8 遺跡探索(4)

 さらに四半刻った。

 シエルたちは今地下十九階にいた。そうして目の前には地下二十階に至る階段がある。

 「ねえ、今まで結構宝箱をあとに残してきたけど、もったいなくない?」

 とミューシャが聞いてきた。シエルは訳知り顔で答える。

 「初級遺跡の宝箱なんか、ろくなものは入ってないんだよ。まあ開けるだけ時間の無駄だと思けど」

 「でも、さっき銀貨が一杯入っていたじゃない」とミューシャは食い下がる。

 「あれはたまたまで、そんなことは滅多にないことなの。それを何度も期待しちゃいけないんだよ」

 シエルはそうさとした。ミューシャはそれを不承不承了解したが、もしシエルらが宝箱をこまめに開けていたら、それだけでミューシャは大金持ちになっていただろう。そのような財宝がここの宝箱の中にはうなっていたのである。知らぬが仏と言うのは、こういう場合に使うのであろうか。


 「では、二十階に進もうか」とシエルたちが階段を下りようとしたとき、「おおい待てえ」という聞き馴染みのある声が聞こえてきた。

 しばらくその場で待っていると、ブルクハルト他三名が走り寄ってきた。

 シエルはぽかんとしてブルクハルトの顔を眺めていたが、ミューシャはあれえという表情で話し掛けた。

 「ブルクハルト、どうしたの? 叔母さんから何かことづけでもあるの?」

 と暢気のんきな声を出したが、ブルクハルトは「お前らが心配だから見に来たんだよ」と言った。


 「なんだブルクハルト、お前さん冒険者だったのか」

 とシエルが意外そうに言うと「まあ、昔ちょっとな」と照れくさそうにブルクハルトは笑った。そう見てみれば、忘年会のときにいた女魔術師さんの顔があった。

 (冒険者仲間だったのか)とシエルはに落ちた。

 シエルはじっと四人を見ていたが、

 「これじゃあ回復役のお兄さんはさぞかし苦労しているのだろうな――」

 とぽそりとつぶやくと、

 「分かりますかっ!」

 と治療士役のグレゴリオはびゅっと飛んできてシエルの両手を握る。そしてうるうるしている瞳をシエルに向けると、

 「本当にこの人たちには苦労させられるのです、たまりません」

 と分かってくれますか、とばかりにシエルを見つめる。


 魔術師のサマンサがねたように、

 「ちょっとおグレゴリオ、何自分は苦労してますアピールしてんのよ。お嬢ちゃん、そんな事ないからね」

 と言うと、にこっとさわやかな笑顔をシエルに向けてきた。シエルはその笑顔を見て増々(うさんくせえ)と思ったが、ゼルシスが「どうしてそう思うんだ」とシエルに尋ねたので、シエルは答えた。


 「ブルクハルトは攻撃偏重の軽装剣士、貴方も重装鎧を着こんではいるが盾を持っていない。そして魔術師のお姉さんも攻撃魔法一本鎗って感じで、つまりこのパーティには相手の攻撃を一手に引き受ける防御特化の”盾役”がいないのね。だから高物理、高魔術攻撃に特化した先制攻撃型のパーティで、はまれば強いけど一旦守勢に回ると案外もろくて、生傷が絶えなさそう。それで回復役のお兄さんは忙しそうだなあと――」


 四人はそのシエルの説明に(全部当てはまってるじゃねーか)と驚愕した。シエルにしてみればRPGのセオリーを踏まえて指摘しただけなのだが、その見立ての確かさに(こいつ本当に初心者冒険者なのか?)と疑問が沸き上がってきたのだ。

 そこでブルクハルトはシエルたちの装備を見てびっくりした。 

 「お、おいシエル、お前らその装備でここまで来たのか……」

 と言うと他の三人もその言葉でやっと気が付いたらしく、一様に目を見開いた。


 シエルはドレスだけで防具なし。腰には細剣一本のみ。侍従のふたりも侍女服のみの防具なし。ありふれた長剣と解体用の小刀をそれぞれ一本ずつ腰に下げてリュックを背負っている。ミューシャは革鎧を着こんでいるが、そもそも彼女は戦えない。こんな装備でこんな所まで下りてくるとは――

