12 勇者のパーティ(4)

 「そうね、あれは今年の初め頃だったかしら。私は王国内のある森の中で狩りをしていたの――」

 そうセルセラは話し始めた。シエルは神妙に聞く姿勢になり、リリンは静かに杯を傾け、メレンコスはさりげなくセルセラから距離を取った。


 「――でね、さすがに冬だったから獲物が無くて焦っていたのよ。そしたら弓の弦を鋭い枝に引っ掛けて切っちゃったのね。あちゃーと思って交換しようとした時に運悪く熊と出っくわしちゃって。ほら、弓の使えない私なんてか弱い乙女だから――」「ぷっ」

 セルセラが「か弱い」と言ったところで、隣りに座っているリリンが噴き出した。実にわざとらしい噴き出し方だった。

 セルセラはリリンを見て一瞬目を細めたが、気を取り直して話を続けた。


 「――でね、必死で逃げたわけよ。そしたらしつこいことに熊の奴が追いかけて来てね、数指後には崖っぷちに追い詰められちゃったんだ。そうして前にも後ろにも行けない状態で、熊公が口を開けてがーっ、て飛び掛かってきたのね。私は目をつむって観念したわ。ああ、短い人生――」

 「ぷぷっ」


 またしても噴き出し音が聞こえた。セルセラが「短い人生」と言ったところである。セルセラは黙っているしシエルも聞こうとも思わないが、彼女の歳は確か百を越えていた筈であった。

 まあ、種族が違うので一概には言えないのだが、リリンはそこを指摘したのだ。セルセラはきっ、とリリンの方に振り向いて文句を言った。

 「ちょっとおリリン。私がシエルちゃんに喋っているんだから、邪魔しないでよね!」 

 と、おかんむりであった。リリンは澄まし顔で、「邪魔してない。少しお可笑かしかっただけ」と言ってくぴっと酒を飲んだ。


 むう~、とセルセラは頬を膨らませたが、シエルは「それでそれでどうなったんですか?」と慌てて先をうながした。セルセラは再び気を取り直した。彼女のメンタルは強いのである。


 「――目を瞑ってしばらくしても飛び掛かってこない。私は恐る恐る目を開けたわ。すると目の前には倒れた熊と、剣を片手に微笑んでいるがいて『(宝塚風に低い声で)綺麗なお嬢さん、大丈夫ですか』と声を掛けてきてくれたの! 私は気が抜けちゃったのね。ふらっと足を崖から踏み外してあっと思ったときには落ち掛かっていた。それをあの人ががしっ、と私の身体を抱いてくれて、引き上げてくれたのよ! そのときに私は感じたの。ああ、この人が私の運命の人なんだって!」


 そう話し終えてひとりえつに入っているセルセラの脇で、リリンが「わーぱちぱち」と無表情で囃子はやし立てていた。

 セルセラは正気に戻り、「あ、あんたねえ……」とふるふると怒りに打ち震えていたが、その横でシエルは(美化するにしてもひどすぎやしませんかね……)と、その脚色ぶりにため息をついたのだった。


 セルセラの話の真実はこうだ。

 熊に飛び掛かられて目を瞑り、一向に襲ってこないので目を開いたところまでは一緒だ。だが目の前にいた勇者は、両断した熊の臓物を頭からかぶり、まるで人族には見えない怪物であったのだ。その怪物が「おじょうざん、だいじょうぶでずが~」と手をかざしてセルセラに近づいてくるものだから、彼女はパニックになって崖から足を踏み外した。

 勇者はセルセラが落ちる前に間一髪で彼女をつかんだのだが、掴んだところが足首でセルセラは逆さ吊りになってしまった。そしてスカートがはだけて大事なところがあらわになったところを勇者に見られたもんだから「ぎゃー放せえ、見るなあー、いや離すなあー、放せえー」と半狂乱になってしまったのである。

 両脚をばたばたさせ、かつ勇者が被った臓物がぼろぼろと上から降ってくるものだから、増々彼女は暴れてしまいには「もう殺せー、こんな恥辱耐えられないー、放して―」と泣きわめいてとんでもないことになった。

 そうしてなんとか彼女を崖に引き上げたのだが、勇者は泣きじゃくる彼女に首をぎゅうぎゅう絞められて「忘れろー忘れないと殺すー」と脅迫されたのだ。


 ちらとシエルは横目でふたりを見る。

 今は余裕そうな表情のリリンの『出会いイベント』もまた酷いものだったとシエルは回想する。


 その過程ははぶくが、自宅で魔術薬の生成に失敗したリリンは、爆風に飛ばされて調合鍋の中にすぽん! と頭から入ってしまったのだ。幸いにして火は掛かっていなかったから釜茹でになるのは逃れたけれど、『犬神家の一族』か『薔薇の名前』というべきか、映画をご覧になった方はああ、あれかと思い浮かぶ状態に陥ってしまったのである。そこを偶然通りかかった勇者に助けられるのだが、またしても宙づりで――


