10 教練(1)

 ゼカ歴四九九年四月一日。転生して二百五日目。晴れ。

 あの戦いから五日経った。

 当日と次の日は死体の処理で終わった。戦死者を浜辺に運んでそこで火葬にするのである。死体を放置すると疫病えきびょうが発生するというのは、経験則でこの世界の住人も知っているらしい。

 それは主に青鬼族オーク第一部隊にやって貰った。連中はぶつぶつと文句を言っていたが、全く戦闘に参加しなかったのだからこの扱いはしごく当然であった。

 火葬には、まきの他に火力の強い火の魔石を使った。魔石は一晩の間ずっと燃え続けていた。


 会議でシエルに反抗的だったアガリーは、態度を一変させてシエルの言葉に喜んで従うようになった。

 アガリーは王国軍が本陣を置いた場所に立って、シエルがひとりで倒したとみられる騎士及び王国兵を数えてみた。それらはシエルがいた場所を中心に、同心円状に倒れていたので実に分かりやすかった。その数は百三十三名に達した。アガリーはその数を知り、ひゅーっと口笛を鳴らした。

 グラフの第二部隊の戦死者は驚く程少なかった。わずか一名。ただ負傷者は重い軽い合わせて百名はいた。五人に一人が怪我を負った計算だった。


 戦場に残っていた老指揮官と侍従のふたりに、ライス子爵とデドン男爵の首を持たせて帰した。ちょっとひどい有様だったが、これで最低限の面目は立つ筈であった。

 布に包まれた主君の首を持って、とぼとぼと歩いていくふたりの後ろ姿を見てシエルは、

 (まるで仕事に疲れたリーマンが家に帰るみたい)

 だと思った。

 そのあとシエルは三日間、青鬼族オークたちを休ませた。


 「祝勝会をしよう!」

 戦いが終わった後で、そうブルセボ兄は楽しそうに言った。シェアラも賛成のようであった。家令と近衛隊長はどちらでもいいと言った。そんな中でシエルは、

 「青鬼族オーク第二部隊にねぎらいの酒を配給して下さい。祝勝会は次の戦いに勝ってから」

 と言って、周りの面々をぎょっとさせた。

 「え? また来るの」

 というブルセボ兄の問いにシエルは「来ます。そう遠くない時期に」と答えた。皆、半信半疑の様子であったが、シエルは知っていた。この『カンデラ城攻略戦』が二回に渡って行われるのを。

 もっとも王国側として参加するシナリオであったから、視点は逆になるのだが。


 『カンデラ城攻略戦』は一回目がライス子爵の三千名で、カンデラ城を攻略しろというシナリオ。但しこれは難易度が高かった。戦力がぎりぎりに設定されていたからだ。

 二回目は一回目から三か月後の六月下旬に行われる。シラー伯爵率いる王国軍五千名でカンデラ城を攻略する。この二回目は言わば一回目に攻略出来なかったひとの為の救済措置で、余程下手なことをしなければクリア出来るシナリオだった。しかも今回は追加の戦力がついて来る。魔術師が十名、援軍として一緒に登場するのである。


 「今度は魔術師が来るかもしれない」

 というシエルの言葉に、一同皆の目が点になっていた。攻めてくることすら不確かなのに、その上部隊まで特定する? ありえないだろ、というのがその場の者の意見だった。しかし青鬼族オークのふたりの部隊長は違った。姫様が言うのだから、もしかすると、という思いが残ったのだ。


 シエルは戦いのあった日の夜、寝台で寝そべりながらむかむかとしていた。

 (結局、われは生き残ってしまった。派手に玉砕するつもりだったのに、あのお節介焼きのくそ青鬼族オークめが)

 と、散々自分に悪態をついてきたグラフの顔を思い浮かべた。余計なことをしたあげくに自分に説教してきた、あのしたり顔の青鬼族オークである。

 そいつの嫌がることを徹底的にやってやろうとシエルは決意していた。意外とシエルは根に持つタイプなのであった。


 そしてあの戦いから五日経った四月最初の日。

 練兵場に九百名余りの青鬼族オークが集合していた。戦いで傷を負った者は免除した、第一、第二部隊の全員である。そのむくつけき男どもの集団を前に、一ひねりされそうな小柄な第一皇女は言った。

 「諸君たちは戦い方を知らない。だからわれがそれを教えて差し上げる」

 という実に偉そうなことを小っちゃい女の子が言うのである。普通であればふん、と鼻で笑われる話であった。

 が、しかしここにいる青鬼族オークたちはシエルの戦いぶりを実際に目の当たりにしていたのだ。実績のみが、その他のこと全てを吹き飛ばすのである。


 ちらとシエルはグラフの顔を見た。グラフは無表情で直立していた。以前、シエルが「隊形を教えようか」と言ったときに、はた迷惑そうな顔をした男である。そのときのことを思い出して、シエルはまたむかむかしてきた。