 「貴女たち、正気を疑うわよ……」

 とサマンサがため息をついた。


 シエルは「初級遺跡にそんな重装はいらないでしょ」と仲間をうながしてすたすたと階段を下りて行った。

 しばらくはぽかーんとそれを見ていた【漆黒の無頼漢ども】の四人だが、一拍遅れてまた仰天した。

 「おいっ、そっちは未到達エリアだぞっ」とゼルシスが声を上げると、グレゴリオも「何と豪胆な――」とつぶやいた。

 「やっぱりあの子たち正気じゃないじゃない」

 と妙に納得したようにサマンサが言うと、ブルクハルトが、

 「豪胆じゃなくてああいうのは馬鹿者バカモンって言うんだよ!」

 と吐き出して慌てて後を追いかけた。


 地下二十階に下りた。

 下りると正面に大きな両扉が閉じてある。シエルはイェーナとタタロナに「ちゃっちゃと開けちゃって」と指示すると、イェーナは「はあい」と返事をしてその両扉に手をかける。ぎぎぎといかにもな音がしてその扉は開いて、シエルら四人はその中に入る。

 中は薄暗い(シエルの視野で)大広間だった。


 そのあとからどやどやとブルクハルトら四人が入って来た。そして慌ててシエルの肩に手を置いて言う。

 「おいっ、急いでここから出るぞっ」

 とのブルクハルトの言葉にシエルは振り返って「何で」とごく普通に聞き返した。「何でって――」とブルクハルトが言葉に詰まっているとゼルシスが、

 「遺跡では十階毎にボスクラスの魔物が出るんだ。ここは二十階だから、かなり強い奴が出るんだぞ」

 と説明してくれた。

 シエルが「ふ~ん」と生返事をしたとき、突然後ろの両開きの扉ががちゃん! と大きな音を立てて閉まった。【漆黒の無頼漢ども】の四人はびくっと一瞬痙攣した。シエルらは全く反応しなかったが、それはそれがどういうことか全く知らなかったからである。


 「ああいうのを自動ドアっていうんだぞ」

 とシエルがのんびりと解説すると、

 「うちの宿にもあれば便利なのにね」

 と、ミューシャは頓珍漢とんちんかんな受け答えをした。

 「あれは費用が掛かりそうだから、ミューシャの賃金は削られそうだね」

 とシエルがからかい気味に言うと、

 「そんなの絶対やだ! そんなこと、しないよね?」

 とミューシャがブルクハルトに心配そうに尋ねてきた。

 ブルクハルトはそのミューシャの言葉を聞いて目を閉じて、

 (違うだろ⁉ 問題はそこじゃねえだろ!)

 と思いっ切り突っ込みたい気分になった。


 と、そのとき。

 大広間にギリシャの神殿のように、両側に等間隔で並んでいた柱に備え付けられていた松明たいまつが、ぼっぼっぼっと奥に向かってともっていく。

 【漆黒の無頼漢ども】の四人は即座に武器を抜き、緊張して身構えたが、シエルたちの発した、

 「へえ~凝ってるねえ~」「わあー綺麗」「ふふふ、こういうのを演出と言うんだよ」「うん、凄い凄い」

 という場違いな言葉に皆ずっこけた。


 そしてその明かりが広間最奥まで達すると、一段とまばゆい明かりが灯り、そこには全長十メートルほどの胴の太い二本の足のある、翼の生えた大蛇の頭が三本ある魔物がいた。その魔物はしゃあああという不快な鳴き声を上げて、ゆっくりとこちらに向かって来た。