 (ヒロインに対してあんな酷い『出会いイベント』をさせる作品はこのゲームくらいじゃないのか?)と、しみじみと思うシエルであった。

 そういえば『イーゼスト戦記』の制作スタッフには、やたらとパンツにこだわる奴がひとりいたことに気づき、シエルはカウンターをだん! と叩いた。

 (あのゲームの制作陣には変態しかいないのかっ!)と心の中で叫び、ついで「パンツ……」と小さくつぶやいてにやりとした。

 その単語をしっかりと耳にとらえたセルセラとリリンは、今まで争っていたのが嘘の様に同時に首をぐりんと回し、シエルを凝視した。


 そんなことに気づかないシエルは肩ひじをついて杯をあおった。

 (はあ~、どうしたらシェロンヌに出会えるのか。何か必要なフラグがあるのだろうか。さっぱり分からん)

 と、シエルの両方の肩にぽんと手が置かれた。シエルが振り返ると、目を半眼にしたセルセラとリリンがそこにいた。

 「?」シエルは首を傾げた。セルセラはまるで肉食獣の様な笑みを浮かべて言った。

 「シエルちゃん、今パンツって言ったよねえ?」

 「!」


 瞬間、シエルは理解した。自分が言ってはならぬ言葉を思わず口にしてしまったことを。無意識だったのだ。隣りのリリンも無言の圧力を加えてくる。シエルはそれを言ったと認めることは、自分の死刑判決に自ら判を押すことと考えて、徹底的にシラを切ることにした。

 「え? 言ってませんよ? どうかしましたか?」

 「とぼけなくてもいい。肯定して」

 といつになくリリンが強気で押してくる。(怖い)とシエルは震えつつも平静を装い続ける。

 「はっはっは、嫌だなあセルセラ様もリリン様も。そんな事言う訳ないでしょう、このわれが――」

 「え? シエルさっきパンツって言ったよね」

 とカウンター席の目の前で頬杖ついているミューシャが、さも興味なさそうに唐突にそう言った。


 シエルはカウンター席にがん! と額を打ち付けた。自分の意図をあっさり崩されたのだ。そうしてシエルは身体を震わせつつミューシャに向かって、

 「こ、の、たわけがっ!」と涙目で思い切り怒鳴った。

 ミューシャはびくん、としたが「な、何だよ、一体アタシが何したってんだよ……」と戸惑っている様子であった。そうしてミューシャを睨みつけているシエルの顔に、頬をすり着ける形でセルセラとリリンが「言ったわよね?」と問い詰めてきたのでシエルは諦めて「はい」と自白ゲロした。


