21 皇女、侍従、朋友(1)

 ゼカ歴四九九年七月十一日。転生して二百九十九日目。晴れ。

 午後になって、やっと家令らの調達部隊が帰ってきた。馬車には荷物が満載してある。その中でもシエルは、一体どれだけの酒を買ってきたんだと目を見開いた。少なくとも十樽は積んであったのだ。

 千二百名の兵士、五十名の城の人員、そして近隣の村々からも参加してよいとブルセボ兄がお触れを出したので、およそ五百人は集まるだろう。領民は二人以上顔見知りがいないと参加出来ない決まりである。その二人のうちひとりは、村長などの地位にある責任者が求められた。


 城内では全員を収容出来ないので、中庭にも特設の席が設けられることになった。

 シエルは部屋の窓からひとが忙しく動きまわる準備の様子を眺めていたが、このうたげ前の独特な雰囲気は嫌いではなかった。

 妙にそわそわするというか、学校の文化祭のことを思い出すような――そこでシエルは自分は学生だったのかなと少し考えたが、当然結論は得られなかった。


 ゼカ歴四九九年七月十二日。転生して三百日目。晴れ。

 祝勝会当日は晴れの良い天気となった。

 シエルが数えてみれば、今日で転生して三百日目となった。三百日! 短いようでいて、結構この世界にいるのだなと、ふとシエルは周りを見回した。この世界にも、この身体にも、今の自分の境遇にもある程度馴染んだような気がした。


 今日は朝から使用人と手伝いが走り回り、城内の厨房だけでは足りないので、臨時的なかまどを作って、そこで下ごしらえや仕込みを行っていた。指揮をっているのは家令とシェアラである。自分の屋敷なら爺と婆やがその役目をこなすのだろうなと、シエルはぼんやりと眺めていた。兵士を動かすこと並みに、指揮能力が試されるなと思ったのである。


 自分の出来ることは何もない、とシエルは部屋に戻ろうとしたら、やはり所在なげな様子のオートレス先生と生徒たちがいたので、図書室に誘った。

 シエルは侍女のひとりにお茶会の一式だけを用意してもらい、あとは自分たちでやると部署に戻させた。今日はひとりといえども遊ばせておく余裕はないのである。

 ブルセボ兄は人形さえいじっていれば満足なので、宴会が始まるまでひとりで工房にこもっているとのことだった。


 シエルが自らお茶を入れようとすると、慌ててオートレス先生が私がやります、と言って魔石ポットを奪っていった。シエルはせっかくアルペルンの一人暮らしで覚えたのに、と不満顔であった。

 全員にお茶とお菓子を配ってお茶会が始まった。シエルが生徒たちに何か読みたい本があれば適当に手に取ってくれ、と言うと生徒たちは一斉に本棚に向かった。勉強熱心でなによりと笑うと、オートレス先生は地方に避難してからろくに本を読む機会がなかったのです、と恥かし気に答えた。シエルは活字に飢えていたのだなと納得した。


 「でもよろしいのですか? 私たちが宴会に参加しても」

 と、オートレス先生が心配そうに尋ねてきたので、シエルは、

 「酒を飲んで騒ぐのは戦勝を祝う意味もあるが、死者たちを供養くようするという意味合いもある。遠慮することはない」

 と答えると、オートレス先生はなるほどそういった意味もあるんですね、とうなずいてお茶を飲んだ。


 シエルは目の前のオートレス女史について考えていた。

 シャロン・オートレス。人族。魔術師。魔術教師。年齢は知っているが記さない。

 賢者リリンのような変態的特化型魔術師ではなく、全属性平均的に適正を持つオールラウンドな魔術師。突出した部分がないので、器用貧乏とも言う。魔術の初級、中級を教えるには最適な人材。シエルはこの戦争が終わったら、王国のように自分だけの魔術学校を作りたいと思っていた。


 「ゴーレム技術の復活」と「錬金術師の育成によるホムンクルスの増員」という密かな野望がシエルの中に芽生えていたのである。そのために魔術に堪能たんのうな人材を集めようとしているわけだ。シエルはオートレス先生に聞いてみた。

