7 遺跡探索(3)

 と、前衛のゼルシスが左手を上げた。何かがいる、という合図だ。

 ブルクハルトは音を立てずにサマンサの横を通り抜け、ゼルシスの左隣りにつく。剣はまだ抜いていない。目を凝らす。と、地面に何かが伏している。まさかシエルたちの誰かではあるまいな、と一瞬身体を強張こわばらせたが違った。ブルクハルトはすたすたと近付くと、カンテラをかざしてその物体を覗き込んだ。

 「陸棲魚ランドフィッシュだ」


 陸棲魚は手足の生えている魚である。漁人族サハギンほど知性が高いわけではなく、四つ足で動き回る。見た目よりかなり俊敏で、麻痺毒を口から吐き出す。牙がかなり鋭く、ひとの骨肉など簡単に噛み千切る。

 それが四体通路に倒れていた。三体は胴が両断されていた。あの侍女たちの長剣によるものだと思われた。残り一体には目立った傷がない。ブルクハルトははてな、と思ったが、陸棲魚の右目に穴が開いていた。ここに来る前に武器屋の親父と会ったが、シエルが買っていったのは細剣だということだった。それかとブルクハルトは思った。


 (しかしあの親父、もっと頑丈なのを勧めりゃいいのに。なんで細剣なんてな武器を)

 階層を下るにしたがって、皮膚の堅い魔物が増えてくるのだ。あの武器ではそいつらに対応出来ないだろうとブルクハルトは思い、そこでそもそもシエルらは初級遺跡に入る予定だったことを思い出した。初級遺跡の魔物ならば細剣でも十分なのだった。

 ゼルシスは陸棲魚の両断面を見て、ふむと頷いた。

 「これならば、早々にやられはしないだろう」

 「そうね」「そうですね」

 サマンサとグレゴリオも確認して同意した。少なくとも皇女様たちは銀級の腕前はあるようだった。「先に進もう」とゼルシスが言った。

 願わくば、そんなに深く潜っていないでくれとブルクハルトは思うのだった。


 またまた、場面は以前に戻る。

 受付を終えたシエルたちが遺跡に入った直後である。時刻は第五刻(午前十時)ちょいすぎであった。

 シエルは前方に伸びる通路を薄暗いと思ったが、イェーナ、タタロナ、ミューシャの三人は明かりがなくても全く不便を感じていない様であった。さすがは夜目が利く種族であった(イェーナは鳥目かと思っていたのだが)。

 そこでシエルがおごそかに宣言をした。

 「では、遺跡探索を開始する」

 その言葉に答えて他の三人がわーぱちぱちと拍手した。シエルは照れ臭くなりながらも片手を上げてそれに答えた。


 「ミューシャ、これが遺跡内だ。中は通路といくつかの部屋に分かれ、そこに魔物、罠、宝箱が存在する」

 シエルはミューシャに説明を始めた。

 「大抵は通路が迷路になっていて、普通はパーティの誰かが地図を作る役目をになうのだ。タタロナ?」

 「はい、全て覚えておきますのでご心配なく」 

 とタタロナは何の気負いもなくそう答えた。シエルは彼女を頼もしく思い、こほんと咳を払った。

 「普通は地図を作るんだぞ? 普通はな」大事なことなので二度言っておいた。


 ミューシャは「分かったわよ」と言い、辺りを見回した。入り口近くは広間になっており、通路が三本伸びている。

 「こっちに行きたい!」

 というや否やミューシャはぴゅーと駆け出した。シエルの目ん玉は飛び出した。「い、イェーナ!」と慌てて声をかけると、イェーナは「あーはいはい」と言ってミューシャの後に付いていった。シエルの鼓動はどくん、どくんと速く鳴っていた。

 心臓に悪すぎるとシエルはミューシャのことを思い、タタロナを先にしてシエルはふたりの消えた通路について行った。 


 『イーゼスト戦記』の遺跡というのはつまり地下迷宮ダンジョンの事であった。その原型は八十年代初頭に誕生した迷宮探索ゲームにある。いわゆる”いしのなかにいる”というメッセージを見て頭を抱えた方もいるかもしれない。

 つまり『イーゼスト戦記』を発売した会社は、そのスピンオフ作品として『イーゼスト戦記』のキャラクターを使ったRPGを作ろうと画策かくさくしたのだ。シエルもその体験版をやってはみたが、その超名作ゲームのパク――オマージュ的な作品としか思えなかった。