 (だが、賭けに勝ったわれには文句も言えまい。これからお前らが嫌がる窮屈きゅうくつな隊形というものを徹底的に仕込んでやる)


 シエルは青鬼族オークたちに、最も気の合う者とふたり組になれ、と命じた。さらに、出来れば同じ体格の者の方が良いぞと助言した。

 青鬼族オークたちは顔を見合わせていたが、シエルのかかれ! の号令で一斉に動いた。――五指(五分)後、全ての青鬼族オークがふたり組となった。シエルは続けて言う。

 「今後、諸君は今組んだ相手と、常に行動をともにしなければならない。寝るときも、食べるときも、用を足すときもである」

 シエルが用を足すときも、と言った時、組んだ者たちはお互いに顔を見合わせ、うへえという表情をした。

 「戦場での最小単位は今組んだふたりである。ひとりではない。戦場でひとりになることは今後、厳禁とする」

 パートナーを維持することが、戦場で生き残る秘訣ひけつなのだとシエルは言った。青鬼族オークたちはぴんとこないようであった。


 「では諸君たちには組んだ相手ときずなを深めてもらおう。用意してあったひもで肩を並べるように、お互いの右足と左足を結ぶように」

 青鬼族オークたちには訓練前に、長さ一歩程度の紐をひとり一本ずつ用意しておけと事前通達をしておいたのだ。こうして青鬼族オークたちは、紐に繋がれたふたり一組が多数出来上がった。シエルはにやりと笑うと命を下した。

 「さて、教練を開始しよう。われが良いというまで、練兵場外周をふたり一組で走るように。よし、かかれっ!」


 二人三脚だった。つまりシエルは青鬼族オークたちに二人三脚をやらせようとしていたのである。『協調』を学ぶ為に。

 シエルの号令でオークたちはのろのろと動き出した。それだけで転ぶ者が続出した。青鬼族オークたちは他人と合わせて動くことをしたことがなかったのだ。曲がりなりにも上手く走り出せたのは十組もいなかった。

 シエルはおそらく、ここが山だと思った。

 ここをクリア出来れば、後は比較的すんなりといける筈だった。そんなこんなで、青鬼族オークたちの二人三脚が始まった。


 「相手とは出来るだけ密着しろ。肩を組んで掛け声をかけろ。それ、いち、に、いち、に」

 シエルの助言により走り始めた組が数十組あった。だが、大部分はいまだ苦戦中であった。シエルは難易度を下げた。

 「どうしても走れない者は歩くことから始めるように。肩を組んで、掛け声を忘れるな」

 これで、百組を超える青鬼族オークたちが動き出した。れたら徐々に速度を上げろ、と付け加えた。


 半刻経った。

 まだ動けない者たちが百組ほどいた。シエルは相手を変えるのもひとつの手だと言った。それで、そのようにし始めたのが数十組ほどいた。シエルはその者たちにはしばらく試してみろと言っておいて、今度は外周を走っている組を眺めてみた。

 既になめらかに二人組で走っている者が数組いた。その者たちに走らせるのをシエルは止めた。


 「同じように上達した組がいたら止めてくれ。上手く走れない者には助言をしてやれ」 

 アガリーとその副官、そしてグラフとガフが合格点に達した組だった。四人は分かりましたと言って、部下たちの指導に向かっていった。それを見たシエルは面白くなさそうにつぶやいた。

 (ぐぬぬ、グラフの奴め、あっさりこなしやがって。やはり上にいる連中は飲み込みが早いのか?) 


 夕方までかけて、合格点に達したのは五分の一であった。シエルはこの数が多いのか少ないのか判断が出来なかった。シエルは訓練を終えて解散させる際に、これが全員出来るようになるまで、他の訓練はしないと宣言した。絶望的な表情をした者が何十人かいた。シエルは相手を変えるのは自由だと言って城に戻った。


 シエルの夕食はかなり進んだ。ブルセボとシェアラはそのようなシエルの姿を見て喜んだ。食欲があるかぎり、ひとはなかなか死なないのだ。

 シエルは腹が減ったと感じたのは久しぶりだと思った。その後部屋に戻り一通の手紙をしたためた。あて先はメレドス公爵で、ちょっとしたお願いごとを頼むのである。次の戦いまでに間に合えば良いが、とシエルは思った。そうして彼女は寝床についた。

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