 「出来ればオートレス先生の知り合いの魔術師など紹介して貰えればありがたいのだが」

 「そりゃあ何人かはおりますが……今はばらばらになってしまいまして、戦争が終わらないと連絡を取るのは難しいと思いますよ」 


 シエルはオートレス先生には魔術学校の件は話してあった。だが、ゴーレムとホムンクルスの件については黙っていたのだ。どういう反応が返ってくるか不安だったからだ。

 向こうの世界と同様にこちらの世界でも錬金術師が、という評価を得ていたら、オートレス先生のシエルに対する見方が変わるだろうことは想像にかたくなかった。ここは慎重にいくべきだとシエルは判断したのである。


 「王国の魔術師に対する待遇などはどうだった?」

 「あまり良くはありません」

 今回の侵攻でもわかる通り、ちょっと威力のある弓兵としか見られていません、とオートレス先生は言った。

 この世界ではまだ弩弓クロスボウはあまり普及しておらず、短弓、長弓が一般的であった。その為この世界の弓兵は育成に時間がかかり、必然的に数は少なく貴重な存在だった。

 「その弓兵の補助的役割しか求められていないのが魔術師の現状です」

 とオートレス先生は吐き捨てた。魔術学校も攻撃呪文ばかり教える偏重した教程カリキュラムが組まれ、魔術の可能性を狭めていると言った。


 「一人前の魔術師を育てるには、少なくとも三年の教育期間が必要です。これは最低限の期間ですよ? まず一年目は全属性、火水土気光闇無の七属性に対する理解を深めます。それと平行して呪文に対する理解、すなわち呪文の構造、発動の基礎とその効果と影響、詠唱えいしょうの正しい仕方を覚えさせます。

 そして二年目になってから初めて各人に適した属性を集中して学ばせます。ですが、それ以外の属性の学習も続けさせます。一見繋がりがないように見えても、何らかの形で影響を受け合っているのが魔術というものなのです。そうして三年目に至って初めて上級までの魔術を試させるのです」


 オートレス先生の口調は次第に熱をびてきた。現場の不満が溜まっていたのだろうか。

 シエルはこういうときは喋りたいだけ喋って貰い、自分はそれを大人しく拝聴はいちょうするのが最も無難だと、パンラウムの屋敷で既に学習済みであった。

 「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ」とはまことに至言であると、シエルは身にみていたのである。あいにくと自分は愚者の方だったが。

 先生と呼ばれる方々の御高説を拝聴する際には余所見よそみなどもっての外である。姿勢を正し、尊顔を見つめ、時おりうなずきつつ相槌あいづちを打つ。

 自分の経験は、一体われをどこに導こうとしているのかと、シエルは時々分からなくなるのだった。


 「それがですよ、上からの命令で一年目から火属性の呪文のみ教えろと通達が来たのです。その他の属性としては光属性でしょうか? ええ、治療魔術を使える人材を育成しろということでした。火と光、火の攻撃呪文と光の治療魔術。その二種類の魔術師だけが、王国に求められたのです」


 オートレス先生は顔をゆがめてそう言った。明らかに苦々しく感じているようだ。だからこそシエルの申し出に応じたのかもしれなかった。下地は王国自らが作ったのである。

 「そのような即席魔術師を作れ、と通達が来たのはいつ頃だったのかな?」

 本当はシエルは『促成栽培』と言いたかったのだ。

 「三年前にはその様になってました。私は三年前から教師になったので」


 シエルはこれは意外と奥深いのではないかと感じた。この戦争はにカールカストル公爵が、帝国に侵攻したと思われているが、その準備は少なくとも三年以上前から行われていた、という見方も出来るのではないだろうか。

 「その即席魔術師は何名くらい育成されたのか」

 「五十名ほどではないかと思います」

 オートレス先生はそう答えた。シエルは五十名の火属性攻撃呪文を使う魔術師に、厄介さを感じた。両軍が接触する前に五十名の魔術師が一発ずつ呪文を打ち込んできたとしら、それだけで帝国軍の戦列は崩壊しかねない。

 「もしわれがそやつらと戦場で相まみえれば、遠慮なく斬り伏せるつもりだが、それでも良いか?」

 とシエルは尋ねた。オートレス先生は顔を下に伏せ、それはやむを得ないのではないかと思いますと、小さな声でつぶやいた。

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