後編 優しさはひそやかに

 ママが、ちょっと遠いけれども徒歩で行ける病院を探したようだ。

 初めての病院で、僕までもドキドキしたよ。

 あ、僕を診て貰いに来たんだっけ?


「藤井ユウさーん」


「はい。ママ、一五六番が呼ばれたよ」


「あ、はーい。この辺りって、藤井さんが多くて困るわねー」


「ごもっともですね」


 僕は、ユウちゃんのこの大人びたところは、決して嫌いではないけれども、少し危うさを感じるよ。

 ま、と、取り敢えずですね。

 僕が痛いので、診て貰ってくださいね。

 お医者様は、化粧が濃いめの春岡はるおか先生でした。


「押すと痛いのですね。ここですか?」


「いた!」


 がんばれ、ユウちゃん。


「レントゲンを撮りましょう」


「先生、お願いします」


 僕は、別室でレントゲンを左右二枚、撮影されたよ。

 初めてで、どきどきしちゃった。


「藤井ユウさーん」


「はい」


 僕は、再び呼ばれたけれども、大丈夫かな?

 痛いし、力も入らないよ。


「それでですね、明後日、当院に月に一度だけみえる小児の専門医がいるのですが、診ていただいたらいかがですか?」


「分かりました」


「隣の区にももっと専門の病院があるのですが、そちらにされては如何でしょうか?」


 ママの顔色が悪いな。


「私の体調がよくないので、外出は厳しいのですが。できれば歩いて通えるところがよくて、こちらにお願いに来ました」


「土曜日の先生とご相談なさってください」


 ふうー、僕はどうなるかと思ったよ。


「ギプスをしますので、処置室へいらしてください」


 え?

 ママはついて行かないの?

 ユウちゃんも一人で行ったよ。

 僕の主は強いんだな。


「藤井さーん。藤井さーん」


「えっと、ユウですか?」


 ママも混乱するよね。

 藤井さんが多いから。


「藤井さんのご家族の方ー」


「はい。藤井ユウの母です」


「あ、ママ」


 僕は、ギプスさんと仲良くしっかりと固定されていたよ。

 どうやら、手首を骨折していたらしい。


「痒くないですか? 藤井ユウくん」


「熱いです」


「熱いの? ユウ。ママ、初めてで分からなかったわ」


 うん、僕は熱いよ。


『ギプスさん。初めまして』


『やあ、指先くん。ちょろっと指が見えて動かせるようだね』


 その勘は大当たりだ。


『ギプスって、最初は熱いらしいですよ。ちょっと我慢していてください』


 看護師さんに、これではぶらぶらするからと、三角巾で吊られた。


「肘が抜けないように、お団子に縛りますからね」


「分かりました」


 僕の主ってきちきちお話しするんだよな。

 ユウちゃんらしくて、いいけれども。


「お会計の金額は、学校の保険を使用する為、三割は取り敢えず自己負担なのですね?」


『ママ、僕の為にそんなにお金を払って、大丈夫?』


「お財布が薄くなったわ……。まあ、帰って休もうね。ユウ」


「ママ……。ぼくが怪我をしなければ……」


 ◇◇◇


「痒い」


 ユウちゃんは、帰宅したパパにこぼした。


「痒いのは仕方がない。我慢するしかないな」


「ぼくは、お風呂を汲めないよ。お風呂は入れるの? 脱げるかな?」


『ギプスさん、腕が抜けるかな?』


『指先くん。私でガードしている右手を後にしたらできると思うわ』


『おおー。ナイスアイデアです!』


「一人でできないとダメだよ」


 パパに促されて着替えるんだね。

 フレー!

 フレー!

 ユウちゃん。


『ギプスさんを壊さずに脱げたよ』


『ありがとうございます。私もできたてて壊されたら嫌だわ』


 ◇◇◇


「ママ。学校から電話だけど、俺よりママが話を聞いた方がいいだろう」


 パパが、スマートフォンをママに渡すと、僕は、あのことだと思った。


「藤井ユウさんのお母様ですか? 担任の三河みかわです」


「はい。ユウの母です」


「連絡帳でお伝えいただきまして、ありがとうございます。ユウさんには、大変、辛い思いをさせました」


 そうなんだ。

 ユウちゃんは、クラスの九割から嫌われているんだ。

 僕もいたずらをされたことがあるよ。


「学校といたしましては、ふれあい月間に合わせまして、学年全体で、一人一人、複数体制で聞き取りをして行きたいと思っております」


『ギプスさん。ユウちゃんは、逆に仕返しされないかな?』


『せめて、私は壊されたくないわ。とても危ないことなの』


『そうだよね。だから、僕がうんていには行かせないよ』


『そこまで、愚かではないでしょう』


 ママが、はい、はいと頷いている。

 長い電話が終わったようだ。


「パパ、反省文なんて書くんだって。ただの紙屑になるとママは思うけれどもね」


「書くぶんには、構わないだろう。大げさだとは思うが」


 僕は、何か性急に、形を整えればいいのかという気がしたよ。

 怪我をしているので、泣きっ面に蜂だ。


 ◇◇◇


 学校で、一人一人が謝って来た。

 それでも、ユウちゃんが悪いらしい。


「にやにやして、気持ち悪いから、きもいんだよ」


「ごめんなさい。笑っているのは、ぼくの癖なのです」


 ユウちゃんは、にこにこしているって分からないのかな?


『僕が見て来たユウちゃんは、いいこなんだよ。ギプスさん』


『指先くん。うんていの怪我だって、無理矢理だったって言えばいいのにって思っている?』


『そうだね。ユウちゃんは、自分をあまり主張しないんだ』


『だからって、私が必要な程に怪我してまで……』


 ユウちゃんは、謝っていた。


「ぼくはゆるします」


 ユウちゃんは、相手にはそれしか言わなかった。


 ◇◇◇


「ママ。ぼくが、九割の生徒に嫌われていたことはショックだった……」


 僕は、知っていた。

 僕の器用な手つきで作った陶芸のフラワーベースを割られたことも。

 ユウちゃんは、淡々と受け入れていた。


 ◇◇◇


 土曜日の小児が専門の向島むこうじま先生に診て貰いに来たよ。


「これなら、大丈夫ですよ。週一回、通院してください。いつ治るとは言えないのですが、八週間は様子をみましょう」


「ありがとうございました」


「今日は、ユウちゃんのお誕生日だから――」


「ええ! ケーキ?」


「皆で、ケーキを食べましょうよ。チキンもつけちゃおうかな?」


「ママー。ありがとう!」


 二人で仲良く帰って行ったよ。

 ちょっと食べにくいかも知れないけれども、パパが帰って来たら、楽しいお誕生日になるね。


 ◇◇◇


『早く、私が取れるといいな』


『その日には、僕の思い遣りで、楽しく折り紙を折るんだろうな。そして、いつものようにママにプレゼントすると思うよ』


 僕は、僕を動かした方がいいと春岡先生に言われていたと、にぎにぎと動かした。

 ああ、大丈夫みたいだ。

 僕が元気なら、再び、自由な喜びが待っているよ。

 ユウちゃん、僕らはいいコンビだと思う。


『早く、遊ぼうね』




『早く、お友達とも遊ぼうね』












Fin.

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指先はつまびらかに いすみ 静江 @uhi_cna

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