8 晩餐会とメレドス公爵(1)
ゼカ歴四九八年九月二十四日。転生して三日目。式典の日。晴れ。
シエルは昨夜は特に夢を見なかった。
今日は行事が詰まっているが、シエルが自発的に行動することは
朝食の席ではシャカル兄とブルセボ兄のふたりと一緒だったが、特筆すべき事もなく終える。ブルセボ兄は何か話したそうだったが無視した。長くなりそうだったから、空気読んで。ムルニッタ父上、イゼルネ母上、ジャリカ兄とは昨日の朝以降会っていない。
式典の進み具合は大方、昨日タタロナが話してくれた通りだった。
式典そのものよりもシエルは、”お召し替え”で消耗した。
(朝)お召し替え<普段着> → 朝食 → (昼)お召し替え<正装A> → 凱旋、閲兵式 → 叙勲、褒賞式 → (夕)お召し替え<正装B> → 祝賀、晩餐会
それぞれのお召し替えが一刻ほどかかるのである。服を式典に出すために、中身が引きずり回されてる感じなのが笑える。笑えません。そして夕刻。
第八刻(午後四時)すぎ。シエルは自室でぐったりとしていた。先ほど叙勲褒賞式が終わったばかりであった。
「姫殿下様。本日最後の式典であります晩餐会の御用意を」
タタロナが情け
「ちょっと休ませて……」
さすがの式典ラッシュでシエルの心身は疲労の
「いけません。お化粧直しお召し替えが御座います。時間が掛かりますのですぐに始めましょう」
「また衣装を変えるの!? もうコレでいいんじゃない……」
タタロナは、はあという顔をした。
「式の
シエルは今日何度目になるか分からないうへぇを発した。諦めて身を起こし、とぼとぼと衣装係の方へ向かう姿は
衣装係のてきぱきとした
オリドール城第一大広間は、
裏方の
その大混雑の端で、近衛兵たちが不審な人物が
本日の晩餐会は立食形式である。外見は角がある以外人族と変わらない容姿の魔人族。ひと回り大きな体格の巨人族、一つ目族、吸血鬼族、鳥人族、小人族、猫人族、犬人族、狼人族、虎人族、牛人族、蜥蜴人族、蛇人族。等々。
シエルがカーテンの影から覗くと、会場はまるでハロウィンパーティのようであった。だが、やはり多いのは魔人族であり、その数は他種族を圧倒していた。とはいえ、その多種多様な人種の多さこそが帝国の特徴である。人族の国、リフトレーア王国にも勿論人族以外の種族は住んでいる。だが、その地位は一部を除き極めて低いものが大多数であった。もっとも数が多いのは
これはリフトレーア王国の国教、聖花教(テリルシア教)の影響が強い。
聖花教は女神テリルシアを主神として信仰する一神教である。その教義は大地豊穣が
この強硬派は悪いことに、権力を持つ王国貴族が中心となっていた。その昔、王国内で大々的な人族以外の他種族への
そういうことはゲーム内では語られなかったな、とシエルは思い起こした。
(正義の味方かと思わせておいて、勇者に知らずに悪の片棒を
その時、侍従長を
「皇帝陛下、皇后陛下、皇太子殿下、第二皇子殿下、第三皇子殿下、第一皇女殿下、御入室」
という侍従長の声が上がったので兄たちの後ろに付いて大広間に入った。
おそらくはウルグルド帝国の支配者層の者たちが、一斉にこちらの方に視線を集中したのでシエルは知らずに身震いした。
入室後、皇帝ムルニッタが演説を始める。今回の王国との闘い
(皇帝も大変だな)
閲兵式で演説。叙勲褒賞式でお言葉。で、この祝賀会でまた喋っている。選挙活動か。
シエルは今、自分は夢の中にいるんじゃないかと
晩餐会が始まってから結構な時間が
思いっきり暇であった。
この世界の一般的な社交デビューは十五歳かららしいが、普通は事前の顔見せ的に十ニ、三歳頃から社交の場に連れてこられるそうだ。だがシエルレーネ姫は
実はもっと重大な理由があったのだが、ここオリドール城でそれは
シエルはぽつねんと立っていた。
何故自分はここにいるのだろうと、哲学的な思索に入ろうとしたシエルに対し皇帝から、
「シエルレーネ、ここはもういいから食事をして適当にぶらついてきなさい」
と言われた。見るに見かねたのだろうかと思ったが、そっちの方が気楽で良かったので頭を下げてその場を離れる。
(じゃあ適当にやりますか、銀ブラを)
銀ブラという単語でシエルはくすりとした。いつの間にか後ろに付いていたタタロナが、料理を何かお持ちしましょうかと言うので「お願い」と頼んだ。シエルは、自分の腹が減っていたことにようやく気がついた。
辺りは晩餐会が始まった頃以上の
食事を(大味ではあったが)
ジアレ=ストーク・ラファイ・メレドス。ビフィレット公。四十歳。魔人族。
メレドス公爵は顔知りの貴族に囲まれて、身ぶり手ぶりを交えて大いに語っていた。おそらく王国軍を打ち負かした時のことを、面白おかしく
(どうしようか)
シエルは悩んだ。メレドス公爵は王国攻略軍総司令官だと聞いている。勇者のことを教えるべきか迷ったのだ。現地の指揮官に事情を話し、対応して貰う。最善の策なのは間違いない。ただ、
(信じてくれるだろうか)
シエルは
そうしよう、そうしようとシエルが飲み物を貰おうときびすを返したとき、
「おや、皇女殿下様、御機嫌麗しゅう」
杯を
(畜生、酔ってやがる)
シエルは心の中で顔を歪めた。
酔っ払いが、事態を
シエルはすばやく第一皇女の皮を
「これは公爵閣下。閣下は
それを聞いた公爵は
「御機嫌、ですか。はは、そう見えるなら
と再び杯を掲げてから一飲みする。あーやっぱり酔ってるよ、とシエルは思った。
「
ほほほとシエルは笑う。が、所詮発育が不足しがちな十四歳である。公爵は微笑ましく思ったらしい
「それは嬉しいお話です。
新たな杯を(おそらく部下から)受け取って公爵は御機嫌そうにはははと笑う。シエルはシエルレーネ姫はやはり英邁と評判だったのかと、公爵の言葉を
無口で、英邁で、おそらくは不愛想で母親から冷遇されていた可哀想な姫。
「王国を打ち負かせても、酒に負けては
シエルはこれで話を打ち切るつもりであった。御機嫌ようと言葉をつなぐ前に公爵にさえぎられた。そして手をとられる。無礼な、と言う前に公爵に先を越された。
「もし皇女殿下様のお情けを受けられるのならば、私、この場の酒を貴女様の為に全て飲み
と言ってウインクしてきた。貴女様のために、の部分を特に強調したり、プロポーズ~のくだりは
公爵はこちらに視線を合わせるために
シエルは自分が知らず知らずのうちに顔を赤くしているのに気がついた。気がつくと余計に顔が赤くなっていくのを感じた。全然そんな気はないのに! こんな芝居がかった
公爵マジック。
そんな言葉が頭に浮かんだ。
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