12 亡霊(1)
ゼカ歴四九九年六月十八日。転生して二百七十八日目。晴れ時々曇り。
六月も下旬に入ろうかという日の事であった。
その日は朝から天気が良く、訓練をするにせよ、外で昼寝をするにせよ絶好の
シエルは、朝にほんのちょっと練兵所に顔を出したあと、教練をグラフとアガリーのふたりに任せて、自分はカンデラ城内にある工房に来ていた。
この工房はブルセボ兄専用のもので、中に入ると木材から金属までの材料とその使用後の破片くず、それらを加工する為の様々な道具類、そして作業台と鍛冶屋にあるような簡単な炉があった。今は炉に火は入っていなかったが、どうやら魔石を使用する
そこに誇らしげに立っていたブルセボ兄は機嫌の良い声で言った。
「ようこそだよ、妹ちゃん! ボクの自慢の工房へ!」
そう、ここはブルセボ兄が趣味で人形を作るための部屋だった。物珍しさにきょろきょろとしていたシエルに、ブルセボ兄が説明を始めた。
「ボクが人形作りを趣味にしていることは、妹ちゃんは知っていると思う。今何体か制作しているんだけど、何か聞きたいことってあるかな?」
シエルはこの兄は幼い頃に、皇帝に泥人形をプレゼントするくらいですからねー、と心の中で思いつつ質問を始めた。
「兄上は今までに何体くらい作ったんですか」
「失敗作、未完成品をいれると大体千体くらいかなあ」
シエルは自分が想定していた数より
「どんな素材で作っているんですか」
「最初は粘土だったね。それから木工品になって石膏、今は金属、鉄、銅、青銅かなあ」
ちゃんと進化しているらしい。陶芸職人や大工、鍛冶屋、金属細工師などを城に
シェアラがお茶をいれてくれた。菓子もわざわざ持ってきてくれた。
完成品が並んでいたので、検分なぞしてみる。手足が太いのは初期型だ。技術が
一部、石膏の石像シリーズがあるが、これはもしかして――
「それ、私がモデルなんですよ」
とシェアラが顔を赤らめながら言ってきた。確かに良く見ればシェアラに似ているし、なかなか上手く出来ていると思う。ブルセボ兄は得意気に鼻息を荒くしている。自分の侍女を裸にひん
「あの、妹ちゃん、目つきが怖いんだけど……」
とブルセボ兄が恐る恐る言ってきた。
「ああ兄上、これは失敬。このシェアラシリーズはこの三体で終わりなんですか?」
シェアラシリーズとか言わないで欲しい、と後ろでシェアラが赤くなって小声でつぶやいているが、シエルは気にしなかった。ブルセボ兄はそれについて、
「うーん。やはり関節なんか可動しないと、なんか面白くないんだよね」
と言っていた。分かる。やはり男の子であった。動かして、かっこいいポーズを取らせるのは男の本能である。
木工の人形はやはりピノキオを思い起こさせる。そして金属製人形。何となく、あのおもちゃ屋からパクってきたものに似ているような気がする。シエルは突っ込んでみた。
「兄上、あの異世界の人形に何か似ておりますなあ」「ぎくっ」
著作権侵害ですぞ、と聞こえないように言う。
「兄上はあの異世界の人形をどう思われますか?」
「わが、理想!」
とブルセボ兄は一言叫んだ。ふ~んとシエルは兄を眺める。
円卓に一体のロボットが置いてあった。シエルはそれを良く知っていたので手に取って、がちゃん! と動かしてみた。ブルセボ兄は口をあんぐりと開けた。シエルはさらにがちゃん! がちゃん! と組み換え、最初とは全く違った形にした。そう、これは変形ロボだったのである。
ブルセボ兄の口は
「どうやら、こんな仕掛けがあったようですね。はっはっは」
と、シエルがわざとらしく言ったら、だっ、とブルセボ兄が近づいて来て、その変形したロボットを恐る恐る手に取っていた。シエルが見ているとその厚底眼鏡から
「こっ、こんなっ、奇跡がっ!」
いえ、奇跡じゃなくて単なる技術ですが、とシエルは心の中で訂正しておいた。
三人は円卓を囲んで椅子に座った。シエルはお茶を飲み、菓子をつまんだ。しばらくして落ち着いたブルセボ兄に、シエルはやっと本題に入れると質問をした。
「人形に詳しい兄上にお聞きしますが、ゴーレムは実用化されているんですか?」
ゴーレム。そのものずばり動く人形である。素材は泥から石、岩、金属まで様々だ。『イーゼスト戦記』で帝国軍が使っていたので、この世界にもあると思うのだが……。
しかし、ブルセボ兄は実に残念そうに言った。
「ゴーレム技術は『
何と、この世界にゴーレムはなかった。
「ゴーレム技術は元々魔術師の領分だったんだけど、その系統の魔術師が絶えてしまったからなんだ」
さすがに
「
という答えが返ってきた。
とりあえずシエルは、この世界にゴーレムはいないと見るべきと結論を出した。もしあったら、色々と使いでがあったのだが。
シエルはお茶をぐびりと飲み、ブルセボ兄にあとひとつ質問をしてみる。最も聞きたかった事だ。
「
「欲しい!」ブルセボ兄は即答した。
いや、欲しい! じゃなくてね。シエルは苦笑した。ホムンクルスという単語が出たらこれですよ。じとーとわざと黙ってブルセボ兄の顔を眺めていたら、おほんと咳をして、ブルセボ兄は話し始めた。
「ホムンクルスの領分は錬金術師なんだけど、魔石を使うところから魔術師の領分でもある。錬金術師は帝国にひとり、王国にひとり、聖花天教分国に十人近くいるとされているけど、全員魔術師でもあるんだ」
シエルは結構な人数がいると思った。特に聖花天教分国に多いのは、厄介だなと感じた。それで、肝心なホムンクルスの数はどうなのでしょう?
「父上の侍従のひとりがホムンクルスだよ。そうと知らなければ見分けがつかない。他に数人の貴族が一体ずつ持っているようだね。誰が持っているかは分からない」
オリドール城にいたなんて! シエルはホムンクルスを手に入れるにはどうすればいいのか尋ねた。
「うちの錬金術師はバルサール師って言うんだけども、まず師のお眼鏡にかなわないと作っては貰えないよ。レメン侯爵なんかは一目で断られたって」
「兄上ほどの人形好きでも駄目なんですか」
ブルセボ兄はうーんと考えた後に言った。
「文字通りバルサール師と初めて対面した時に、作ってもらえるか、そうでないか判断されるんだって。一言も喋る前にだよ。だからボクは怖いから、まだ師には会ってない」
シエルは直感で決めるのかと驚いた。そしてどうすればいいのか分からないのだから、対策は不可能と判断した。
「いえ兄上、ありがとうございました。気になっていた疑問がかなり解けました」
「うん、妹ちゃんにそう言って貰えると嬉しいな」
そうしてシエルはブルセボの工房を辞した。その時シェアラをちらりと見て思った。
(願わくば、兄上はホムンクルスを手にしませんように。そうでないと、シェアラが負けます)
シエルはお世話になっている侍従を応援すべく、心の中でそう祈るのだった。
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