4 カンデラ城の秘密

 その日の午後。

 グラフたちオーク第二部隊は午後の訓練の為に練兵所に来ていた。午前中はアガリーの第一部隊がここで練兵をしていたのだ。グラフはさっそく部下たちに訓練を開始しろと命令した。部下たちはいつものように剣もしくは棍棒を振ったり、組み合ったりしている。

 と、昨日に引き続きまたシエルが戦斧を持って姿を現した。


 グラフは内心、姫様が邪魔しないでいてくれれば良いが、と思っていたが、部下のガフが質問してきた。

 「なあ大将、あの姫様はああやってぐるんぐるん回っているが、実戦で役に立つのかい?」

 「知るか」

 とグラフは答えた。本当はあんなのは役には立たん、と言いたかったのだが、帝族相手にそれは不敬な物言いだと思って自重したのだ。

 「ふうん、やっぱりそうなのかい。ん?」

 と、ガフは何かに気がついたようにつぶやいた。グラフが振り向くと、どうやら姫様はあの戦斧で、地面に突き刺してあるくいを打とうとしているらしかった。杭といってもオーク用である。高さは二歩(一・八メートル)、太さは三足(二十七センチ)ほどもある。もはや丸太であった。


 「大将、止めないと姫様怪我するぜ」

 全くガフの言う通りであった。慣れない者が杭を打つと、それだけで身体を痛める危険性がある。手首とか、ひじとかをである。下手をすると武器を壊して、その破片を自分の方に飛ばしてしまうかもしれない。グラフはシエルに大声を掛けた。

 「おおい、姫様、そりゃあ駄目――」

 グラフは最後まで言えなかった。

 シエルは野球のスイングのように横殴りに戦斧を振ったのだが、シエルは戦斧が杭に当たっても全くその速度を減じないで振りぬいた。音も出なかったことから、グラフは一瞬空振りしたのだと思った。

 しかし。

 杭の上部から一足分の厚さを持った輪切りにされた木片が真上に飛んだ。 

 「「はあっ⁉」」

 グラフとガフは頓狂とんきょうな声を上げた。


 シエルは杭と戦斧を交互に見ていたが、もう一度やってみることにしたらしい。シエルは実に雑に戦斧を振り抜いて、そしてもう一回転した。今度も全く音が出ず、一足分の厚さの輪切りが二枚宙に飛んだ。

 これは当然戦斧の斧の部分でやったわけだが、距離感を誤ると柄の部分で叩いてしまい、戦斧を壊してしまう可能性があった。シエルはそれを難なくこなしてしまったのだ。


 グラフとガフは自分の見たことが信じられないかのように、目をこすりお互いの顔を見合わせた。そうしてシエルは次に上段に構えた。グラフはまさか、と思って見ていると、シエルはそれを杭に振り下ろし、実に簡単そうにさくっと地面まで両断してしまった。

 あんぐりと口を開けるグラフとガフを尻目に、シエルは一通り戦斧に異常がないか点検した後、すたすたと城の中に戻っていってしまった。


 グラフとガフは素早くシエルが両断した杭のところに走り寄り、その断面部を確かめた。凄まじい切れ味であった。シエルはほぼ一歩半(百三十五センチ)の杭を垂直に分断したことになるのだ。

 グラフがそれをでて確認している間に、ガフは輪切りになった三枚の木片を持ってきた。その断面部も引っかかりがなく、つるつるであった。グラフは一体どういう技で、どういう武器を使えばこのような切り口になるのか、見当もつかなかった。目の前で見ていたにも関わらず。


 そんなオークたちの驚愕きょうがくなどいざ知らず、シエルはステータス値の威力に恐れをいだいていた。全く平静さをよそおってその場を離れたが、自分の過ぎたる能力を、出来れば第三者には分からぬように、封印した方が良いのではないかとシエルはそう思ったのだ。

 部屋に戻ってきて壁に立てかけた戦斧赤ひげを眺めながらシエルは、

 (強力すぎる。強力すぎる力は乱を呼ぶというが、これはそのたぐいの力ではないのか――)