 そうして貴重なリソースをそっちに食われている間に会社の経営が悪化して、『イーゼスト戦記』の続編構想は結局露と消えにし、と相成ったわけであった。馬鹿め。


 突然だんだん、と地団太を踏み始めたシエルにびっくりしたタタロナは、口を半開きにして彼女を見つめた。しばらくしてその視線に気がついたシエルは頬を赤らめて「Gが……」とつぶやいた。タタロナはそうではない事を知っていたが、「Gでは仕方御座いませんね」と言ってその話を流してくれた。優しい世界であった。


 そのとき前方から「あーーー」というミューシャの叫び声が聞こえてきた。

 シエルとタタロナは顔を見合わせ、直後、声の聞こえた方へ走り出した。ふたりに追いついたシエルとタタロナは、ぱたぱたと宙に浮いているイェーナと、それに抱きかかえられている尻尾を丸めたミューシャの姿を認めた。その足下にはぱっくりと開いた落とし穴と、その底に先端が鋭く光る杭が乱立しているのが見えた。


 「だから罠があると言っただろうが!」

 とシエルは怒った。「ご免なさい」とミューシャは素直に謝った。ミューシャの身に何かあれば、アリューシャに申し訳が立たないと思ったのだ。

 「普通は遺跡を進むときは斥候といって、罠や魔物を探知する役目を持った者を先行させるんだ」

 先行させすぎると沈むがな、とシエルはにやりとほくそ笑んだ。

 ミューシャは遺跡探索というものを単純に考えていたようだが、より専門的な知識と技術が必要だということを知ったようだった。それからは急に飛び出す様な事はなくなったのである。

 (それにしても今の落とし穴は致死級のものじゃないのか? 新人が引っかかったら終わりだろうに)

 まだ遺跡の一階である。シエルは初級にしてはちと厳しくないかと思いつつも、ピラニアに手足がついた魔物をあっさり四体ほふると、偶然見つけた下への階段を使って地下二階にり立った。


 その後はシエルたちは、全ての罠を発動させないように探知しては解除していった。まずイェーナが先行してここが怪しい、というところを直感的に指摘する。そこをタタロナが精密に調べて罠の種類を判別し、解除に撤去、または回避していった。このふたりの連携は完璧で、全く危なげがなかった。

 タタロナは職業柄(!)全ての罠に精通していたのだ。

 魔物の探知もまた早かった。こちらはイェーナの領分で、一度たりとも奇襲を受けなかった。イェーナは六感をふるに使い、潜んでいる敵を全て暴き出した。そうして発見してしまえば、シエルたちはその圧倒的な武力で魔物たちをなぎ倒していったのである。


 ミューシャはその三人の様子を目を白黒させながら眺めていた。じっと目をらして見ても、シエルたちの戦闘の様子がかすんで良く分からないのだ。

 「ちょっと魔物と戦ってみるか?」

 とシエルに言われたが、ふるふると顔を横に振った。自分にはどうやってもあんな風にはなれないとミューシャは思ったのだ。

 魔物の解体もやって見せてくれた。実に手際よく、ふたりの侍女は部位毎に切り分けていった。

「ここは毒が溜まっているから傷をつけないこと。ここは高く売れるから丁寧に切り取ること」

 ミューシャはふたりの侍女の説明を聞きながら、少し気分が悪くなった。自分は魔物の臭いが苦手だと知ったのだった。


 宝箱の開封だけはミューシャも面白いと思った。罠の解除はタタロナである。ミューシャはどうしてただの侍女がこんなに罠について詳しいのか不思議に思った。実はタタロナはの侍女ではなかっただけの話だったのだが。

 宝箱が開いて銀貨が二十枚も入っていたときは、ミューシャは興奮して叫んでしまった。シエルは発見した財宝は山分けするのがしきたりだ、と言ったのでミューシャにも銀貨五枚が手に入ることになった。銀貨五枚! ミューシャが初めて手にした大金だった。これだけでここに来た甲斐があったとこの猫人族の娘は思った。


 休憩時に保存食も食べてみた。堅パンはそのままでは歯が立たなかった。タタロナがお湯を沸かして、食器を人数分用意してそこでスープのもと(固形)を溶かした。そのスープに堅パンをつけてふやかして食べるのだが、ミューシャはあまりおいしいとは感じなかった。

 干し肉はしばらく口の中で転がしてないと、噛み切れなかったし味は塩辛かった。シエルが冒険者はいつもこれを食べるんだと言ったので、ミューシャはうんざりとしてしまった。冒険者だけでなく旅人も、野宿する時のメニューはこんなものだということに、ミューシャはうへえと思った。


