18 戦の後始末

 青鬼族オークたちの姿が見えなくなると、シエルはため息をついて、先ほどまでの戦場であった草原を見渡した。両軍合計六千余名に踏み荒らされた草原は、武器、甲冑、肉片、もげた手足、そして屍が散乱していた。


 シエルは城の使用人たちを呼び、戦死した青鬼族オーク三名を連れていかせ、葬儀の準備をさせた。負傷して追撃に加われなかった青鬼族オークは、六十名であった。数が少ないのは良質な防具の他に大盾によるところが大であった。

 カンデラ城付きの鍛冶師には、戦斧と自分の防具一式を預けて手入れをお願いした。

 そしてよし、とシエルは一言叫んでから、戦死者たちを数か所に集め始める。

 侍女と使用人たちが手伝いますか、と申し出てくれたので、火葬の準備を頼んだ。シエルは戦死者は全員自分ひとりで始末するつもりだったのだ。


 暦は明日で七月に入る。暖かい気候によって、死体は明日には腐臭を発することになるだろうから、出来る限り疫病の発生する危険性を減らさなければならなかった。シエルは浜辺まで運ぶのは手がかかるので、城南の草原で火葬を行うことにした。

 死体をずるずると引きずり、途中散らばっている欠片を拾い集めて一か所にまとるのは、シエルレーネ姫の高いステータス値をもってしても、うんざりとする作業だった。まとめられた死体がある程度の高さになったら、魔石と薪で火葬を始めて貰った。シエルはただ黙々とその作業を繰り返した。


 日が落ちて、辺りが暗くなると火葬の炎が何本も立つのが見られた。夜も大分更けて、シェアラは今日はこの辺で終わりにしたほうが良いと言ってきたが、シエルは時間がつと、こいつらの顔を見るのも嫌になるだろうからやってしまうと断った。


 ひたすら歩きまわり、死体を運んで集め、火を着ける。シエルは途中から考えること、感じることを放棄して、ただその動作に没頭した。夜通しそれをひたすら続けて、東の空が明るくなるころ、ようやく見える死体がなくなった。シエルはぼんやりとした頭で、運んだむくろはおよそ千五百体ぐらいかと見当をつけた。

 火葬の炎は三十本を越え、辺りに煙とげた臭気とすえた臭いが充満した。


 日が完全に昇った頃にシエルは使用人に後の事を任せ、くたくたになった身体を城内に運んだ。

 途中シエルはオートレスとその生徒たちと出会ったが、自分の姿を見て彼女らが一斉に身を引いたところから、余程自分はひどい姿と臭いをしているのだと思った。

 シェアラがお風呂の準備が出来ていますというので、浴室に入り、そこでドレスと下着を脱いで全裸になった。そしてシェアラにこれは処分して欲しいと着ていた物を渡したが、嫌な顔ひとつせず了解してくれたので、シエルは申し訳なく思った。


 シエルが全身にかけ湯をすると、赤くなった湯が流れるのだが、それが何時いつまで経っても尽きないので苦笑せざるを得なかった。そうしてようやく湯舟に入れてくつろいでいると、うとうととしてしまったらしい。気がつくとシェアラが湯舟の外に髪を出して洗ってくれていた。

 何か夢でもご覧になりましたか、と髪をこすりながらシェアラが聞いてきたので、シエルは特に何も、と言ってその話は打ち切られた。

 シエルが王国の魔術師たちは大人しくしてるかい、と尋ねるとシェアラは笑って模範的な捕虜ですと答えた。


 風呂から出て食事になさいますか、とシェアラが尋ねてきたが、シエルはひと眠りしてからにすると言って部屋に入り、寝台に転がるように潜り込んで毛布をかぶるとすぐに寝入ってしまった。


 ゼカ歴四九九年七月二日。転生して二百九十日目。晴れ。

 シエルが目を覚ましたのは翌日の朝であった。

 まる一日の間眠っていたらしい。天気は晴れで雲も少なく、雨は降りそうもなかった。部屋の窓から南側の草原を見ると、若干くすぶっているだけで、自分が寝ている間に火葬は終わったようだった。