 と思った。


 正直、このような力を手ばなしで喜べない自分は、英雄には程遠い小市民がお似合いだとシエルは再認識するのだった。

 そして思った。今、勇者として召喚された日本人も、その与えられた力に恐怖しているのだろうかと。

 それとも――

 シエルは目をつむり、今晩に備えて、ゆっくりと休むことにした。


 真夜中のカンデラ城、その地下倉庫に三人の人影があった。この城の城主ブルセボ第三皇子とその侍従シェアラ、そして第一皇女のシエルレーネ姫である。時刻は間もなく第十二刻(午前〇時)に達しようとしていた。

 何の火の気もない真冬の地下倉庫は、凍える様な寒さを三人に与え続けていた。それでもシエルは、これから目にするであろう奇跡(?)の予感に、震えながらも心待ちにするのであった。


 「そろそろです」

 シェアラがそう言って、シエルの方を見た。シエルはうなずいた。ブルセボは白い息を吐いて、珍しく黙っている。

 地下倉庫はかなり広く、地表部に出ている所にのみ、明かり取り用の小さな窓が設置されていた。倉庫内自体は雑然と物が置かれており、ほこりと蜘蛛の巣がそれを覆って、随分と長い時間そのように存在していたことを示していた。そして時刻が第十二刻(午前〇時)になろうかという時に――


 ぼーんぼーん。

 という時計の音が、唐突に倉庫内に鳴り響いた。シエルは思わずびくん、としてしまい、シェアラに笑われてしまった。

 (くそう、シェアラの奴、わざと黙っていたな)

 埃と蜘蛛の巣にまみれて、文字盤の硝子ガラスにひびが入っていても、生きている時計があったのだ。そしてぼーん、ぼーんと鳴り続けている間に、倉庫内には異変が起こっていた。


 倉庫内の一角、壁ぎわの空中に”うず”のようなものが出現したのだ。

 それはみるみるうちに大きくなり、一分後には三十センチほどの大きさになって止まった。

 ”うず”の内側は濃緑色の膜のようなものが張ってあった。

 ブルセボ兄はそれに近付くと、いきなりその”うず”の中に手を突っ込んだ!

 シエルが息をのんで見守っていると、ブルセボ兄は何かを探っているようだったが、十秒ほどして手を引き戻してみると、その手のひらの中には二足歩行のロボットが握られていたのである。ブルセボ兄はそれを見て、「ふ、当たりだ」と言ってニヒルな笑みを浮かべていたが、その”うず”は一分ほどその大きさを保ち、それが過ぎるとまた小さくなっていって、遂には消えてしまった。


 わずか三分ほどの奇跡であった。

 シエルはブルセボ兄から手渡された今引き出したばかりのロボット――確か動力源が原子炉の危険な代物――をまじまじとみていたが、現代日本製のものに間違いはなかった。

 寒かったので、とりあえず三人はブルセボ兄の私室に戻ることにした。


 ブルセボ兄の私室で、シェアラがいれてくれたお茶を味わいつつ、今、目にした現象について分かっていることを説明してくれた。

 ブルセボ兄曰く、何時いつからあの”うず”が現れていたかは不明。最初はほうきの柄を突っ込んでみたが、”うず”が消えるまでそのままにしたらその柄が綺麗に切断されていた。現れる時刻は常に同じで土曜から日曜に移る第十二刻(午前〇時)のみ。実はあの穴から既に二十もの人形を取り出した、とのこと。

 それを聞いたシエルは、

 「あー兄上、あれは多分他人の所有物ですから、窃盗せっとうになりますぞ」 

 と言うとブルセボ兄は「あはは……」と笑いつつも冷や汗をいていた。それでシエルは金貨の一枚でも”うず”に放り込んでおけば良いでしょうと教えると、今度そうするよとブルセボ兄は答えた。


 良い時間だったので、シエルは自室に引き上げることにした。

 その際に、

 「そう言えば、よくあんな時間帯に発生するものをうまい具合に見つけましたね」

 と言うと、ブルセボ兄とシェアラのふたりとも目を泳がせたので、シエルはそれ以上突っ込まずに「おやすみなさい」と言って部屋を後にしたのだった。

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