何らかの行動を起こしているのかというと……シエルが見るかぎり全くその形跡がないのである。

 これは帝国の首脳部も自国の西南部辺境と自由四王国連合に何の価値も見出していないということだろう。そうでなければ中央の情報処理に難があるということで、そちらの方がより深刻な問題だと思われる。

 (まさか、皇帝ひとりが倒れただけで帝国全体が機能不全に陥るのか?)

 シエルはこの件は屋敷に着き次第帝都に報告しようと思っているが、ムルニッタが

 倒れてからの帝国の反応の鈍さに若干の不安を感じるのだった。


 シエルが第一に考えていることは、何にせよ、まずは自前の軍を早急につくらねばならない、ということだ。それがなければこの戦争においてはずっと傍観ぼうかん者でいなくてはならなくなる。

 そんな状態に陥るのはシエルは願い下げだったし、そもそもゲームの前で指を咥えて見ているだけでは、ゲーマーとは言えないだろう。例えシエルが『イーゼスト戦記』限定のヘビーユーザーだとしても。


 グラフとアガリーはどれだけの兵士志願者を連れてくるだろうか。

 青鬼族オークの部族が数多く存在するホロドドの森は中央湿地帯周辺にあり、かなりの数の青鬼族オークがそこで生活している筈だ。二千人? 五千人? まさかアガリーが冗談で言ったように一万人は超えないだろう。

 そこから兵を振るい落として錬成して――シエルは最低五千名の青鬼族オーク部隊が編制出来れば良いなと思っていた。それ以下ではこの戦争で影響力を得られなくなる。


 ともかくそうなれば、青鬼族オークたちの為に兵舎を造らねばならない。それに併設して練兵場も。そこで生活する為の食糧と日常品の確保、支給する武器防具の製造、そして彼らの給料も用意しなければならない。……おう。

 シエルは必要とされる資金が莫大なものになると予想して頭を抱えた。

 (この世はゼニ! ゼニや! ゼニっこが必要なんやっ!) 

 うちの金庫にそれだけの資金があるのだろうかとシエルは不安になってきた。

 (いざとなったらムルニッタにお小遣いをねだるしかない! 小国の国家予算並みのお小遣いをっ!) 

 この世は結局金かとシエルは脱力するのだった。それを見ていたシェロンヌはわが君の顔が赤くなったり蒼くなったりしていたので、どうしたのかしらと首を傾げるのであった。


 そうして。

 タスターデに上陸して二日後、シエル一行はパンラウムの屋敷が見える位置まで来た。

 (ああ、何か懐かしいなあ)

 シエルがここから逃げ出して、ほぼ一年ぶりになる。あの屋敷で暮らしたのはひと月もない期間だったが、色々と込み上げてくるものがあるのだ。

 放蕩ほうとう娘のご帰還であった。


 その前にひとつ、山場があるとシエルは思った。

 シエルには屋敷に近づくにつれてイェーナとタタロナの表情が強張こわばっていくのが分かった。

 これからのことに関してはシエルですら手出し出来ない。願わくば、あのひとがふたりを許してくれることを願うのみである。

 そうして馬車は屋敷の門をくぐり。そして――

 玄関前にその人、爺や、家宰のヴェルラードが腕を組んで仁王立ちし、鋭い眼光でイェーナとタタロナのふたりをにらんでいるのだった。

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