9 勇者のパーティ(1)

 今日はシェロンヌに会いに行こうと思った日である。

 シエルはガストグルドンの登用が失敗した今、シェロンヌだけでも来てもらわねばアルペルンに来た意味が全く無くなってしまうと考えた。

 いや、ブルクハルトとアリューシャに会えたからそれだけでも良いのだが、今後シエルは色々と忙しくなりそうなので、今のうちに処理してしまえる案件はさっさと片付けてしまいたいところであった。


 シエルは石造りの建物に囲まれた空間にある、庭付きの小さな家を見た。ここが軍師シェロンヌの家である。

 正式には『いおり』というらしいが、この都市の真ん中で庭に菜園があること自体が、彼女が裕福であるというあかしなのではないかと思うのだった。が、ゲームの画像をちゃんと再現しようとすると、このように時としてえらく違和感を感じてしまう場面が出来てしまうのだが、そこはまあお約束として許容しようとシエルは考えていた。


 イェーナとタタロナは敷地の外に残して、シエルはシェロンヌの庵の前に来た。そして扉をこんこんと叩く。しばらくして出てきたのは、シェロンヌの身の回りの世話をしている少年である。彼が口を開いた。

 「どちらさま?」

 「われは地方で領主をしている者だが、タラタ(シェロンヌの姓)先生はおいでかな」

 「先生は今、留守にしているよ」

 と少年が答えた。その返答にシエルは頷き、引き返した。

 シエルはイェーナとタタロナに向かって「用は済んだ。今日のところは引き上げよう」と言った。


 次の日、シエルらは再びシェロンヌの庵を訪れた。 

 昨日と同様にシエルひとりで扉を叩き、少年に用向き伝えた。すると少年は、

 「今日はやることがあって、誰にも会わないそうです」

 と言った。シエルはにこりとして「ではまた出直してきます」と言い、イェーナとタタロナのところに引き返してきた。

 「今日の用事は終わりだ。さて帰るか」

 帰路につくとシエルにイェーナが、

 「いるのに会わないって馬鹿にしてないですか?」

 とシェロンヌに対してぷんぷんと文句を言った。だが、裏事情を知っているシエルは、次は会えるだろうと楽観的に構えていた。二回の訪問は事前準備である。


 シェロンヌ・タータ・タラタ。半森恵族ハーフエルフ。軍師。魔術師。内政家。外交家。森恵族エルフと人族のハーフ。

 前にも記したが三国志のあのお方がモデルで、それで二回の訪問では門前払いを受ける。ここまでくると様式美ともいえるが、次の三回目でやっと本人に会えて、めでたく配下になってくれるという寸法である(予定)。

 軍師ではあるが、彼女の本分は内政家であり、貧しい土地をその辣腕らつわん財テク手法により、金の生る木にしてくれる――と良いなあ、とシエルは思っていた。


 その夜、シエルたちは一階のカウンター席で夕食をとっていた。相変わらず顔に似合わないブルクハルトの美味しい料理で、食堂の席もほぼ満員であった。

 と、そこへ新たなお客が入って来た。ちらとシエルが横目で確認して、思わず目を見開いてしまった。実に懐かしい面々が揃っていた。勇者パーティの一行の登場である。

 緊張した面持おももちでミューシャが『予約席』として取っておいた円卓に案内する。あいつ、われのときは緊張どころか犯罪者扱いしやがったくせに、とシエルはちょっと腹が立った。が、まあやっと勇者パーティの連中と会えたという気持ちで胸が一杯になるのだった。


 パーティメンバーは四人来ていた。

 メレンコス(人族)は『盾戦士』でがたいの良い大男である。気持ちも良く、深く物事を考えない、さっぱりとした男。つまり筋肉馬鹿であった。だが信義に厚く勇者にとって信頼のおける男である。


 セルセラ(半森恵族ハーフエルフ)は『聖弓手』という弓使いである。金髪を三つ編みにして長く垂らしている。皆からは「尻尾」と呼ばれ、そう言われる度に怒っていた。ならば髪型を変えればいいのに、そうしないところがセルセラであった。変えたら負けと考えているのだ。その他に彼女は密かに精霊を使役するのだが、切り札として滅多にひとには見せなかった。


 リリン(人族)は『賢者』で、ゲームで最高の攻撃魔術を使いこなす、最強の魔術師である。普段は無口だが、意外と短気で怒るとすぐに呪文をぶっ放す、危ない娘である。背が低くて本人はそれをいたく気にしている。現在のシエルにしてみれば、何となく共感を感じる部分が多い女の子であった。


 アンジェリカ(人族)は聖花教公認の『聖女』で、主に治療を担当している。シエルの思い出としては、勇者のレベルが低いうちは随分とお世話になり、「やれやれ、仕方ないですね」と言って良く治療魔術をかけてくれたものである。

