2 意外な贈り物

 ゼカ歴四九九年二月十一日。転生して百五十九日目。曇り。

 シエルがここにきて一か月がったが、無気力な状態はずっと続いていた。

 さすがにこれを連日見せられたブルセボとシェアラのふたりは、このままでは何かを考えないと不味まずいと思ったらしい。

 シェアラの献策で、シエルのことはしばらく様子を見ましょうと話し合い、今まで何もしなかったブルセボであるが、ある日シエルをいつものようにお茶会に招いて、自分の私室に呼んだブルセボはサプライズを用意していた。


 「今日は妹ちゃんに贈り物がありまーす」

 お茶会の最中に何の前振りもなくブルセボは、右手を挙げてそう宣言した。

 突然の兄の奇行にシエルは(また兄上が何か始めたぞ)としか思わなかったが、シェアラがうやうやしく箱を持って来て、それをシエルの前に置いた。

 シエルは「いえ兄上、われは……」と言いかけたが、にこにこしているブルセボの顔を見て(シェアラはまし顔である)はあ、とため息をつき、その箱のふたを持ち上げて開けた――シエルはそのまま固まってしまった。


 半眼であるはずのシエルの目は見開かれ、口は半開き、そして両腕は蓋を持ち上げたそのままの姿で止まっている。

 そのシエルの反応を見たブルセボとシェアラは、内心してやったりと思っていた。”それ”を見せれば絶対に(シエルに限らず誰でも)驚くと確信していたからだ。


 シエルは確かに驚いていた。だがその驚きはブルセボとシェアラの考えていたものとは若干違っていたのだ。

 (何故、これがここにある⁉)

 シエルの目の前にあるそれは、現代の日本では”フィギュア”と呼ばれるPVC製の人形であったからである。


 シエルは自室で机の上に置かれたそれをずっと眺めていた。

 それとは勿論ブルセボ兄から貰ったフィギュアであった。

 (とんがり帽子と魔法の杖を持っているところから魔法少女だとは思うが――)

 あっちにいた顔も名前も覚えていない、ブルセボ兄に似た雰囲気を持つ友人ならば、これが何者なのかたちどころに答えてくれただろうとシエルは思った。それも喜々として。


 シエルはそれを前から眺めたり、横から、あるいは後ろからも眺めたりしていた。そして時々手にとっては、現代日本を思い起こさせるその文明的な感触を楽しんでいた。それを貰ってからは一日中ずっとそうしていたのだ。

 そうしたシエルの様子を脇からのぞいていたブルセボとシェアラは、また妹のそんな様子に心配し始めた。

 「ちょっとあれは度を越してやいませんか、あるじ様?」

 「そ、そうだね。正直あんなに気に入ってくれるとは思わなかったから意外だよ」

 そのときカンデラ城の主従ふたりは、シエルにその人形を渡したときのことを思い出していた。


 目の前に置かれたフィギュアをにらんでずっと凝固し続けるシエル。それを見て「え、何時いつまでそうしているの?」と顔を見合わせたブルセボとシェアラは、突如立ち上がってブルセボの首をめ始めたシエルに慌てた。

 お昼の優雅な貴族のたしなみである筈のお茶会は、「ぐ、ぐるじい」と苦しむブルセボと、「お、おやめください姫殿下様」と必死に止めに入るシェアラと、それを聞かずに怒鳴り続けているシエルで阿鼻叫喚あびきょうかんの絵図になり果てていた。


 シエルは兄の首を絞めながら(本人にその意識は無かった)、

 「兄上、兄上! あれを何処どこで手に入れたのです、何処で、どうやって手に入れたのですかっ!」

 と、叫び続けていた。それに対しブルセボはうめき続けていたが、遂に口から泡を噴き出し始めたのを見たシェアラが、

 「いい加減にして下さい! 姫殿下様! 主様を殺すおつもりですかっ!」

 と大怒号を発するに至って、ようやくわれに返ったシエルがブルセボの首から手を放してなんとか事無きを得た。


 そうしてしばらく部屋の中には、はあはあぜいぜいという荒い息を吐く音だけがしていたが、それが落ち着いて三人とも元の位置にもどった。

 シエルはばつが悪くなり「御免なさい」と兄に謝った。それでそのフィギュアを入手した経緯についての話になったのだが――

 「土曜日から日曜日に変わる第十二刻(午前〇時)の直前に、この城の地下倉庫にお連れします」

 とシェアラが言った。彼女はそれを実際に見た方が早いと続けた。


 ゼカ歴四九九年二月十二日。転生して百六十〇日目。曇り。

 「あの取り乱しようは一体何だったんだろうね。殺されるかと思ったよ……」

 とブルセボが言うに当たってシェアラは深くため息をついた。

 シエルは早く土曜が来ないかと、心待ちにしていた。この城に来てそんな気分になるのは初めてだった。土曜は二日後だったが、ひさしぶりにシエルは城の中を探索する気になったのだった。

