2 自由四王国連合(2)

 馬車がいよいよ自由四王国連合の最初の国、セネディ侯爵領の関所に到着した。そこの門番はびっくりしただろう。何せウルグルド帝国の皇女が少ない供回りでリフトレーア王国側から来たのだから。両国は現在戦争中なのだ。『移つ代の指輪』は直前に外しておいた。現在のシエルは魔人族の皇女である。

 タタロナは金の紋章版(近隣の国には認知されている)と紋章印を見せ、入国の目的は表敬訪問だと伝えた。

 門番の上司でここの責任者が慌てて出張ってきて応接室で応対された。だがシエルはそれをほどほどの時間にして先を急ぐと言い、謝意を示してその場を辞した。


 二日後、セネディ侯爵の居城に到着したシエルは突然の訪問にあたふたした侯爵に歓待された。シエルは適当なところで切り上げ、突然の訪問で済まなかったとびた。セネディ侯爵は終始脂汗を流しっぱなしだった。


 それから三日後、べネテス公爵家の主都に着いたシエルたちは、そこにやたらと多くたむろする公爵の兵士たちを見た。べネテス公爵の城でシエルがそのことを話すと、公爵は汗を流しながら仮にもウルグルド帝国の皇女様が来るのに不備があったら大変だと、急いで手配したのですと言った。

 シエルは全くその通りで迷惑を掛けて申し訳ないと謝った。公爵はいえ、わが国と帝国の友好の為ですのでと汗をきながら笑ってくれた。

 公爵から今晩は是非ここにお泊り下さいと提案されたが、シエルは先を急ぐからと謝意を示して公爵の居城を辞した。


 四日後、シエルらはアスティ侯爵家の居城であるアイロス城に到着した。そこの城門に行くと、アスティ侯爵が自ら待っていた。シエルはこれは恐縮だと馬車から下りようとしたが、侯爵に制せられた。そしてアスティ侯爵は厳しい口調でシエルに向けて言った。

 「わが家では諸事情により貴女様を歓待することが出来ません。入城していただくことも許可出来ません。すみやかにこの地を去られ、領国に戻られるがよろしいでしょう」

 そうして港に船を手配してあるので,それに乗って直ちに出国なされよと言って自分は城内に引っ込んでしまった。


 シエル一行は侯爵の物言いにしばらくぽかんとしていたがイェーナが、

 「何だアイツ、無礼にも程がある。姫様、今からひとっ飛びしてアイツの首を獲って来ていいですかっ」

 と憤慨ふんがいしたので、シエルは慌ててそれは止めてとなだめた。シエルはとりあえず馬車を出発させた。

 タタロナが、「姫様どうしますか? 侯爵に言われた通り帰りますか?」と聞いてきたのでシエルはうつむいて、ちょっとの間何も喋らずに考えていたが、一同に向けて言った。

 「予定通りランド公爵の本拠地に向かう。皆、宜しく頼む」

 それに対してタタロナとシェロンヌは何か言いたげな顔をしたが、タタロナは「分かりました」と答えて馬首をランド公爵領に向けた。


 ランド公爵家はこの自由四王国連合の取りまとめ役である。彼の意向が連合の方針に大きな影響を与えているのだ。素通りするわけにはいかなかった。

 例えある種の疑念があったとしてもである。

 そのあと三人は一言も喋らずにいたが、ただイェーナだけはいまだに「ホントに無礼だよね」とぶつぶつ馬に向ってぼやいていた。馬は迷惑そうだったが。


 三日後、シエル一行はランド公爵の居城に到着し、そこで歓待を受けた。ランド公爵は「お互いの友好の為に」と終始御機嫌だった。シエルが適当な時間で引き上げると言うと公爵は残念そうな顔をしたが、引き留めようとはしなかった。

 シエルは公爵の城から辞するとき、窓から見下ろすひとりの男を認めた。人族ではとても認識出来ない距離だが、シエルの能力ならばそれが可能だった。シエルはそれで、疑惑が確信に変わった。

 これで自由四王国連合訪問の予定は全て消化した。あとは船に乗って大アマカシ河を渡り、パンラウムの屋敷に戻るのみである。


 宿場町で一泊した次の日。

 シエルたちはランド公爵領内の港に向かう街道を西に進んでいた。周りは人家ひとつない草原の只中である。

 と、後方から馬蹄の響きが聞こえてきた。全員が「来たか」と思っていたが、誰も喋らずに平静をよそおっていた。

 そして構わずに馬車を進めていると、騎馬騎士が三十騎、姿を現した。それらはシエルらの馬車を取り囲み、仕方なしにタタロナは馬車を止めた。

 その中で隊長と思われる男が馬を進めて大声を発した。

 「シエルレーネ、ウルグルド帝国第一皇女殿下様とお見受けする。これよりわがあとに付き従い、わが言葉に従っていただきたい!」


 静かな草原の野にツグミの鳴き声だけが聞こえる。

 御者の狐人族の娘も、馬に乗っている有翼族の娘も前方を見据えて身じろぎもしない。そのうちに馬車の中でごそごそと人影が動く気配があり、がちゃりと扉が開いた。

 顔を出したのは二本角の銀髪をした幼げな顔つきの少女だった。騎士隊長は目的の人物を確認出来て内心にやりとした。その少女は自分に向けて話し掛けてきた。


 「その方たち、ランド公爵殿の手勢てぜいか?」

 「お答え致しかねる!」

 その答えに銀髪の少女はきゅっと眉をひそめる。帝族相手に許される受け答えではないからだ、通常ならば。

 「われは皇女ぞ。お主、馬からも下りず、さらに兜すら脱がないのは無礼ではないか?」

 「御無礼は許されたい!」 

 騎士隊長は得意満面だった。自分の言葉が帝国の皇女を圧しているのだ。そのことを実感して、彼はぶるりと震えた。

 そんな騎士隊長をつまらなそうにひと眺めしたシエルは自分の侍従に声を掛ける。

 「タタロナ、イェーナ、良きようにせよ」

 そう言うと扉を閉めて馬車の中に引っ込んでしまった。

 騎士隊長はにいっと笑った。

 「良しお前たち、われらのあとについて来るのだ」

 主君の下へは皇女のみ連れて帰れば良かった。あとの三人は自分たちの好きなようにして良いのだ。例えば――


 十指後。

 三十名の騎士の中で生命活動を維持している者はひとりとしていなかった。少なくとも彼らは二百以上の断片に分断されていた。それはまず、即死しない部位から切り分けられ、最後に息の根を止められたのだ。

 特に隊長は念入りに処理された。それは自分たちの敬愛する主君に働いた無礼に対して、文字通り自分の身丈を実感させる為に物理的に縮めてやったのだ。何十段階にも分けて。 

 「歯ごたえが、全くない――」有翼族の少女は面白くなさそうにつぶやいた。

 「文句を言うんじゃありません」狐人族の少女はたしなめた。 

 「こんなんじゃ、ますますストレス溜まっちゃうよー、ぶーぶー」

 「はあ、もうさっさと帰りましょう」


 馬車の中では、最早もはや外界に興味をなくしたふたりの女性が膝を突き合わせて話し合っていた。

 「これでまず間違いはないと思うが」小さい少女は尋ねた。

 「そうですね。間違いないでしょう」と、長耳の女性は答えた。

 小さい少女、シエルはため息とともに言った。

 「間違いなく、自由四王国連合は王国側にくみするつもりだ」

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