16 『第二次カンデラ城の戦い』(3)
王国軍が前進を開始した。
最前列に配置された魔術師たちを率いているのはオートレスという女性魔術師だったが、彼女は首都パラスナの魔術学校の教師であった。他の九人は彼女の教え子である。
彼女は教え子を戦場に引っ張り出した貴族たちに反感を持っていた。メレドス公爵がパラスナを占領したときに学校は閉鎖され、生徒たちは地方に分散して避難していたのだが。
(かわいそうに、まだ初級の呪文しか使えないのに)
戦場で最も多く使われるのが、火属性の攻撃呪文である。火は原始的な恐怖を呼び起こし、即効であったから好んで使われた。ここにいる魔術師たちも、技術は未熟とはいえ『
『
オートレスは自分の教え子たちが出す火の玉は、一個につき半径三十歩(二十七メートル)の爆発を発生させると分っている。その範囲内では火炎が飛散し、殺傷力は低いものの十分に敵を混乱させ
呪文の発動については、指揮官の伯爵はひとりにつき一発だけでいいと言っていたから、オートレスは一発だけ撃ったら生徒たちを後方に退避させるつもりであった。
魔術には『
現在生徒たちは『
『
と思って前方を見据えていると、地面に何かが描かれているのを見つけた。オートレスはそれが城壁と平行に走る一本の線であることを認識して不思議に思った。
(あの線は何だろう?)
その線までは後二百歩ほどで到達する。
オートレスはそれが何かを考えながら前進していたが、考えが何かにたどり着くとさっと顔色を変え、前進を止めるために右手を上げた。魔術師の直後を前進していた歩兵隊の千人長も、オートレスが手を上げたのを見て同じようにし、部隊の前進を止めた。後続の部隊もそれを見て、次々と停止した。
まもなく、王国軍全体が前進を止め、その場に止まってしまった。
(本当に止まっちまった!)
グラフはあと三百歩(二百七十メートル)で、自分らと接触する筈の王国軍が停止したのを見て、驚愕した。部下たちにもこのことは予め言っておいたので、言葉こそ発しないがざわめいているようであった。
シエルは言った通りに、線一本で王国軍を止めたのである。
グラフは自分の背筋に寒気が走るのを感じた。
(この姫様は――一体……)
何者なのかと、グラフは隣で面白くなさそうに王国軍を眺めているシエルを盗み見た。そのシエルが小声で、
「準備は良い?」
と言ったので、グラフとアガリーは事前の打ち合わせ通りに、部下を身構えさせた。
「何故前進を止める!」
と、冷静さを
「まあまあ伯爵殿、前から魔術師殿が来たようですので、話を聞いてみましょう」
となだめてきたので、とりあえず伯爵はオートレスの話を聞くことにした。
「線が描かれていたのです」
と息を切らしながらオートレスは言った。彼女は説明をする為に走って来たのだ。ヘーレン子爵が遠眼鏡を
「その線が一体何だというのだ」と、いらいらとした表情でシラー伯爵が先を
「あの線の位置が、ちょうど私の生徒の射程距離なのです」
そう言われてもシラー伯爵とヘーレン子爵にはぴんとこなかった。伯爵は指でとんとんと円卓を叩きながら、さらに説明を促した。
「だからそれが何だというのだ」
「帝国軍はここに派遣された私たち魔術師の実力を精確に
シラー伯爵の指の動きがぴたりと止まる。魔術師の実力がわかる? 「私は○○レベルの魔術師です」なんて名札を胸に貼っているわけではない。ではどういうことなのか。情報が漏れていた? そう考えるのが普通である。
「対策をしていない筈はありません」
シラー伯爵は押し黙った。オートレスは彼が判断を下すのをじっと待っている。シラー伯爵は考えていた。魔術師の攻撃は諦めるか。それでなくてもこちらは五倍の兵力がある。まともに戦っても負けはあり得ない。
と、その時遠眼鏡を覗いていたヘーレン子爵が叫び声を上げた。
「伯爵殿、奴らが!」
その声にシラー伯爵が顔を上げると、城壁前にたむろしていた筈の
走ってきたのだ、
「何故魔術を放たん!」
シラー伯爵が怒鳴った。
「『
呪文は永久に『
「何てこと! 精確に『
オートレスは恐怖した。あの
シラー伯爵とヘーレン子爵、そしてオートレスが見ていると、前衛部隊の前に散開していた魔術師たちが歩兵の戦列の後ろに退避するのが見えた。再度、呪文を唱え直すのが間に合わなかったのだ。
前衛の王国兵たちは激突に備えて腰を落とし、盾を構えた。大柄な
「貴方たちっ、そこにいては駄目っ! こっちに来なさいっ!」
それに気がついた彼女の生徒たちは、オートレス目指して走り始めた。
どおん、という音がしたと思う、とのちにオートレスは語った。
大柄な
アガリーの第一部隊は止まらずに、その後ろに控えていた王国軍の四部隊にそのまま突っ込んでいった。
アガリーの第一部隊が通り過ぎた後にグラフの第二部隊が、倒れている王国軍兵士たちを『処理』しにかかった。恐ろしい棘の付いた鉄球を振り下ろし続けている。今度はぐしゃ、とかばきゃ、とかの音がした。
草原の
「降伏してくれるわよね。子供は極力傷つけたくないんだ」
オートレスはぶんぶんと
「では皆さん、こちらに来てください。オートレス先生、生徒さんたちを引率して下さい」
と、その侍女シェアラの言葉を聞いて、オートレスはああ、やはり情報は筒抜けだったんだわと納得した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます