第七章 転回

1 自由四王国連合(1)

 アルペルンを発って数日後、シエル一行はリフトレーア王国南部のデトンソン公爵領を抜けて一路自由四王国連合目指して馬車を走らせていた。

 何故大アマカシ橋を渡ってベネターレ経由でパンラウムに戻らないかというと、メレドス公爵には近寄りたくなかったからだった。

 嘘である。

 シエルがアルペルンで不穏な噂を耳にしたからだ。


 「自由四王国連合はリフトレーア王国にくみしてわれらが帝国相手に参戦する」

 という噂だった。

 自由四王国連合はもともとこの戦争には中立を表明していたが、それにしても火のない所に煙は立たないわけだから、シエルは一応現地の空気を確認しようと思ったのだ。きがけ、では無く帰りがけの駄賃であった。


 ではゲームのときはどうだったかと言うと、自由四王国連合は中央の戦況に応じて王国側、あるいは帝国側として参戦することもあった。しかしそれは百回プレイした中でも僅か数回という頻度ひんどであり、参戦の確率はかなり低く設定されていることがうかがい知れた。とはいえ油断は出来ない。シエルレーネ姫の『運』の値は低いのだ。


 シエルたちが既に通過したデトンソン公爵家は王国八公侯(四公四侯しこうよんこうとも言う)の中で唯一の穏健派である。その歴史は王国のどの貴族より古く、ウルグルド家に匹敵する。その為に他の王国貴族諸侯はデトンソン公爵家だけには何も言えず、それゆえに公爵はれ物に触るような扱いを受け、現在は遠巻きにされて敬遠されている状況だった。

 デトンソン公爵領はこの戦争では初期にメレドス公爵軍に占領されたが大きな被害は受けていない。

 シエルにとってデトンソン公爵家は、そのでっぷりとした当主よりも彼の次男となじみが深かった。だが、公爵家の主都アセアに一泊したときは彼は不在であった。


 自由四王国連合の発足はリフトレーア王国建国当時にさかのぼり、元々はリフトレーア王国の前の王朝に所属していた。その王国に乱が起こり体制が瓦解したときに、南部の四諸侯が示し合わせて独立したのである。リフトレーア王朝が旧王国を統一した際にこの四諸侯はそれの手助けをした。その功績によりリフトレーア王国から独立を認められ現在に至っている。

 勿論、リフトレーア王国には時々野心的な王が現われて、四王国を併合しようとしたことも一度や二度ではない。その度に帝国は王国を牽制する為に動いたのだった。この土地がリフトレーア王国領土かそうでないかは、安全保障の観点から帝国には非常に重要であった。


 自由四王国連合の四国の位置関係は、漢字の『田』を思い浮かべてみれば良いだろう。ただしこんな風にきっちりとはしてないが。

 左の二国の西側は大アマカシ河である。北がランド公爵家、南がアスティ侯爵家で、アスティ侯爵家が以前記したように唯一森恵族エルフと交友のある国である。

 内陸側の二国は北がセネディ侯爵家、南がべネテス公爵家である。アスティ侯爵領とべネテス公爵領の南はすぐ森恵族エルフが住まうウルシアの森であった。


 シエルはセネディ侯爵家→べネテス公爵家→アスティ侯爵家→ランド公爵家の順に四国を巡って、ランド公爵領の港町から船で自領のタスターデに戻る予定であった。

 馬車にはシエルとシェロンヌが乗っている。御者はタタロナである。イェーナは馬上にあって槍を持ち、周囲を警戒している。馬車の後ろには馬が五頭繋がっている。


 アルペルンの庵はあの少年が管理するとシェロンヌは言った。この戦争が落ち着いたら迎えにいきたいとも。彼はシェロンヌ唯一の弟子だそうだ。

 シエルはシェロンヌと馬車の中で色々と話し合った。それは今後の統治の方針であったり、ものの見方であったり、単純なお喋りであったりした。

 とにかく、お互いの人となりを知り合う必要があった。その結果、ふたりは驚くほど馬が合うことが分かったのだ。


 ふたりは領土経営の方策として「税率を下げて税収を増やす」という方向で一致した。ただしこれには時間がかかる。十年二十年単位の話だった。まずは現時点での領民の把握、すなわち戸籍制度の確立である。次に税額を決定する為の土地の測量。輸送量の確保の為の道路網の拡充。洪水などの水害に備える為の治水工事。都市の上下水道の整備。基礎学力を高める為の学校の設立。屯田兵制度による農地の拡大。人口増加の為の医療施設の充実など、やることは山ほどあった。


 現在のこの世界は一次産業を中心にまわっているので、それほど複雑な構造をしていない。専門的な知識を特に持たないシエルでも、その単純な経済は十分に理解出来る範囲内にあった。シエルがシェロンヌと話し合ったのは、現代日本であれば小中学校の社会で習う程度の知識である。しかしシェロンヌはシエルの知識に驚愕した。ここまでシエルが社会経済について詳しいとは思っていなかったのだ。

 原料をそのまま取引するのではなく、加工してから輸出する、つまり二次産業の発展に力を入れるというシエルの考えはシェロンヌを感心させたのである。

 この世界にもダウアートてつ国という鉄製品の加工を独占している国があるが、いずれかの分野で、ゆくゆくはそのような位置を確保したいと思うシエルであった。


 官僚による賄賂の要求に対する方策は慎重に行うということで一致した。それは半ば慣習として行われていたからである。現代日本では『贈収賄』として罪に問われるその行為は著しく公平性を欠くことになるので早急な対応が必要であった。

 だが、根付いてしまったものを取り除くのは多大な労力が必要となる。その件に関してはまだ『帝国』はそれほどでもないというシェロンヌの意見であった。『王国』の方が実情はかなり酷いらしかった。


 帝国の税は平均して六公四民である。対して王国はと言えば七公三民であった。収入の七割が税として取られるのである。諸侯領によっては八公二民なんてところもあった。これでやっていけるのであろうか。やっていける筈がなかった。

 だからからくりがあるのである。それには役人に対する賄賂が重要な役目を果たしていた。賄賂は国庫に入らない。この点が重要であった。

 税収の改革。税率の変更と賄賂の撲滅、土地の測量と戸籍制度の確立はひとつのセットとして推し進めなければならなかった。尤もこれは王国との戦争が済んでからの話である。

 シエルはシェロンヌの博識さに感心し、また自分の下に来てくれたことに感謝するのだった。


 イェーナは不機嫌だった。

 馬車には愛しい姫様と、あのいけ好かない半森恵族ハーフエルフの女がふたりきりだからだ。

 あの女が姫様に不埒ふらちなことをしたらどうするのとタタロナに詰め寄ったら笑われた。イェーナはタタロナも姫様も警戒心が薄すぎるとぷんすかしていた。だから馬上のイェーナは苦い顔をしながら周りを睥睨へいげいしているのだ。

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