 ミリアネス王女、セルセラ、リリンの三人が、一見普通そうに見えて実はエキセントリックな性格をしている為に、勇者にしてみれば唯一のオアシス、文字通り癒し系のお姉さんであった。

 あとから考えると聖花教上層部から言い含められて、ことさらそのように振舞っていたようで、他のふたりの女性からは「あのかまととぶりっこが」などと言われていたらしい――勇者としては、全く知りたくなかった事実であった。


 あとひとり、パーティメンバーではないが、裏方として色々な物や情報を融通してくれる『商人』のガリルン(人族)がいた。彼は勇者に色々と献策してくれる『謀臣』でもあったが、今日は勇者とともにここには来ていないようだった。  


 シエルは隣りに座っているイェーナとタタロナが緊張しているのに気がついた。

 「ふたりは食事が終わったら上に上がっていなさい」

 とシエルが言うとイェーナが、

 「いえ、姫様をここにひとりで残していくわけにはいきません」

 と答える。シエルはその気持ちは有難いが、そのように殺気を出しかかっているのは非常によろしくないと思っていた。

 「タタロナ、イェーナを連れて上に上がっていなさい」

 とシエルは今度ははっきりとふたりに命じた。タタロナは頷き、渋るイェーナを連れて部屋に帰った。シエルはため息をついた。

 アリューシャが近付いてきて「主君思いの良いじゃない」と言ったが、シエルは首を振って、「主君の意を汲むのも大切な資質だよ」と返した。

 シエルは薄めの酒入り牛乳を頼んだ。ちょっと連中の様子をうかがいたくなったのだ。


 勇者パーティの席ではなごやかに食事が進んでいた。シエルの側に、ブルクハルトが寄ってきた。

 「しかしお前さん、本当に勇者らに対して何も隔意がないんだな。たまげたぜ」

 「別に恨むことなんて何もないし。彼らは彼らの役割を果たしているだけだし」

 ブルクハルトはシエルが全く殺気を放っていないのに気がついていた。そしてこのシエルの老人の様な達観した物の見かたというのは、一体どこで身につけたのだろうかと不思議に思うのであった。

 「酒飲む?」とシエルがブルクハルトに尋ねる。

 ブルクハルトは「もうちょっと客が引けたらな」と答えた。


 それから一刻ほど経った。

 食堂(兼酒場)にいたお客の半分が、部屋に戻るか家路についた。残っているのは馴染みの常連客ばかりであった。

 勇者パーティの面々はまだまだいけるようであった。楽しそうに話し、飲んで食べている。シエルは杯を重ねていたので、薄い酒だったがほろ酔いになっていた。ミューシャが空いた隣りの席に座ったので、シエルが話しかける。

 「随分と勇者たちに入れ込んでいるじゃない」

 「あ? 当り前じゃない。滅びそうになった王国の救世主たちだよ? 生ける伝説だよ? サイン貰ったし!」

 とミューシャが興奮気味に喋った。シエルは(あ、この世界にもサインってあるんだ)とひとつお利口になった気がした。


 「凄いよねっ、あの勇者パーティの存在感! オーラっていうの? 一般人とは違うっていうか――」

 「われは?」「え?」「われのことはどう感じる?」「……」

 ミューシャが目を細めてシエルのことをじっと見つめる。ちなみにシエルの正体は知らない。しばらくしてミューシャがしみじみと言った。

 「貧乏貴族っぽい臭いがする」

 ほう、オーラってのは臭うんだ。ふーん、初めて知ったぞわれは、とシエルが仏頂面ぶっちょうづらで厨房の中をふと見ると、ブルクハルトとアリューシャがくっくっくと忍び笑いをしていた。シエルは面白くなくなって、眉をひそめて杯に口をつけ、ごくりと酒を飲んだ。


 要するにこいつは肩書きとか、有名とかに弱いな奴なのだとシエルは納得した。多分われがウルグルドの皇女と知ったら、喜んで地に伏すタイプなのだ。

 との考えに至って初めて皇女ってそんなに有名か? と疑問に思った。そうしてシエルは考えてみたが全然有名じゃないようだった。

 勇者とは、メジャー大名とマイナー大名ほどの差がありそうだった。


 ミューシャはあこがれのまなざしで勇者パーティの面々を眺めた。シエルはそれを見てふん、と鼻で笑った。どいつもこいつも勇者パーティというだけでだまされてやがる。

 客の数人が酒を注ぎに行って、セルセラの奴が「あら、有難う、ほほほ」なんて取りつくろっているが、あいつは大口開けてよだれを垂らして寝るんだぞ! とこの食堂にいる騙された客どもに大声で真実を伝えたかったが、そうするとわれは奴の弓で串刺しにされるであろうから、やめておいた。

 大人の対応である。

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