3 懐かしい街(3)

 ゼカ歴四九九年十一月二十一日。転生して四百二十一日目。晴れ。

 翌朝になってシエルが、今日からは皆別行動を取ろうと言うと、案の定イェーナから抗議がきた。

 「姫様をひとりにしたら、絶対悪い奴にからまれるに決まっていますから駄目です!」

 「そうは言ってもなあ、われはここでふた月もひとりで暮らしていたし――」

 「駄目駄目駄目です。このイェーナが命の限り守ってみせますから!」


 ただ街中をぶらつくのに命はかけなくても良いと思うシエルだが、こう言い出したイェーナには何を言っても無駄であると分かってきていたので、ため息をつきつつ了承した。そうすると必然的にタタロナもついて来る。結局三人一緒に行動することになるのである。


 そうして一階に下りて朝食を頼んだ。アリューシャが三人分の食事を持って来てくれたので、

 「あの無礼なミューシャはどうしたの?」とシエルが尋ねると、

 「寝坊でしょう」とぷんぷんと頬を膨らませてアリューシャが答えた。

 そのとき唐突に、「お仕置きだべぇ」という幻聴がシエルの耳に聞こえた。なるほどやはり奴には新兵訓練が必要だなと、シエルは朝食を食べながら思うのだった。


 朝食を食べ終えてしばしの休憩を取った後に、シエルたち三人は鉱岩石族ドワーフの鍛冶師、ガストグルドンの店へ行くことにした。この街を訪れた目的そのいちの人物である。

 天気は良く日差しもそれなりに照っていて、街中を散策するにはちょうど良い暖かさであった。相変わらず城郭都市アルペルンの街中は煩雑はんざつで、心地よい活気があった。

 露店通りを通り過ぎる際に、イェーナの目が串焼きなどに吸い付いていたが、さっき食べたばかりでしょとシエルが言うと、イェーナはいえ、肉は別腹じゃないですかと言ってきた。別腹じゃねぇよ、メインだよとシエルは突っ込みたかったが、本気でイェーナはそう思っているらしかったので結局何も言わなかった。


 半刻後、シエルらはガストグルドンの店舗に到着したが、入り口の扉に『しばらく留守にします』という貼り紙がしてあった。シエルはがっかりとしたが、扉を引いてみると開いてしまった。おや、これはもしかしてまだいるのかも、と思い店を奥に進んでいくと、荷物を背負ったガストグルドンとぱったり遭遇した。

 「ああっ、これは我が命の恩人の方~」

 と言って床に額をこすりつけて這いつくばるので、シエルはもうそれはいいからとガストグルドンを立たせた。


 「入り口に留守にするという貼り紙があったが、まさか夜逃げではあるまいな」

 とシエルが目を細めてガストグルドンを問い詰めると、

 「ち、違いますよ、貴女様に言われた通りに、ちゃんと仕事をしておりましたよ。それで今度大口の仕事を受注出来ましたんで、実家に戻るところだったのです」

 とガストグルドンは自分のことを説明した。たしかこいつの実家はダウアートてつ国にあった筈である。


 「実は前に言った通りにお主を迎えにきたんだが――」

 と、シエルは言ったがガストグルドンは申し訳なさそうに答えた。

 「この仕事が終わったらで良いでしょうか? 前金も受け取ってしまいましたし、信用にも関わりますので」

 「うむむ、それでは仕方がないか。ではその仕事が終わったらここに連絡してくれるか」

 とシエルは一枚の紙をガストグルドンに渡した。それを大切そうに懐に入れると、彼は頭を下げて「では」と言ってその場を去ろうとした。


 シエルは最後にふと思いついたことを質問してみた。

 「ここアルペルンでは作れないのか?」

 それにガストグルドンは答えた。

 「注文された品がでか過ぎてここの炉じゃ駄目なんですよ。国営の大型炉を借りないと」

 そう言い残してガストグルドンは街中の人混みの中に消えていった。シエルはその後ろ姿を見て、薄っすらと嫌な予感がした。

 後日シエルは、あのとき引っぱたいてでもガストグルドンを引き留めるべきだったと、そう後悔することになるのである。


 ガストグルドンの登用に失敗したシエルは、すぐさまシェロンヌに会いに行く気もしなくなり、街中をぶらつくことにした。そうしてシエルが気が付くといつの間にやら港の方に来ていたのだ。港の城門を見てシエルは、

 (ああ懐かしい。われは強行突破してしまったが、港の役人さんたちは大変だったろうな)

 と反省するのだった。

 と、ふと見ると門のところに若い門番がいた。つまらなそうにしているその顔つきを見てシエルはにやりとして、思わず彼に近づいてしまった。


 ドレスを着て侍女を引き連れているシエルを見て、若い門番は口をぱくぱくと開けた。

 「まるで金魚みたいですわよ」とシエルが上品(そう)に指摘すると、

 「”きんぎょ”って何だよ……」とその若い門番が怪訝けげんな顔をして答えた。

 あら、この世界には金魚はいないのですわね、ほほとシエルが笑うと、

 「おま……貴女は貴族……サマだったんで?」

 と変な口調で尋ねてきたからシエルは、

 「そんなわけあるか」と答えたのだが、明らかにほっとした表情の若い門番は、

 「そうだよな、お前が貴族だったらこの世は闇だ」

 はっはっはと笑ってシエルの額にぴきりと青筋を立てさせた。


 「そういやしばらく見なかったがどうしてたんだ」

 と若い門番が聞いてきたのでシエルは、

「ちょっと海の方で療養していたのよ、けふん」

 と病弱さを装って弱々しく答えるとその門番はしばらくじっとシエルの顔を見ていたが、目線をらして小さくつぶやいた。

 「――いくら療養しても性格の悪さは治らないんだが……」

 そのつぶやきをしっかりと耳にとらえたシエルは、若い門番ににこやかに近づいていっておもむろにすねを蹴り飛ばした。

 道に寝転がって悶絶している若い門番を尻目にシエルは、

 「さあ、別なところに参りますわよ」

 と澄まし顔でイェーナとタタロナに言って、その場を離れるのであった。


 次にシエルらが訪れた場所は、あの髭の店員さんの本屋であった。

 「ああっこれはお嬢様! 良くお越し下さいました」

 と髭の店員さんはシエルの顔を覚えていたらしく、み手をしながらぺこりとお辞儀をしてきた。

 今日のシエルの服装は簡素といえどもドレスであり、それに加えて侍女服を着たイェーナとタタロナを後ろに控えさせている。やっとこの店に相応しい服装をしてきて下さったと感激しているようであった。


 シエルは、「何か面白いものが入りましたの? 目録を持って来て下さらない?」

 と、いかにも貴族のお嬢様っぽい(漫画知識)口調で、店員さんに申し付けた。すると件の店員さんがすぐに持ってきたので鷹揚おうように頷き、それをイェーナに受け取らせる。そしてイェーナに「開いて見せなさい」と命じて自分は椅子に優雅に座った。慌てて店員さんがお茶を持ってくる。


 イェーナはシエルの前で慣れない手つきでぺらりぺらりと頁をめくる。

 シエルは頁を読み終わると、顎でイェーナに指図をして一言も喋らない。それをはたで見ていたタタロナは、シエルがわざと『貴族のお嬢様ごっこ』をしているのがわかり、口元がゆるむのであった。

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