 「タタロナ、ここに入ってどの位経つ?」

 とシエルは聞いた。タタロナは懐中時計を取り出して、

 「今第七刻(午後二時)ですから入って二刻経ちましたね」と答えた。

 シエルはそろそろ戻るべきかなと思った。これ以上潜ると帰るのが夜になってしまいそうだったからだ。

 「今何階かな?」と、再びシエルはタタロナに尋ねた。

 「十七階です」という答えが返ってきた。シエルは迷った。

 「せめて二十階まで行きましょうよう。全然歯ごたえがないですもん、ここの敵」

 イェーナがそう口を尖らせたのでシエルは、

 (初級遺跡に一体何を期待してるんだこの阿呆鳥は)と思った。


 それにしても体験版をやったときは初級遺跡は十階しかなかった筈だが、この世界では新たな階層が実装されたのだろうかとシエルは疑問に思ったのだが、まあいいかと納得してしまうところが良くも悪くもシエルであった。

 「じゃあミューシャ、あと二十階まで下りるけど良い?」

 とシエルが聞くとミューシャは「別にどっちでも良いよ」とあまり関心なさそうに答えた。

 どうやらミューシャは自分が冒険者には向いていないと自覚したらしかった。これでアリューシャに良い報告が出来るとシエルはほっとしたのだった。


 進めど進めどシエルたちの姿は見当たらなかった。床に何か転がっている度にブルクハルトはどきっとしたが、次第にそれら魔物の屍を見て自分の顔が強張っていくのが分かった。ゼルシスがぼそっとつぶやいた。

 「ブルクハルト、気づいているか? この魔物たちの死骸を見て」

 「ああ、わかっているさゼルシス。ここまでの魔物たちは全て一刀で倒されているってことをな」

 その言葉に【漆黒の無頼漢ども】の四人は押し黙ってしまった。


 現在のここは地下十五階である。上級遺跡の地下十五階の魔物をたった一太刀で斬り伏せる? あり得ないだろと四人は思った。それに経路には白墨らしきもので全ての罠が調査確認済であった。シエルたちの露払つゆはらいは完璧、それだからこそ、ブルクハルトたちはここまで素晴らしい速度で下りてこれたのだ。

 ここまで【漆黒の無頼漢ども】の四人は、一匹たりとも生きている魔物には出会わなかった。そして一回たりとも罠を発動させることなくここまで来てしまった。

 四人全員がシエルたちのことを(何なんだあいつらは)と思っていた。


 「現在この遺跡で探索が終了している階層は何階なのですか?」

 グレゴリオが聞いてきた。ゼルシスは「今は十九階までだな」と答えた。

 遺跡を探索した場合、その構造を記した地図は冒険者ギルドに提出しなければならない。勿論新規開拓した階層であれば、高い報奨金が貰える。

 その遺跡の情報はギルドが厳密に管理していた。いざというときのために。その判別している十九階までの地図をゼルシスは持って来ていた。だが先行するシエルたちはこれを入手していない筈であった。それなのにこの進行速度はどういうことだろうか。


 実はそれはイェーナの特殊能力が関係していたのだった。彼女は「繋がっている空間」を感知出来たのだ。空気の流れを読むというか。種族特性なのかもしれなかった。それがこの迷宮探索に大いに役に立っていた。一直線で次の階層に至る階段を見つけることが出来たのだった。


 「私、今の今まで自分の能力に自信持っていたけど、今日のこれを見ているとそれが無くなってきたわ……」

 とサマンサがしょんぼりとしてつぶやいた。ブルクハルトは彼女を慰めるように言った。

 「ま、まあ、何かと規格外な姫さまなんだ。ちょっと常識はずれというか」

 「ちょっと⁉ これがちょっとだっていうの⁉ 遺跡探索初挑戦でいきなり上級遺跡に挑んで、罠の発見処理は全くの完璧。魔物に会えば鎧袖一触がいしゅういっしょく。そして地下十数階までわずか二刻で到達しちゃうって。いいブルクハルト、彼女たちが本気で冒険者になったら数年でこの国の遺跡を全部踏破しちゃうわよ? 他の冒険者たちは廃業ね」

 そのサマンサの言葉を聞いて、三人とも否定出来ないところが恐ろしいところであった。

 「ちなみにこの迷宮の地下十五階まで到達するのは平均で何日かかるの?」

 勿論普通の金級冒険者チームがよ、とのサマンサの問いにゼルシスは「一週間だ……」と小さく答えた。

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