第五章 初陣
1 サントルム到着
シエルは大アマカシ河の上をたゆたう小舟の中で考えていた。
シエルは結局、自分はこのウルグルドの血から逃れられないのだろうと観念したのである。確かにこの血の
つまりこれは帳尻合わせなのだ、とシエルは気づいたのだ。幸せと不幸せの等価交換。それでもまだ自分は幸せな方に傾いているのだろうなとシエルは考え直す。
自分は出会うひとには恵まれているとシエルは思った。メレドス公爵一家、ラランシラー伯爵、爺と婆や、ブルクハルトとアリューシャ――あのふたりからは思わず逃げてしまったが、自分が第一皇女だとしても、彼らは態度を変えることはなかっただろうと思い直した。われが神経過敏すぎたのだ、と逃げ出した後でシエルは悔やんだのである。
そうはいっても、
そうして、シエルが生涯で最も気楽に過ごしたであろう、アルペルンでの二ヶ月余りの日々は終わりを告げたのである。
イェーナのことについては――いずれ時間が経てば心が
……割り切れるのだろうか、本当に。シエルは半信半疑だった。
これから先、どんな苦難を与えられれば天秤が
ちらと耳に
ただ、いまだ【勇者】の情報はシエルの耳には入って来てなかったが、それがどうか表に出てくるのは時間の問題だろうと思われた。
(爺に頼んだ情報収集は上手くいっているのだろうか?)
レメン侯爵軍は各地――特に地方――で、敵の襲撃を受け続けているが、そもそもいち諸侯の兵力で、リフトレーア王国全土を
レメン侯爵軍は
王国各地に細かく
レメン侯爵軍の兵士たちは王国の民衆から憎まれているが、あまりにもレメン侯爵は好き放題にやりすぎたのだ。王国の解放部隊に地元の住民が積極的に協力していて、それがレメン侯爵軍の占領地域の
今は冬であるから、大規模な軍事行動は双方共に
「そんなこと、どうでもいいんだわれには」
と、全く興味を示さない
そして
それをシエルがしなかったのは――怖かったからだ。自分が慣れ親しんだゲームの世界から、すっかり外れる場所に行くことに恐怖を感じたからだった。
それで止む無くブルセボ兄の下へ行くことにしたわけである。シエル本人にしてみれば
そんなわけで現在、シエルは小舟の底に横たわって、どんよりとした空をぼおっとして眺めていた。シエルの今の心情を表したかのような色合いだが、ブルセボ第三皇子のサントルム地方には二日とかからずに着く予定である。
ゼカ歴四九九年一月十一日。転生して百三十一日目。曇り時々雪。
ブルセボ第三皇子の居城であるカンデラ城は、大アマカシ河の支流と
「妹ちゃん、いつ来るんだろう……無事なのかなあ」
シエルの家宰であるヴェルラードから、 「諸々の事情により、うちの姫様を預かって欲しい」という手紙が来たのはもう二ヶ月以上も前のことであった。それからずっと妹の来訪を待っているわけだが、一向に姿を現さない。
なのでブルセボは、こちらから問い合わせの
帝都で別れたときから数えると、四か月ぶりに会うシエルはかなり
シエルを割り当てた部屋に案内した後、ブルセボの下へ戻ってきた侍従のシェアラは、シエルのことを評して、
「まるで
と言った。
シェアラはかなり昔からブルセボの
「侍女はいらないって言ってましたけど」とシェアラがシエルの様子を報告する。
「年頃の帝族の娘が侍女なしって問題じゃないの?」とブルセボが疑問を
「問題ですけど?」
としれっと言うシェアラは、第一皇女が自分のことは自分でやる、と言うのならそれを尊重しようと思った。宮廷に出るなら大問題だが、
しかもそれに加えて今は戦争中である。第一皇女が部屋を出る前に、自分が一度チェックすれば、それで良いとシェアラは考えたのだった。
それに対してブルセボは、貴族の子女は常に侍従をかしずかせ、その美しさを保ち際立たせるべきだと思っていた。しかもシエルレーネは帝族である。そんなシエルを
加えて世話をしている自分の体面とか甲斐性とかが地に落ちるとシェアラに力説したのだが、そんなもの
そうして。
シエルのサントルムでの生活は始まった、のだが。
彼女は今、出された料理を半ば機械的に口に運んでいた。料理人の腕も食材も悪いものではないと思うのだが、いかんせん毒消しの工程が良くないようであった。
(生命活動を維持するだけの食事だ。そこに美味しく食べてもらうという感動はない)
ほとんど味のしないものを食べるうちに、それに合わせるかのように、シエルも段々と無表情になっていった。
それとともにイェーナの「姫様、早く死んで」という幻聴の聞こえる回数が増していったが、シエルは「ああ、その方が良さそうだ」と以前のように取り乱すことは無くなっていた。
シエルはこの城に来てからは、本を手に取ることが無くなっていた。また、散歩するなど、色々なところを見て回るようなこともしなかった。ではシエルが一日の間、一体何をしているのかというと、寝台に横になってただぼーっと天井を見ているだけである。昼寝もするが体勢はそのままで、ただ単に目を開いているか、
この城では、窓を開けてもアルペルンのときのような、わーんという活気のある
シエルはたった二ヶ月であるアルペルンでの生活を
シエルの様子はまるで一度自由を
ブルセボの私室で行われるそれにシエルは毎回
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