 シエルは右手を鼻の前に持ち上げて匂いをいだ。

 香草の石鹸の良い香りが鼻を満たしたが、シエルはそこにかすかな臭を嗅ぎ取った。おそらく自分はこの臭いからは一生逃れられないだろうと観念したシエルは、真新しいドレスが用意されていたのでそれを着て、適当に身支度を整えて下階に下りた。


 食堂にはオートレスとその生徒たちがいて、シエルを見ると貴族に対する挨拶をしようとしたので、それはいいと断った。侍女に何か適当なものを持って来てくれと頼んで席につく。

 シエルは料理が来るまでの間は暇だったので、オートレスと会話をすることにした。


 「君らは捕虜としてこの城にいるわけだが、なにか不便は感じないか」

 とシエルが聞くと、全く御座いませんとオートレスが答えた。それなら良いとシエルがつぶやくと、

 「どうして私たちをそれ程までに大事にしてくれるんですか」

 とオートレスが質問してきた。シエルは先生の瞳を見つめて言った。

 「この世界では君たち魔術師は非常に貴重だ。だから敵味方に関係なく保護したい」


 『イーゼスト戦記』の世界では、魔術師の素質を持つ者は千人にひとりと設定されていた。だから魔術師を雇おうとしても、滅多にお目にかかれなかったのだ。オートレスはシエルの”この世界”という単語に違和感を感じたが、深くは考えなかった。


 「いずれ君たちをわれの臣下に誘いたい。そういう下心もある」

 とシエルが言ったので、オートレスとその生徒たちはびっくりしてしまった。シエルは続けて言った。

 「どうだ、今ここで約束してくれないか? この戦争が終わったらわれに仕えると」

 仮にもシエルはウルグルド帝国帝室の一員である。この破格の申し出にしかし、オートレスは躊躇ちゅうちょした。

 「殿下、私どもは人族で御座います。色々と問題が出るのでは――」

 「問題ないな、もしこの戦争に我らが勝った場合、お主らは失業している筈だからな」


 このシエルの言葉にオートレスははっとした。それはつまり、リフトレーア王国が滅んでいる、ということだからである。

 「ですが、私どもの王国が勝つやもしれませぬ」

 オートレスは一介の教師だが、王国のろくんでいる身である。少し意地を張ってみた。

 「それこそ問題ないな。王国が勝った場合、われはもはや生きてはおらん」

 このシエルの言ったことはオートレスに衝撃を与えた。

 この戦争に痛み分けはない。どちらかが滅亡するまで続く総力戦だということに。そんな重大なことをさらりというこの少女は、一体何なのだろうとオートレスは考えた。


 「あの、地面に線を引いたのは……」

 「われだ」

 その答えを聞いてオートレスは、やはりこのひとだったのかと何故か納得した。

 あのそれは密偵か何かで知ったのでしょうか、とオートレスが尋ねると、シエルはにやにやしながら、それは違う、違うが種は明かせんと答えた。オートレスの謎は残った。

 勿論これはゲーム情報からだった。援軍として付いてくる魔術師のレベルも、射程も威力も『保持時間』も、ついでに言うとオートレスが懸想けそうしている男性の素性もシエルには全部お見通しであったのだ。


 「ところでオートレス先生。お主が好きなファジ――」

 「わーーーわーーーわーーー」

 シエルが言葉を言い終わる前に、オートレスは両手をばたばたとさせて大声を上げた。それを見て、いつも冷静にしている先生が、急に慌てたことに生徒たちはいぶかしんだ。シエルはもしかすると彼女の態度から、今度はソプラノで発声練習が聞けるかもしれんなと思ったのだが、

 「――わかりましたわよ、殿下の臣下になります、是非是非ならせて下さい!」

 と、あっさりとオートレスは陥落した。まあそれは半ば自棄やけ気味ではあったのだが。それを見て拍子抜けしたシエルは、

 「何だつまらん」

 と思わずつぶやいてしまい、それを聞いたオートレスに、つ、つまらないですってえと逆ギレされかかったので、慌てて謝った。


 生徒たちはこのふたりの一連のやりとりが何なのかさっぱりわからなかったので、ぽかんという顔をしていた。

 シエルは職業柄、教師はストレスが溜まりやすく、怒りっぽくなるのかもしれないなあと、ある人物の顔を思い浮かべて苦笑した。そして遥か離れたパンラウム高原地方の屋敷で、ひとりの女性にくしゃみを連発させるのである。

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