 ブルセボ兄からは何処を見て回ってもいいよ、という許可は得ていたので、シエルは遠慮なく城中を歩き回っていた。ふと通路の窓から外を眺めてみると、下方にある練兵所で兵士たちが訓練をしている様子が見えた。

 (青緑色の大柄な体格。オークの部隊って珍しいよね)


 ウルグルド帝国はそろそろ建国して五百年になるが、いまだかつて男爵位以上に叙爵じょしゃくされた者がいない種族は、ほんの数種族しか残っていなかった。緑鬼族ゴブリン洞窟鬼族トロール、そして青鬼族オークがそれである。

 人魚族マーメイド漁人族サハギンですら過去に起った王国との珍しい海戦での功績により男爵位を貰った者がいた。小妖精ピクシーですらいるのに、である。

 緑鬼族ゴブリンは内紛が絶えない為、洞窟鬼族トロールは大半の者が愚鈍な為、そして青鬼族オークは自負心が強すぎる為であった。


 シエルは城の深部まで探索した。所々近衛兵(中央から帝族を守るために派遣された兵)がいたが、シエルを止めるものは誰もいなかった。

 と、ふとある扉の前でシエルは呼ばれた気がした。そこで足を止め、シエルの背丈の何倍もある両開きの扉を見る。近くにいた近衛兵に、ここは何の部屋かと聞くと、物置に使っている空き部屋の筈ですという答えだった。しかしここ何年も中に入った者はいないという話である。


 シエルは興味本位で扉に手をかけ、押し込んだ。するといかにもなぎぎぎという音がして、扉は開いた。先ほどの近衛兵はぎょっとした。びているのか知らないが、何人で開けようとしても開かなかったのだ。それを皇女殿下がひとりで開けた。

 シエルはひとひとりすり抜けられる隙間すきまに身を滑り込ませ、中に入った。中は真っ暗であった。と、ぎぎぎとまた音がして扉はひとりでにがちゃん! と閉まった。

 (自動ドアか。なかなか洒落しゃれているではないか)


 シエルはしばらくまぶたを閉じてから再び開けた。すると薄暗いながらも部屋の中が見通せた。夜行性の種族には及ばないものの、魔人族は人族より夜目がく。歩き回るのに問題の無い明るさであった。

 シエルは部屋の中を見渡してみた。暗がりにあるのは重ねられた円卓と椅子、積み重ねられた木箱、使われなくなった調度品や食器、空壜、丸まった絨毯などであった。それら全てにびっしりと蜘蛛くもの巣が張ってあり、ここ数年どころではない年数に渡って全く手をかけられていなかったのが、うかがい知れた。


 そしてシエルはこの大部屋に隣接して、小部屋があるのに気がついた。呼んでいるのは、足を向けた。

 小部屋に入る。すると壁にきらきらと淡い光を放っているものがあった。胴鎧、兜、籠手、甲長靴、そしての長い戦斧ハルバードである。

 全てにぶい赤紫色をしており、これで一式らしかった。試しに胴鎧を手に取り胸に当ててみる。ぴったりであった。兜も上手く二本角が外に出るようになっており、これが純粋魔人用の防具だということがわかる。籠手も甲長靴もまるでシエル専用にあつらえられたように寸法が合っていた。そして戦斧を握ってみる。


 瞬間”バルバロッサ赤ひげ”という名がシエルの頭に浮かんだ。


 持ち上げてみる。軽い。全然重さを感じない。振ってみる。鋭く空気が切り裂かれ、この斬撃を防げるものは何人なんぴともいないように思われた。

 シエルはふと横を見てあっと驚いた。先がチューリップのような槍と深緋ふかひ色の防具一式、それに十手のような突起が付いている双剣が二本と瑠璃るり色の防具一式がそこにあったからである。


 部屋に戻ってきたシエルは赤紫色の防具と戦斧を手にしていた。それらの防具を机の上に置き、戦斧を壁に立てかけると寝台に寝っころがって色々と考え始めた。

 (あの部屋にあった二組の武具は、イェーナとタタロナがゲームで使っていたものだ。何故こんなところにある?)

 そう、槍がイェーナ、双剣がタタロナが愛用していたものである。シエルはこの意味を考え続けたが、いずれあのふたりがここに姿を現すのでは、という想像をして身を震わせた。

 (冗談じゃない。あいつらの顔など二度と見たくない、声など聞きたくもない)

 シエルはフィギュアで高揚こうようしていた気分が、たちまちしぼんで行くのを感じたのである。

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