 その魔物を見たとき、【漆黒の無頼漢ども】の各人は絶望に襲われた。ぶるぶると脚は震え、かちかちと歯が鳴った。


 「! 駄目だっありゃ、化物だっ。勝てねえっ」とゼルシスは悲痛な声を上げた。

 「あれは混合蛇という伝説の魔物ですっ。こんなところに生息していたとは!」

 と青い顔でグレゴリオはつぶやいた。

 「何弱気な事言ってんのよっ! あんたたち、るわよっ」

 とサマンサが気合を入れた。

 ブルクハルトはその魔物を見て、(ああ、アリューシャに申し訳ねえなあ)と死を覚悟した。後ろの扉は魔物か冒険者が死ぬまで開かない。そういう仕組みだったのだ。


 片や。

 シエルたち四人は全くの自然体でその魔物を見ていた。

 何しろシエル以外は三人とも夜目が利いた。大広間に入った時から奥にいるそれを認識していたのだ。シエルもぼんやりとではあるが、それがいるのは分かっていた。

 (人間相手の演出だからなあ。タネがばれてるとこんなにも間抜けなものだとは)

 と、シエルは苦笑した。ブルクハルトらはさぞかしびっくりしたに違いない。シエルはミューシャに、 

 「危ないからその柱の陰に隠れていなよ」

 と言うとミューシャは「はーい」と素直に返事して柱の後ろに身を潜ませた。

 (普段もこれくらい素直だったら良いのに)

 と思いつつシエルはイェーナとタタロナに、

 「左右の首はふたりでやって。われは真ん中を」

 と言ってその魔物に向かって駆け出した。

 「あ、姫様ずるーい」と声を上げてイェーナが続く。タタロナは無言だった。


 その行動にブルクハルトらの息が止まった。「おい、死ぬ気――」とブルクハルトが言葉を上げようとして、信じられないものを見た。

 シエルら三人は同時に魔物の頭目がけてたんっ! と宙に跳んだ。魔物は口からひとつは炎を、ひとつはどろっとした緑色の液体を、そしてひとつは針の束のようなものを吐き出した。が、三人はこれを身体をひねって難なくかわし、イェーナとタタロナは左右の首を一太刀で両断した。ふたりの剣閃がぴかっと光って首が落ちたのだが、ブルクハルトらはそれを全く知覚出来なかった。

 シエルは真ん中の蛇の頭の上に降り立つ直前に、腰の細剣を抜いてそれを魔物の脳天に突き刺した。顎の下まで貫かれた魔物は、シエルが降り立った勢いのまま床に伏したが、細剣によってそこにい付けられた。しばらく魔物の羽と脚がばたばたと痙攣していたが、やがてそれも無くなった。魔物は死んだのだった。


 そうしてからシエルは頭から細剣を抜いた。イェーナはつまらなそうに、

 「結局図体が大きいだけのこけおどしでしたねー」と言うとタタロナに、

 「魔物風情に何を求めているのよ」と呆れられた。

 ミューシャが駆け寄ってきて、「ねえ、宝は? 宝はどうなったの!」と目を輝かせて言うので、シエルは「タタロナ頼む」と言って全員で奥の台座に向かった。


 ブルクハルトら【漆黒の無頼漢ども】の面々は、これら一連の光景を一言も喋らず(喋れず)に見ているだけであったが、サマンサがぼそりと言った。

 「ねえ、これ私たち来る必要あった?」

 それにゼルシスとグレゴリオは「ねえな」「ないですね」と小さく答えた。ブルクハルトはただあんぐりと口を開けていただけであった。


 後日の話になるが、そこで見つけた腕輪は遺物であったが、初めての発見であったために値がつけられず、ゼルシスがギルドで一旦預かることになった。

 そうしてかなりあと、ミューシャが結婚して子供もふたり出来たある日に、家に役人が来て大金を置いていった。ミューシャがその金が何なのか思い出すまでしばらくかかったが、あのときの腕輪の代金と聞いて跳び上がった。

 そうしてミューシャはアルペルンでも有数の大金持ちになったのだった。

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