5 遺跡探索(1)
シエルたちが”勇者の宿り木亭”に戻ってみると、ミューシャがアリューシャに怒られていた。「どうしたの?」とシエルがアリューシャに聞くと、アリューシャがぷりぷりして言った。
「この子は仕事にも来ないで午前中遊び歩いていたんですよ。こんなことじゃ姉に顔向け出来ません!」
それに対してミューシャは不満げな顔つきであった。どうせこの宿は午前中は暇なんだからいいじゃんよ、というのが彼女の主張であった。
シエルは暇そうに見える午前中も、客室の準備があり、掃除があり、料理の下ごしらえがあり、必要な買い物があるんだよ、と言ってもこの娘には右から左だろうなと思った。それにこれぐらいのことはアリューシャが既に注意してそうではある。
ではどうするか。自分らは客だから、放っておいても構わないだろうが、アリューシャとブルクハルトとは『店と客』という関係にはなりたくない。
それでシエルは一肌脱ぐことにしたのである。
「ミューシャがやりたいことって何? なりたい職業は?」
そうシエルがミューシャに尋ねると、最初はぽかんとしていた彼女だが、
「アタシは冒険者になりたいの!」
と勢いよく答えた。それを聞いたブルクハルトが、鍋を持ちながら口を開こうとしたが、シエルはそれを目で制した。
「冒険者になって何をしたいの?」
「遺跡を探索して、財宝を見つけたい!」
と、目を輝かせて叫んだ。シエルは
「えっ、でも遺跡には冒険者ギルド員じゃないと入れないんじゃ?」
と、ミューシャは疑問をぶつけてきた。シエルは最低限の事は調べたんだなと感心した。ただ、遺跡に入る事が出来る正確な条件は、『そこの統治者から許可を得た者』だ。冒険者ギルドは『統治者から
シエルは懐から一枚の銅板を出して、ことりとカウンターの上に置いた。ベネターレのギルドで取得した【名前札】であった。
そこにいた三人、ミューシャ、アリューシャそしてブルクハルトは、え? という顔をした。シエルはドヤ顔で胸を張り、
「問題ない」
と宣言した。【名前札】はパーティのひとりが持っていればよいのである。ミューシャがその【名前札】を見て「あれ?」と首を傾げた。
「これ、名前が”ラーニャ”になっているけど」
「【コードネーム】だ。冒険者専用の名前だな。有名な奴は皆そうしている」と、得意気にシエルは答えた。
(こいつ、偽名で登録しやがった)
と、ブルクハルトは渋い顔をしてシエルのことを見た。確かに帝国の第一皇女が本名で登録したらえらいことになるのは馬鹿な自分でもわかるとブルクハルトは思ったが、出来れば本名で登録してくれればという思いもあった。
ブルクハルトは冒険者を引退した身であるが、『冒険者地位向上委員会(仮)』のメンバーでもある。皇女様が冒険者ギルド員であると知れればその効果は絶大だろう。
「ミューシャも登録する時は何か考えておくことだ。”旋風のミューシャ”とかね」
「何それかっこ良い」
(おい馬鹿やめろ)
とブルクハルトは心の中で突っ込んだ。それは新人にありがちな、絶対にしてはいけないことの最初に来るものであった。熱が冷めて正気に戻ったとき、わが身をさいなむ諸刃の剣となるだろう。”二つ名”というのは基本第三者が付けるものであって、本人自らが呼ぶものではない。
何人ものそんな
「このアルペルン近郊には発見された遺跡が三つある。そのうちひとつはまだ封印が解かれてないけど、残りふたつのうちひとつが初心者用の遺跡で、階層も浅いし出てくる敵も初心者向けだ。もし興味があるならわれが連れていこう」
そうシエルが言うとミューシャは「行きたい! 連れてって」と即答した。アリューシャは目を
「駄目駄目駄目ですっ! 危なすぎるからっ。シエルちゃん! 貴女は大切な身なのですよ。それなのにもし何かあったら――」
「大丈夫だって叔母さん。アタシが何とかするから」
と
「ブルクハルト、貴方から言ってよ。この子たち本気で行きそうなのよ」
とアリューシャがブルクハルトに助けを求めた。ブルクハルトはシエルたちを見た。彼は引退したといっても元金級冒険者である。その彼が見る限り、シエルだけでなく、後ろの侍女二人も「かなり
あの初級遺跡ならば何ら問題はないとブルクハルトは思い、言った。
「まああの初級遺跡なら問題はないんじゃないか」
その答えにアリューシャは不満であったが、彼女はブルクハルトが元金級冒険者だということを知っている。その彼が大丈夫というのだから、と言うことで渋々と了承したのである。ちなみにミューシャはこの事を知らない。
「じゃあ、明日一日だけミューシャを借りますね」
とシエルは言い、アリューシャに耳打ちした。
(ちょっと彼女を怖い目に
アリューシャは(なるほど、そういう事だったのね)と頷いた。
ミューシャの性格上、ここで抑えてもいずれ私たちの目を盗んで遺跡に入り込もうとするのは目に見えてる。だから一度入らせて本人に身の程を知らせるのね、と納得したのだ。