 「はあー、信じられないわあ。シエルちゃんが特殊能力持ちだなんて」

 「でも、そうでないと説明がつかない」

 セルセラとリリンはそう結論を出したようであった。シエルはふたりがパンツにこだわっていなくて助かったと思った。

 「まあ、大したものじゃないですが、それらしきものは持ってます」

 シエルは観念して言った。(全く役に立たない『聞き耳スキル』ですけどね)、とシエルは心の中でつぶやいたのだが。


 セルセラとリリンはいきどおりを感じていた。この前上手く逃げた聖女アンジェリカに対してである。

 「てことはやっぱり勇者にいかがわしい真似をしてたんじゃない、あのアマ~」

 「性女」

 そう言って聖女アンジェリカに対する悪口大会がいきなり開催された。幸いにして客は大方引けて、残っているのはへべれけの常連客がちらほらいるだけである。

 と、いうところで何で敵の評判を気にせにゃならんのだとシエルは気付いた。


 「あー場の空気を悪くしてすみません。おびとしてはなんですが、ひとつおふたりに良い情報を」「良い情報?」

 セルセラとリリンはぽかんとした表情でシエルの方を向いた。シエルはこほんとしてから言った。

 「近日中にお城で舞踏会が開かれる予定だと思いましたが、違いますか?」

 「あー確か三日後にあったわね、そんな催しが」

 と指折って思い起こしながらセルセラが答えた。

 「そんなことはどうでもいいこと」

 と杯を傾けて無関心そうにリリンは言った。そこにシエルは爆弾を落とした。

 「あれ? そんな悠長ゆうちょうなこと言ってていいんですか、お二方様? 勇者様と結ばれるには、あの舞踏会でダンスパートナーを務めることが第一条件なのですよ」


 その言葉を耳にした途端、セルセラとリリンはぎんっ! と目を見開いてシエルを射すくめた。シエルは(怖っ)と思いつつもさらに言った。

 「その場で一曲でも勇者様と一緒に踊れなかったひとはあきらめた方が良いです。逆に言いますと、勇者様と踊った方たちのみがライバルだと言えます」

 これは事実だった。ゲームでは『舞踏会イベント』として行われるこれは、「誰と踊りますか?」という選択肢が出てきてヒロインを選ばなくてはならないのだ。大抵、その時に選んだ女性と結ばれる確率は八割を超えるのである。


 「そそそそれって本当?」と必死の形相で問いかけてくるセルセラとリリンに、シエルは頷いて慈母の笑みで答えた。

 「つまりセルセラ様とリリン様が勇者様と踊ったあとは、他の人に踊らせなければ良いのです」

 と言ってシエルは親指を立てる。リリンはうっとりと「天才……」とつぶやき、セルセラは口をぽかんと開いた。


 その三人のやりとりを厨房の中で聞いていたアリューシャは「シエルちゃん、意外と黒いわね」と言い、ミューシャは「あー勇者パーティって中はどろどろしてるんだ~」とげんなりとし、ブルクハルトは(恋愛相談で得意気に語っているのが、一番年下の皇女様ってのがまた)なんだかなあ、と思うのであった。


 「もうひとつ、とっておきの情報があります」「えっ、まだあるの?」

 と、いかにも怪しげなものを売りつけるセールスの様に、シエルは声をひそめてセルセラとリリンの側に身を寄せた。その三人の動きに合わせて、アリューシャとミューシャもさりげなく位置を変える。ブルクハルトはそのふたりを見て「仕事しろよ、お前ら」とあきれていた。


 「舞踏会の途中で勇者様が中座するのですが――」

 とシエルがささやくと、セルセラとリリンが「ふむふむ」と相づちを打つ。シエルはふうと息を吐いて言った。

 「このとき勇者様と別室で会っている方が、その時点で勇者様が最も心を寄せている方です」

 その言葉発せられると、セルセラとリリンの背景に稲光いなびかりが走った――様な気がした。


 種明かしにゲームのシステムから説明すると、これは『舞踏会イベント』の時点で、勇者と最も高い『親密度』を持つヒロインと別室でお喋りするというイベントである。当然この世界で起こるかどうかは定かではない。まれに、部屋に行ったらメレンコスやアラン卿が待っていた、なんてこともあったが、彼らが頬を赤く染めていたのは酒のせいである(と思いたい)。

 少し置いて、シエルはこの情報をどう活用するかは、お二方に任せますと言って席を立った。


 「ただいまあ」とシエルが最上階の自分の部屋に戻ってくると、例によってイェーナがねていた。(またか)とシエルが思いつつタタロナの方を見ると、「お願いします」という表情でため息をついていた。シエルは長椅子ソファでそっぽをむいているイェーナの背後に寄って、「ただいま」と挨拶した。


 イェーナは拗ねた声で「どうせボクたちより勇者たちの方が良いんでしょ」と言う。シエルは「そんなことは決してないぞ」と答えて前に回り込み、イェーナの頭を自分の胸に埋めてやる(埋まるほどの山はないが)。そうして指で優しくイェーナの髪をいてやりながら「われはイェーナがいないと困ってしまうのだ」とささやくと、「それ本当?」とイェーナが尋ねてくるので「ああ、勿論だとも」と言って初めてイェーナが「姫様は仕方がないなあ、えへへ」と笑うのだ。

 そうしてようやくイェーナが稼働状態になり、風呂に入ったり寝る前のお手入れをしたりして物事が動く様になるのである。勇者パーティの面々が姿を現してからずっとこのやりとりが続いていた。


 シエルは暗くした部屋の寝床で、自分の部下に気を使い敵である勇者パーティの面々に気を使い、雇おうとしている相手にも気を使っている自分は一体何なんだろう、本当に皇女なのだろうか、実は皇女にふんしただけのただの下働きなんじゃなかろうかと頭に疑問符がついてしまうのであった。

 次の日も、また次の日も(シエルはあらかた察していたがやはり)シェロンヌは彼女の庵に不在であった。

 (次で八連荘パーレンチャンになってしまうぞ)と、シエルは肩を落としてそうつぶやくのだった。

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