17 『第二次カンデラ城の戦い』(4)
前衛部隊千名が一瞬で
「迎撃しろっ」
と叫んだ。
これで王国軍の凸形陣形の出っ張り部分は消滅し、後に残っているのは、四列横隊の千人の部隊が横に二部隊並び、それが二段になっている四千名である。
だが一度、今回の戦は楽勝だと思ってしまった兵士たちは、目の前に迫りくる
最初の話では、呪文によって混乱した
王国軍の標準装備は革鎧に片手剣、そして小ぶりな円形の盾である。第一列の兵士たちは激突に備えて腰を落とし、盾を構え、ぶつかった。その勢いで王国軍は第一列の兵士たちがなぎ倒された。がそこまでで、第二列以降の兵士たちは踏ん張った。
「防御!」
とアガリーは命じた。
シラー伯爵は、
「おい、お茶をくれ」
と
伯爵は考えた。魔術師にはあてが外されたが、
「帝国領土攻略に
これが、王国貴族たちがこの
シラー伯爵はこの戦争で領地を加増して貰い、一階位上の侯爵になる野望を持っていた。今回の戦いはその手始めである。こんなところで
敵の前衛部隊を『処理』していたグラフたち第二部隊の面々は、地に伏して動かなくなった王国兵らの屍を見て、あらかた終わったなと思った。グラフは今度は、現在第一部隊だけで王国軍を押さえているアガリーたちを助けようと、部下たちに命令を下そうとした。そのとき、良く知った声がグラフにかかってきた。シエルレーネ姫であった。
「グラフ、貴方はアガリーの左翼に回ってそこから王国軍を崩しなさい」
「姫様は?」
「私は右翼に狭い隙間があるからそこからお邪魔するわ」
「分かりやした! お気をつけて」
「貴方もね」
そういったやりとりを
まだシエルレーネ姫とは、そんなに長い時間を一緒に過ごしたわけではなかったが、何となく気心が知れたような気がするのだった。そう、相手が望むことが分かるような――
「ガフ、アガリーの左から敵に横槍を入れる。お前が先に行け」「分かりやした! 大将」
そう言ってガフを先頭にグラフたち第二部隊は、
現在アガリーの隊と押し合いをしている王国軍前衛の二部隊二千名は、ヘーレン子爵の軍である。その後方の二部隊二千名がシラー伯爵の軍で、目下待機中である。
その右側の部隊の千人長が、シラー伯爵軍の中で最古参の兵士であった。彼はこの戦いがいつものとは全く違うことに気が付いていた。彼は考えていた。
(
まさに異例ずくめであった。この千人長は、目の前の敵は非常に危険だと判断した。そのため彼は自分の主君であるシラー伯爵に意見具申を行おうとしたのだが、ちょうどその時部隊の右側方から
「奴ら、生意気に横槍なんぞ入れようとしてやがる。副官! 部隊を連中のさらに右に回り込ませろ」
「了解!」副官がすぐに答える。
だが、指揮官は素早く反応したが、農民兵は動きについていけなかった。その為グラフに先手を取られ、行く手を
千人長は思わず舌打ちをし、そして不味いと思った。自分らの前にいるヘーレン子爵の右翼部隊は、右端からの
(実に不味い)
と、この千人長は思った。何らかの手を打たねば、いずれ隊形を維持出来なくなるだろう。
アガリーは敵をいなしながら、そろそろいい頃合いかなと思っていた。部下には盾を構えさせただけで、何ら積極的な行動は取らせていない。十分に休めた筈だった。そこへ後方からひとりの少女が声を掛けてきた。
「アガリー、加勢する」
と、シエルはアガリーの右側(アガリーが最右翼)を抜けて戦斧を振り回し始めた。王国兵の首が面白いように飛んだ。剣で防ごうが、盾を構えようがおかまいなしであった。シエルのいる周囲は、血煙が上がった。
アガリーはシエルの武技を目の当たりにして驚嘆した。
(姫さんの動きが見えねえ! 俺も自分の武力には自信を持っていたが、これはそんなモンじゃねえ。ケタが違う!)
シエルの繰り出している槍の穂先がアガリーの眼では捕捉出来ないのだ。あの重そうな斧がついているにも関わらず。
アガリーは一度口笛を吹いてから、配下の兵に命令を下した。
「攻撃!」
アガリーは自らもモーニングスターを振り上げて、眼前の王国兵の兜にそれを叩き下ろした。
ぐしゃ、という音が戦列全てで響き、ヘーレン子爵軍の第一列目はその一撃で全滅し、地面に倒れた。続いてアガリーらはヘーレン子爵軍の第二列目と相対したが、その兵士らは恐怖にかられ、一斉に逃げ始めた。
それらはやはり農民兵で、必死になって常備兵が押し留めようとしているが、数が違った。自分の目の前にいた兵士の頭が、鉄球で潰されるのを間近で見た農民兵たちが、
「留まる兵士だけ打ち倒せ」
と、アガリーは常備兵を狙い撃ちにした。
ヘーレン子爵軍の農民兵たちは、一度逃げ始めると誰も留まろうとする者がいなかった。そうなると常備兵たちも、押し留めようとする努力を放棄して、農民兵たちと一緒になって逃げ始めた。
それは人の波となって、後方に控えていたシラー伯爵軍の隊に殺到した。シラー伯爵軍の兵士たちは、何とか隊形を維持しようとしたが、ヘーレン子爵軍の兵士の恐怖が
優勢だと思われた自軍が、一瞬で崩壊したのを見たシラー伯爵とヘーレン子爵は、がたっと椅子を倒して立ち上がった。シラー伯爵は目の前で起こったことが、ただただ信じられなかった。ほんの少し前までは、わが軍が勝っていたではないか、それがどうしてこんなことに――と、呆然とする思いであった。
護衛の騎士隊長がシラー伯爵の足下に
「離脱したら負けではないか!」
と、騎士隊長に向けて必死な口調で反論した。騎士隊長は落ち着いた声で、今回の戦は負けで御座います、一刻も早く戦場を離脱なさって下さいと再度言った。
シラー伯爵はぐらりと身体が揺れたが、何とか踏ん張って言った。
「私は負けてはいない、負けてはいないのだ!」
と、それは自分に言い聞かせるように叫んだ言葉であったが、騎士隊長の「円陣を組め!」という怒号でわれに返った。
敗走する人の波がシラー伯爵とヘーレン子爵を包み込んだが、それを護衛騎士隊が囲って守る形になっていた。その王国兵士の波に繋がる形で青緑色の
「お早く、お早く」
との騎士隊長の声に押され、シラー伯爵とヘーレン子爵は、侍従とともにそれぞれの馬車に乗り、辛くも脱出した。後に残された騎士隊は
今、カンデラ城前の草原には折り重なった戦死者の他には、王国兵はひとりもいなくなっていた。シエルはグラフとアガリーを呼び、逃げた王国兵を徹底的に追撃しろと命じた。大アマカシ河の渡河点までは徒歩で三日の距離だが、そこまで追いすがれ、大盾はここに置いて行ってよいと命じた。
グラフとアガリーはこれを了承し、大盾をまとめて置いていき、部下を引き連れて追撃に移った。
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