と、実に簡単に遺跡探索が決まったが、これがアルペルン冒険者ギルドのマスターの頭を悩ます問題になろうとは、この時点では誰も予想していなかった。
ゼカ歴四九九年十一月二十二日。転生して四百二十二日目。晴れのち曇り。
第三刻(午前六時)に朝食をとるためにシエルたちが一階に下りると、既にミューシャが宿に来ていた。
「遅~い」
と彼女は文句を言ったが、普段は遅刻するくせに、遠足のときだけは早起きするタイプだなとシエルは思った。
「第三刻半(午前七時)前にここを出るから」
とシエルは言って朝食を食べ始める。ミューシャは早く、早くうと言ってタタロナたちを苦笑させていた。
シエルたちは予定よりかなり早くアルペルンの冒険者ギルドに到着して、遺跡に入ることを伝えた。これは別にやらなくてもいいことだったが、ブルクハルトから
「お前の身体はお前だけのものじゃないんだぞ」
と、
「銅級冒険者のラーニャ様ですね。はい、受付けました」
と美人の受付嬢さんがにっこりとほほ笑んで言った。シエルは何となく得をした気分になった。ギルドを出る際に、入り口の机の上にアルペルン周辺略図が束になって置いてあったので、一枚をさらりと抜き取った。
ギルドの受付嬢はシエルが出て行ったのを確認してから、四階にあるギルドマスターの執務室に向かった。そしてギルドマスターに、只今”ラーニャ様”がお
昨日の夜遅くにゼルシスの自宅にブルクハルトが訪れて、「皇女が明日遺跡に入る」という爆弾を落としていったのだ。そして自分が依頼するから適当な冒険者を二、三人彼女に付かせてくれと頼んだのだ。
ゼルシスは帝国の皇女様が冒険者登録をしていたのもびっくりだった。そう言えばちょっと前にベネターレの冒険者ギルドから、ギルドマスターだけに渡される情報として、『帝国の皇女が”ラーニャ”という偽名で冒険者登録をした』ということが伝えられていたが、あれは本当の事だったのかと呆然としたのである。
ブルクハルトの依頼をゼルシスは、いやこちらで手配すると言い、今朝には既に銀級の三人を遺跡近くに派遣していた。
なお彼ら及び受付嬢には”ラーニャ”の事は、王国の某貴族がお忍びで活動しているのだと伝えてある。ゼルシスは現在このアルペルンには王国の貴族が殆ど集結している筈だが、そのお
ブルクハルトは頭を掻きながら、実はうちの宿がその皇女の寝床なのだが、と言うとゼルシスは「は⁉」と間抜けな声を上げた。
シエルは昨晩ブルクハルトからお勧めの武具店を教えて貰っていた。
それで今ミューシャの鎧を選んでいる最中だった。やはり動きやすい革鎧が丁度良いと思われた。シエルはイェーナとタタロナに「鎧いる?」と聞いたが、ふたりとも重くてかさばるのは要りませんと断わった。
「姫様はどうなんですか」とイェーナが聞いてきたので「われも要らん」とシエルは答えた。
ようやくミューシャの鎧が決まったので、次は武器だった。シエルはミューシャに武器の心得があるのかと尋ねたら全くないと言うので、短剣もしくは小刀を勧めた。
「姫様、武器ぐらい持って下さい」とタタロナに言われたので、シエルは仕方なく棚に立てかけてあった戦斧を取ろうとした。
そうしたら店の親父が慌てて「お嬢様にはこちらが良いでしょう」と
イェーナとタタロナはと聞くと、ふたりとも腰に差してあるありふれた長剣をぽんと叩いた。ミューシャに見せるために、魔物解体の実演をして貰うかも、と言うとふたりはそれ用の刀を一本づつ購入することにした。全員の装備が決まったので代金を支払い、店を出た。後は魔術薬が何本か、背負い袋が三つ(シエル以外が背負う)、 火の魔石が何個か、水筒を人数分と水の魔石、保存食(パンと干し肉)を二日分、他に縄とか布とか毛布とか袋とか食器とかの雑用品をいくつか買い
そうして預けてある馬を六頭(二頭は荷物用)引取り、地図に従って遺跡に向かった。
半刻後、大体第五刻(午前十時)頃に遺跡に到着した。遺跡前は宿屋、雑貨屋、鍛冶屋などちょっとした村が出来ていた。その遺跡前の厩舎に馬を預け、シエルらは遺跡の入り口に向かった。
入り口には衛兵の詰め所があり、そこで受付して入場料を払ってから遺跡に入る決まりらしかった。シエルは帳簿に記帳し、代金を払った。ひとり銀貨三枚だったので、合計十二枚の銀貨を衛兵に渡した。
シエルはちょっとボリすぎじゃね? と思ったが。
衛兵はお金を受け取る時に、初めてシエルたちを見て目を
「ちょ、ちょっとお嬢ちゃんたち。その格好で遺跡に入るの?」
貴族のドレスを着て防具の無いシエル。侍女服の二人も防具無し。ひとりだけ防具を着ている少女は武器が短剣のみ。
「問題ない」
とシエルらはすたすたと遺跡の中に入って行ってしまった。呆然と見送った受付役の衛兵だが、記帳された名前を見てまた
『銅級冒険者』
と記されていた方に驚いたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます